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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第5章 ちょっとした大騒動
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29.健気な子供の大胆な暴走

「おまえたち、ぼくになにようだ!?」


 ぞろぞろと全員でラファエルの部屋を訪ねていったわたくしたちは、そんな不機嫌な声に出迎えられた。


 小さな足を踏ん張って、ラファエルはわたくしたちの前に立ちはだかっている。可愛らしい顔を険しく引き締めて、こちらをにらみつけていた。


 こうなったら、直接ラファエルと話をしてみるしかない。みんなの意見はそう一致したけれど、何をどう話すかについてはいい案が浮かばなかった。


 なので、行き当たりばったり、当たって砕けろということになった。ラファエルが指輪をどこかにやってしまう前に、彼に会わなくてはいけないし。


 ……最悪力ずくで奪い返せばいいんじゃねえの、というマルコの恐ろしい独り言が聞こえてきたけれど、聞かなかったことにする。もし彼がその思いつきを実行に移すようなら、その時は全力で止めるけれど。


 ともかく、無事にラファエルと面会できたのはいいけれど、ここからどうしたものかしら。


 ひとまず、警戒を解かないと話にならないわね。優しく笑いかけてみましょうか。


 そう考えて口を開きかけたとたん、横から軽やかな声が聞こえてきた。


「ようラファエル、さっき会ったな」


「なんだおまえ、えらそうに」


「まあまあ、大目に見ろよ。一応従兄弟なんだしさ。知ってるだろ? 俺はユリウス」


 そんな風に、ユリウスが話し始めてしまった。とりあえず、このまま様子を見ることにする。……子供の扱いなら、間違いなく彼のほうがずっと得意でしょうし。


「いとこなどと言うな。おまえが、わがヘルツフェルトの血を引いているとはおもえない」


 頬を膨らませて、口をとがらせて。ラファエルはユリウスから視線をそらし、その少し後ろに立っているアンドレアスを見た。


「そこのアンドレアス、父上のおとうと……とおまえは、すこしもにていない。おまえはほんとうに、アンドレアスの子なのか?」


 ラファエルのその主張に、アンドレアスが小さくうなった。


「……親子そろって、同じような主張を……いや、息子のほうは、親に吹き込まれたのか……」


 アンドレアスとユリウスが実の親子ではないと、カスパルならそれくらい言うんじゃないかって、ユリウスはそう予想していた。


 そしてその予想は、ばっちり当たっていたらしい。この感じだと、アンドレアスはそう言われてしまったのだろうな。


 切れ切れにつぶやく父親に苦笑するような目を向けてから、ユリウスがまたラファエルに向き直る。


「それが、ちゃんと引いてるんだよ。それを証明できるものも、あるにはあるんだが……」


 思わせぶりに言葉を濁して、それからがっくりと肩を落とした。


「誰かに持っていかれてしまったみたいでさ」


「ふん、おまえがきちんとみはっておかないからだ。たいせつなゆびわなのだろう?」


 露骨にしょんぼりしてみせるユリウスに、ラファエルが得意げに胸を張る。あら、ユリウスは何を失くしたのか言っていないのに。


 思わず口を開きかけたら、ユリウスがこっそり片目をつむってきた。彼にはまだ、何か考えがあるらしい。笑いをこらえつつ、さらに話のなりゆきを見守る。


「それがどうも、それを持っていったやつは隠し通路を使ったみたいなんだ。あんな狭くて暗いところを、一人で通るなんて度胸があるよなあ」


 心底感心したような声でユリウスがつぶやくと、ラファエルがうずうずしたような笑みを浮かべた。


 ……やっぱり、この子が犯人で間違いなかったのね。さっきの失言といい、この表情といい。


「ただ、一つ分からないことがあるんだよ。ここにいる俺たち全員で考えたけれど、どうしても分からなかったことがな」


「ほう、それはなにだ?」


「隠し通路を使ったとしても、どうしてもちょっとだけ廊下を歩かないといけない。足音がすれば、俺や周囲の誰かが気づくと思うんだが……誰も足音を聞いてないんだ」


「かんたんだ、それはくつをぬいだからだ。おまえのへやからゆどのまで、くつしたで歩いた。こんなこともわからないのか」


「湯殿から盗まれたって、どうして知ってるんだ?」


 さらに鼻高々のラファエルに、ユリウスがさらりと問いかける。ラファエルの顔からさあっと血の気が引いていった。


「それにさっき俺は『俺がヘルツフェルトの血を引いていると証明できるものがある』としか言ってないぜ。俺がそれを持っていたことも、それが指輪であることも、どうしてお前が知ってたんだ?」


 ちょっぴりおかしそうにユリウスが続けると、ラファエルがわなわなと震え出した。


「あ、髪に蜘蛛の巣がついてるな。こんなもの、どこで引っかけたんだ?」


 何か言い返さないと、切り抜けないと。そう思っているのに言葉が出てこない、ラファエルはそんな顔をしていた。


 って、ああっ! 泣きそうになってるわ!


 もう黙っていられない。ユリウスの邪魔をしてしまうかもしれないと思ったけれど、構わず進み出る。犯人は分かった。犯人に、もうばれているのだと知らせることもできた。


 ラファエルの前にかがみ込み、目線を合わせる。途方に暮れたような目で、ラファエルはこちらを見返してきた。


「あなたは、このヘルツフェルトの一員なのでしょう? 盗人みたいなことをしてはいけなかったのよ。指輪が欲しいのなら、まずはきちんと話してみるべきだったのよ」


 優しくそう語りかけると、ラファエルは涙をいっぱいに浮かべたままこくりとうなずいた。


「だったら一度、指輪を返してもらえるかしら?」


「……でも、そうしたら……ヘルツフェルトが……」


「指輪がないと、あなたのお家が困るの?」


 さらに尋ねると、彼もまたうなずいた。


「でも、ユリウスも指輪がないと困るのよ。だから、一緒に考えましょう? 誰も困らない方法を」


 すると、ついにラファエルの目から涙がこぼれ落ちた。そうしてそのまま、わたくしにしがみついてくる。


 小さくしゃくり上げながら泣きじゃくるラファエルの背を、そっとなでていた。




「で、お前はなんだって指輪を盗んだんだ?」


「『おまえ』ではない。ぼくはラファエルだ」


 ひとしきり泣いた後、ラファエルはわたくしたちを奥の部屋に通した。全員で席に着き、話し合うために。


 ちなみにあの指輪は、なぜかわたくしの手にあった。話し合いが終わるまで預かっていてくれと言って、ラファエルがわたくしに渡してきたのだ。


 ユリウスがさっきまでと同じような軽い調子で問いかけると、ラファエルもさっきまでの堂々とした態度で返していた。


「分かったよ、ラファエル。それじゃあ、教えてもらえないか?」


「……おまえのような、金の亡者をヘルツフェルトに入れるわけにはいかないからだ」


 金の亡者。幼い彼には全く似つかわしくない言葉に、わたくしたちはみんなして目を丸くする。


「あ、あのね、ラファエル。確かにユリウスはお金を必要としていたけれど、金の亡者、っていうのはちょっと違うわ」


 あわてて割り込み、弁護する。


「彼はきちんとしたやり方でお金を手に入れて、それを大切な人たちのために使っているの。彼がヘルツフェルトの家に入ろうとしているのは、わたくしを助けるため……」


 そこで、ふと言いよどむ。そもそも彼がわたくしと婚約することを承諾したのは、オットーが対価を、というかお金を払ったからであって。


「……あら、結局それも、お金のため……のような?」


「おい、今さらそこで悩むなよ」


 説得途中で考え込んでしまったわたくしに、ユリウスがちょっぴりあきれたような顔を向けた。


「確かに、最初のきっかけは金だったさ。でも今は、純粋にあんたの助けになりたいと思ってるよ。でなきゃ、わざわざこんなところに来るもんか」


「ユリウス……」


「立派になって……」


 彼の言葉に感動していたら、別のほうから感極まったような声がした。アンドレアスが、ほんのりと涙ぐんでいる。


 その一幕で、ちょっぴり場の空気も緩んだようだった。ずっと緊張した表情だったマルコが、ふうと息を吐く。


「ん、よかったなお嬢様。……つか本当に、どこで覚えたよそんな言葉。おれだってめったに言わないぞ、『金の亡者』なんて」


「しんせきのおばさまがただ!」


 ラファエルのためらいのない答えに、みんなで苦笑する。


「貴族も平民も、根っこのところはおんなじなんだねえ……あたし、お貴族様ってのはもっと優雅なものだって思ってた」


「むしろ財産を持っているからこそ、それをおびやかしかねない者を排除したいと思うのかもしれません」


 めいめい感想をつぶやいているカミラとフランクに目をやってから、ユリウスはラファエルに向き直った。


「……ま、お前がそう思ってるのなら話は早いな」


 今までとはまるで違う真剣な声音に、ラファエルがそっと息をのんでいた。

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