28.若者たちの名推理
「え、え、ええええー!? やだやだどうしよう、壊しちゃった、弁償!?」
「うるさいカミラ」
カミラが蹴飛ばした壁板がぱかりとはずれて、床に落ちた。それを見たカミラがあわてふためき、マルコにたしなめられている。
「……だだだって、あたし、壁、壊しちゃったよ!?」
「だから落ち着けって」
なおも小声で騒ぐカミラに、マルコが肩をすくめている。そしてユリウスとフランクは、壁を確かめていた。そちらに近づき、後ろからのぞき込む。
「これ、壊れたんじゃないな。元々壁に切れ目が入ってて、取り外しできるようになってたんだな」
「壁の奥に、小さな通路みたいなのがあるわね」
「この先、どうなってるんだ? 調べてみたいが、真っ暗で……」
「はい、ユリウス様。ランタンです」
「お、気が利くなフランク。よっと……へえ、これって隠し通路かな。ちょっと狭すぎて、俺が通れるかぎりぎりって感じだが」
壁に空いた穴に上半身を突っ込んで、ユリウスが楽しそうに言う。
「あっ、ユリウス様! 出られなくなったら大変です! 僕のほうが体が小さいですから、代わりますよ」
フランクの声に、カミラとマルコが同時にそちらを向く。
「え、なに? わ、そこ隠し通路だったの? だったらあたし、見てこようか?」
「うわあ、気になる……でも、おれは入れなさそうだな」
突如現れた謎の隠し通路に、四人ともすっかり盛り上がってしまっている。子供のように。
いえ、四人ともまだ十代半ばだし、まだ大人になり切れていないのかもしれないのだけれど……。
「……どんどん、謎が増えていくわ……というか、本来の目的、やっぱり忘れ去られてる気が……」
呆然とつぶやくわたくしの声は、四人の耳には届いていないようだった。
どうにかこうにか四人を隠し通路からひっぺがし、話し合いに持ち込む。
「はい、それじゃ状況をまとめるわよ! まず、ユリウスの指輪は、彼が湯あみをしている間に盗まれた」
そうやって場を仕切ると、ユリウスが大きくうなずいた。
「それ以外の時に盗まれたとしたら、犯人はスリの天才だな。俺、あれは紐に通していつも服の下に隠してたから」
「とか言って、落としたんじゃねえのか、ユリウス様?」
「そんなへまをするほど、どんくさく見えるのかよ、マルコ?」
「はい二人とも、静かになさい」
さっそく言い争いそうになっているユリウスとマルコを黙らせて、さらに続ける。
「でも、彼が湯あみをしていた間に廊下を歩いていた者はいない。ここの廊下はかなり足音が響くから、ほんの数歩ならともかく、わたくしやフランクに気づかれずに湯殿に忍び込むのは難しいわ」
「裸足ならいけるんじゃねえの?」
「それ、途中で見つかったら言い逃れできないじゃん。不審者丸出しだし?」
またしてもマルコがちゃかしてきたけれど、今度はカミラが止めてくれた。にぎやかなのはいいのだけれど、頭が痛くなってきた。
「……何者かが隠し通路を通ってユリウスの部屋に入り、すぐ前にある湯殿に踏み込んで指輪を盗み、来た道を戻っていった。これが、一番ありそうな答えだと思うのよ」
「俺もそう思う。あの隠し通路、埃も蜘蛛の巣もなかった。きれいなもんだったぜ」
「……その隠し通路を通った誰かは出入りの際にボタンを落とし、気づくことなく帰っていった。そういうことでしょうか」
ユリウスとフランクが、まともな意見を添えてくれた。二人にうなずきかけて、それからみんなの顔を順に見渡した。
「指輪が見つからない以上、その誰かを探してみる価値はあると思うの。きっとまだ屋敷の中にいるから、手分けすればきっと……」
そうしてみんなで話し合い、それぞれがやることを決めていく。
まずフランクは、あのボタンを手にして聞き込みに向かうことになった。
落ちていたのを僕の主が拾ったのですが、持ち主に心当たりはありませんか、と。責任もって持ち主にお返ししたいと、主はそうおっしゃっておられるので。そんな風に。
そしてカミラは、あの隠し通路を通り抜け、向こう側に何があるのか探る役目を買って出た。
なにぶん隠し通路が小さすぎて、わたくしとカミラ以外は途中でつっかえてしまいそうなのだ。「犯人、女子供じゃん?」とマルコが言っていたけれど、わたくしもちょっとそんな気がする。
彼女一人で訳の分からないところに踏み込むのも危ないので、マルコは彼女の手伝い兼護衛としてそばにつくことになった。息ぴったりの二人だから、そのほうがこちらも安心できる。
「……待ってるだけってのも、暇だな」
「そうね」
わたくしとユリウスは、ただひたすらに待つことしかできなかった。二人でわたくしの部屋にこもり、みんなの報告を待つ。
この屋敷でわたくしたちがうかつに動き回れば、この上なく悪目立ちしてしまう。もどかしいけれど、こうしている他ない。
「はあ……」
「あーあ……」
そうしてわたくしたちは、顔を見合わせてはひたすらにため息をついていたのだった。
しばらくして、フランクが戻ってきた。ちょっぴり暗い顔だ。
「……申し訳ありません。あのボタンは取り上げられてしまいました。ただ、あの態度からすると、持ち主はこの屋敷の主か、その家族です」
「いいさ、そこまで分かれば上々だ。しかし、妙なもんが忍び込んできたものだ」
そんなことを話していたら、カミラとマルコも戻ってきた。
「隠し通路、上の階の廊下の突き当たりに出たよ。そこで、マルコが探しに来てくれるの待ってたら、綺麗な女性に出くわしちゃって……焦ったあ」
「綺麗な女性? どんな方だったの?」
「フリーダって名乗ってた。三十歳ちょっとくらい? 上品でおっとりした人だったよ。まっさか、あの人があの隠し通路を……?」
わたくしの問いかけに、カミラがすらすらと答える。そしてマルコが即座に否定した。
「それはねえな。あの人、かなり香水がきつかった。廊下に香りの道ができてたし」
そうしてマルコが、ちらりとわたくしを見た。
「つーか、貴婦人? はたっぷりと香水を振りかけるものなんだろ? うちのお嬢様は何もつけてないけどな」
「わたくし、きつい匂いが苦手なのよ。薔薇水のほのかな香りは好きだけれど」
「ともかく、あの隠し通路からは何の匂いもしなかった。だからあのフリーダは外していい。つか、何者なんだあいつ?」
「カスパルの妻だな」
マルコのその問いに答えたのは、なぜかアンドレアスだった。わたくしたちが話に熱中している間に、彼はするりと忍び寄ってきていたのだ。
「ヘルツフェルトの当主である私の兄カスパルには、妻が一人と子が二人。妻がそのフリーダで、息子がパウルとラファエル。パウルが十歳くらいで……ラファエルはまだ六歳くらいだったか」
あ、じゃあこの屋敷に戻ってきた時にユリウスが抱き留めた子供は、たぶんラファエルですわね。……じゃなくて、どうしてここにアンドレアスが来たのかしら。
「父さん、カスパルとの話し合いはうまくいったのか?」
ユリウスがさらりと尋ねると、アンドレアスの顔が一気に暗くなった。
「……あの指輪を渡せば、私とお前をヘルツフェルトの一員として受け入れると、カスパルはそう言った。だが、指輪を渡していいものか、お前の意見を聞こうと思ったんだ」
あの指輪を渡す。その取引、したくてもできない。
わたくしたち四人は同時に顔を見合わせて、それからユリウスがそろそろとアンドレアスを見た。
「ごめん。その指輪、ついさっき盗まれた。俺たち、ちょうど今それを探してたところで」
あ、アンドレアスが真っ青になった。倒れそうになるのを、マルコがあわてて支えている。
「しっかりしろよ、父さん。犯人の目星はついてきたからさ」
「美しい細工物の貝ボタンを身に着けられるほど身分が高く、体の小さいもの。この段階で、フリーダ、パウル、ラファエルの三人に絞られますわ」
アンドレアスを励まそうと、さっきまでの推理と調査結果を話していく。
「で、匂いの関係でフリーダも外れた」
「つまり、息子二人のどっちかですよね!」
「……その二人であれば、指輪を盗む動機も持っているでしょう。本人あるいは周囲の人間が、ユリウス様を一族に引き入れたくないと考えているとすれば」
マルコにカミラにフランクも、流れるように言葉を添えてくれた。それを聞いたアンドレアスが、呆然としたままか細い声でつぶやく。
「……上の息子パウルは、友人に招待されて外泊中らしいぞ……」
「だったら犯人はラファエル? あの時の子供? なんだってまた……あ」
驚きに目を丸くしていたユリウスが、何かに思い至ったように動きを止めた。
「……そういや、階段から落ちてきたのを抱き留めた時……胸元であいつを抱きかかえたな。まさか、服越しに指輪に触られて、光るのを見られた、とか……?」
「わたくし、何かがあなたの胸元で光ったような気がしたのだけれど……気のせいでは、なかったんですのね……」
あちゃあ、とか、うわあ、とか、そんなかすかなうめき声だけが、部屋にそっと響いていた。




