譲渡
体に力がみなぎっている。
胸にそっと手を触れる―――温かい、なにかに包まれて護られているかのようだ。
今ならなんだってできる気がする。
「いったいどういうカラクリだよ、こりゃあよォ」
「・・・・・・」
「無視してんじゃねえよガキィ!」
気を悪くしたらしい、怒りの形相でまた突っ込んでくる。
そんなに怒られても困る、こっちだってわけがわからないんだから。
「ッラァ!!」
加速と体重を乗せた一撃。
その振りで地面の砂が舞い上がるほどだ。
しかしそこには人影すらなく―――
「な・・・ぐォォッ!?」
目を見張った瞬間こめかみに鋭い衝撃が入る。
さしものラウボカも巨体をぐらつかせる。
その背後にハクアがストンと着地する。
なにが起きたのかラウボカにも離れた位置にいるクロウにも理解できていなかったようだ。
ハクアは再び2人の目の前から姿を消す、いや正確には目にもとまらぬ速度で移動している。
地面をひと蹴りで壁際まで到達し壁を蹴り天井へ天井を蹴り逆の壁へ、まさに縦横無尽の動きでラウボカを完全に翻弄する。
「ちょこまかとォ・・・」
いまだ反応しきれないラウボカに向かってきりもみ回転しながら突撃。
遠心力を乗せてその髭面に蹴撃一閃。
鼻が折れたのか盛大に鼻血を吹き出した。
「もうやめといたほうがいいんじゃないの?ラウボカ」
「・・・・・クソガキがぁ・・・」
クロウのマネをしてみたがやっぱり矛を収めることはなさそうだ。
できれば早めに決着をつけたい、そう思わせる違和感をハクアは感じていた。
今度は両腕を大きく広げてラウボカがにじり寄る。
速さには対応しきれないと判断して方針を変更したようだ。
じりじりと二人の距離がつまる。
先に動き出すのはハクアだ、ラウボカの右から抜けようと駆け出す。
「どらぁ!」
戦い慣れているラウボカは即座に反応、ハクアに飛びつく。
ハクアは急速に方向転換、ラウボカの懐に飛び込み―――
「てやああああ!!」
無防備な下顎に全力で足を蹴りあげた。
まごうことなきクリーンヒットがラウボカの急所に叩きこまれる。
小柄な少女が大柄な男を蹴り上げ宙を舞う衝撃的な場面が展開された。
ラウボカの巨体が派手な音をあげて仰向けに倒れる。
(やっぱりおかしい、これだけ思いっきりやってどこも痛めていない)
常軌を逸した身体能力で立ち回ったにもかかわらず身体のどこにも痣ひとつできてはいない。
唯一両腕の火傷は痛々しく存在しているが今はその痛みすらもまるで感じない。
クロウのほうを見るとさっきからずっと座り込んで動かない、いや動けずにいるようだ。
「・・・すごいぞハクア!やったなッ!」
とハクアの視線に気づくと声援を送る。
逆に怪しい。
「絶対なにかやったでしょ・・・もう・・・」
ともあれ二人揃って無事に済んでよかった。
どちらも無傷とは言い難いが相手との力量差を見れば生存してるだけ奇跡のようなものだ。
ただ、いまだに立ち上がれそうにないクロウが心配だなんともなければいいのだが―――
「ふぅぅぅ・・・ブルルルル」
聞きなれない音が聞こえた。
まるで動物が威嚇するときにならす唸り声のような。
眉間に皺を寄せて音の発生源を探る。
「ハクア―!後ろだぁぁ!!」
視界の端で影を捉えたのと同時に声が耳に入り即座に跳躍。
その背中スレスレを通過、勢いそのまま壁に激突し轟音をあげる。
建物が揺れ砂埃がバラバラと降り注ぎ住民たちが悲鳴が聞こえてくる。
「な・・・なんなの・・・!?」
目を凝らすと影の正体はラウボカだ。
「ブルルル・・・ヴルルルルルル」
だがさっきまでと様子がまるで違う。
鼻息は異様に荒く、口からは泡を吹き、四足獣のように四つん這いになり全身の筋肉は膨張しただでさえ大きな体はさらに大きくなり、表皮は真っ赤に変色していた。
「たしかに手ごたえはあったはずなのに・・・!」
あの筋肉の化け物の耐久力の前ではまだ足りないということなのだろう。
ラウボカの全身が弛緩し直後に硬直。
四つの手足でスタートを切ることで即時最大速度に達する。
「くぅ・・・っ!」
横っ飛びで回避。
再び壁に大穴を開け建物が揺れる。
あんなの身体能力のあがったハクアでも迎撃は無理だ。
勢いに乗ったあの重量を止めるのは物理的に不可能だった。
「避けるしか・・・あ!!」
次が来る。
回避の姿勢をとった瞬間気付いた。
ラウボカとハクアの直線状に動けないクロウがいることに。
踵を返しクロウのもとに駆け付ける。
「捕まって!はやく!」
「あ・・・おお」
クロウを背に乗せるとその足を抱えてラウボカの突進を回避した。
「俺が乗っかってても大丈夫なのか!?」
「平気!なにかやったでしょあんた!大丈夫なの!?」
「・・・・・・」
「後で教えてもらうからね絶対!」
「はい」
ラウボカは変わらず突進を繰り返してくる。
そのおかげで壁は至る所に大穴が開いている、このままではそのうち建物が倒壊するだろう
「お前ちょっと元気になったな」
「あんたはちょっと元気ないわね」
「・・・どうにも格好が悪すぎて」
そんなことを気にしていたらしい、まあ傍から見れば子供のおんぶされてる大人だが。
(そんなこと、ないけどね)
「で、なにか作戦とかないの?」
クロウを背負って駆け回りながら策を練る。
「いまのマッチョハクアで倒しきれないなら自力でやるのは諦めたほうがいいと思う」
「マッチョハクアやめて」
「今の奴はろくに頭が働いてなさそうだ、一度隠れよう」
「おっけぇ」
ラウボカにはもはや倒すべき憎き敵しか視界には映っていない。
頭に血は昇り切りもはや突進し叩きのめすこと以外の思考は放棄してしまってはいるが。
それだけに注力する肉体と無尽蔵のスタミナをもって補ってあまりある脅威足りえている。
突進し即座に振り返り目標を定めようとする・・・が。
「ブルルルルルルルゥゥゥゥッ!!」
いない、目標の2匹は姿を消した。
赤く染まった目をギョロギョロと動かし逃げた敵共を探す。
痕跡まで消すことは不可能だ。
「ドゴダァ!?」
降ってくる破片に反応し見上げると、何かが上で動いた振動で屋根の破片がバラバラと落ちてくる。
「見ヅケダ!!」
地についている両手足に力を込めると急激に膨張、中空に飛び出した。
「どわぁぁぁ」
突如屋根から飛び出した牛頭の上半身にクロウは危うく屋根から転げ落ちそうになるも必死でしがみ付く。
クロウを捕らえようとラウボカが腕を伸ばす。
あんなものに捕まった瞬間絞ったスポンジになってしまうだろう。
「だああああ!」
ラウボカの直下から破壊を伴う衝撃が走りハクアが飛び出してくる。
クロウを囮にして室内に潜んでいたハクアが中から屋根を蹴破ったのだ。
「ヴォォォォ!!!」
落下しまいとなおも崩れる屋根にしがみつくラウボカ。
ハクアは屋根に着地すると落下しそうになっているクロウを背負い―――
「落ちちゃぇぇええええ!!」
軽く跳躍し2人分の体重でラウボカの顔面を踏みつけた。
バキバキと音をたてて大量の破片とともに3人が落ちていき―――
室内を轟音と砂煙であますとこなく埋め尽くした。
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「う・・・おも・・・い」
まだ周囲は砂煙で視界はほぼ埋まっている。
うつぶせのハクアの上には意識を失ったクロウが乗っている。
落下時、ハクアはラウボカの上に着地することで衝撃を緩和した。
それと同時にクロウは意識を失い、そして向上していた身体能力も失われた。
「よかった・・・生きてる・・・」
クロウの頭を抱き寄せ生存を確認。
徐々に砂煙も晴れてきた。
血だらけのラウボカが横たわっている。
息を吐き再びクロウに視線を戻す。
「―――でンめェ・・・やっでくれたなァ゛・・・!」
殺意を爛々と滾らせた目でラウボカが頭をあげた。
「ッ!!!」
これでもまだ終わらないラウボカ。
どうする!?
もうホントのホントに手がない、クロウは意識を失いハクアも力を失った。
まだラウボカが起き上がってないうちにとどめを刺すのか?ショックで体が行動する準備を終えてくれない。
もう時間の問題だ。
ラウボカが起き上がろうと手を付き視線をあげそして、目を見開いた。
「ニノ・・・!」
ハクアもそちらを見やりさらに絶望に包まれ、クロウの頭を掻き抱くことしかもうできなかった。
壁の大穴から入った細身で白髪の青年が気怠そうにこちらを見ていた。




