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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第5章 ちょっとした大騒動
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28.若者たちの名推理

「え、え、ええええー!? やだやだどうしよう、壊しちゃった、弁償!?」


「うるさいカミラ」


 カミラが蹴飛ばした壁板がぱかりとはずれて、床に落ちた。それを見たカミラがあわてふためき、マルコにたしなめられている。


「……だだだって、あたし、壁、壊しちゃったよ!?」


「だから落ち着けって」


 なおも小声で騒ぐカミラに、マルコが肩をすくめている。そしてユリウスとフランクは、壁を確かめていた。そちらに近づき、後ろからのぞき込む。


「これ、壊れたんじゃないな。元々壁に切れ目が入ってて、取り外しできるようになってたんだな」


「壁の奥に、小さな通路みたいなのがあるわね」


「この先、どうなってるんだ? 調べてみたいが、真っ暗で……」


「はい、ユリウス様。ランタンです」


「お、気が利くなフランク。よっと……へえ、これって隠し通路かな。ちょっと狭すぎて、俺が通れるかぎりぎりって感じだが」


 壁に空いた穴に上半身を突っ込んで、ユリウスが楽しそうに言う。


「あっ、ユリウス様! 出られなくなったら大変です! 僕のほうが体が小さいですから、代わりますよ」


 フランクの声に、カミラとマルコが同時にそちらを向く。


「え、なに? わ、そこ隠し通路だったの? だったらあたし、見てこようか?」


「うわあ、気になる……でも、おれは入れなさそうだな」


 突如現れた謎の隠し通路に、四人ともすっかり盛り上がってしまっている。子供のように。


 いえ、四人ともまだ十代半ばだし、まだ大人になり切れていないのかもしれないのだけれど……。


「……どんどん、謎が増えていくわ……というか、本来の目的、やっぱり忘れ去られてる気が……」


 呆然とつぶやくわたくしの声は、四人の耳には届いていないようだった。




 どうにかこうにか四人を隠し通路からひっぺがし、話し合いに持ち込む。


「はい、それじゃ状況をまとめるわよ! まず、ユリウスの指輪は、彼が湯あみをしている間に盗まれた」


 そうやって場を仕切ると、ユリウスが大きくうなずいた。


「それ以外の時に盗まれたとしたら、犯人はスリの天才だな。俺、あれは紐に通していつも服の下に隠してたから」


「とか言って、落としたんじゃねえのか、ユリウス様?」


「そんなへまをするほど、どんくさく見えるのかよ、マルコ?」


「はい二人とも、静かになさい」


 さっそく言い争いそうになっているユリウスとマルコを黙らせて、さらに続ける。


「でも、彼が湯あみをしていた間に廊下を歩いていた者はいない。ここの廊下はかなり足音が響くから、ほんの数歩ならともかく、わたくしやフランクに気づかれずに湯殿に忍び込むのは難しいわ」


「裸足ならいけるんじゃねえの?」


「それ、途中で見つかったら言い逃れできないじゃん。不審者丸出しだし?」


 またしてもマルコがちゃかしてきたけれど、今度はカミラが止めてくれた。にぎやかなのはいいのだけれど、頭が痛くなってきた。


「……何者かが隠し通路を通ってユリウスの部屋に入り、すぐ前にある湯殿に踏み込んで指輪を盗み、来た道を戻っていった。これが、一番ありそうな答えだと思うのよ」


「俺もそう思う。あの隠し通路、埃も蜘蛛の巣もなかった。きれいなもんだったぜ」


「……その隠し通路を通った誰かは出入りの際にボタンを落とし、気づくことなく帰っていった。そういうことでしょうか」


 ユリウスとフランクが、まともな意見を添えてくれた。二人にうなずきかけて、それからみんなの顔を順に見渡した。


「指輪が見つからない以上、その誰かを探してみる価値はあると思うの。きっとまだ屋敷の中にいるから、手分けすればきっと……」


 そうしてみんなで話し合い、それぞれがやることを決めていく。


 まずフランクは、あのボタンを手にして聞き込みに向かうことになった。


 落ちていたのを僕の主が拾ったのですが、持ち主に心当たりはありませんか、と。責任もって持ち主にお返ししたいと、主はそうおっしゃっておられるので。そんな風に。


 そしてカミラは、あの隠し通路を通り抜け、向こう側に何があるのか探る役目を買って出た。


 なにぶん隠し通路が小さすぎて、わたくしとカミラ以外は途中でつっかえてしまいそうなのだ。「犯人、女子供じゃん?」とマルコが言っていたけれど、わたくしもちょっとそんな気がする。


 彼女一人で訳の分からないところに踏み込むのも危ないので、マルコは彼女の手伝い兼護衛としてそばにつくことになった。息ぴったりの二人だから、そのほうがこちらも安心できる。


「……待ってるだけってのも、暇だな」


「そうね」


 わたくしとユリウスは、ただひたすらに待つことしかできなかった。二人でわたくしの部屋にこもり、みんなの報告を待つ。


 この屋敷でわたくしたちがうかつに動き回れば、この上なく悪目立ちしてしまう。もどかしいけれど、こうしている他ない。


「はあ……」


「あーあ……」


 そうしてわたくしたちは、顔を見合わせてはひたすらにため息をついていたのだった。




 しばらくして、フランクが戻ってきた。ちょっぴり暗い顔だ。


「……申し訳ありません。あのボタンは取り上げられてしまいました。ただ、あの態度からすると、持ち主はこの屋敷の主か、その家族です」


「いいさ、そこまで分かれば上々だ。しかし、妙なもんが忍び込んできたものだ」


 そんなことを話していたら、カミラとマルコも戻ってきた。


「隠し通路、上の階の廊下の突き当たりに出たよ。そこで、マルコが探しに来てくれるの待ってたら、綺麗な女性に出くわしちゃって……焦ったあ」


「綺麗な女性? どんな方だったの?」


「フリーダって名乗ってた。三十歳ちょっとくらい? 上品でおっとりした人だったよ。まっさか、あの人があの隠し通路を……?」


 わたくしの問いかけに、カミラがすらすらと答える。そしてマルコが即座に否定した。


「それはねえな。あの人、かなり香水がきつかった。廊下に香りの道ができてたし」


 そうしてマルコが、ちらりとわたくしを見た。


「つーか、貴婦人? はたっぷりと香水を振りかけるものなんだろ? うちのお嬢様は何もつけてないけどな」


「わたくし、きつい匂いが苦手なのよ。薔薇水のほのかな香りは好きだけれど」


「ともかく、あの隠し通路からは何の匂いもしなかった。だからあのフリーダは外していい。つか、何者なんだあいつ?」


「カスパルの妻だな」


 マルコのその問いに答えたのは、なぜかアンドレアスだった。わたくしたちが話に熱中している間に、彼はするりと忍び寄ってきていたのだ。


「ヘルツフェルトの当主である私の兄カスパルには、妻が一人と子が二人。妻がそのフリーダで、息子がパウルとラファエル。パウルが十歳くらいで……ラファエルはまだ六歳くらいだったか」


 あ、じゃあこの屋敷に戻ってきた時にユリウスが抱き留めた子供は、たぶんラファエルですわね。……じゃなくて、どうしてここにアンドレアスが来たのかしら。


「父さん、カスパルとの話し合いはうまくいったのか?」


 ユリウスがさらりと尋ねると、アンドレアスの顔が一気に暗くなった。


「……あの指輪を渡せば、私とお前をヘルツフェルトの一員として受け入れると、カスパルはそう言った。だが、指輪を渡していいものか、お前の意見を聞こうと思ったんだ」


 あの指輪を渡す。その取引、したくてもできない。


 わたくしたち四人は同時に顔を見合わせて、それからユリウスがそろそろとアンドレアスを見た。


「ごめん。その指輪、ついさっき盗まれた。俺たち、ちょうど今それを探してたところで」


 あ、アンドレアスが真っ青になった。倒れそうになるのを、マルコがあわてて支えている。


「しっかりしろよ、父さん。犯人の目星はついてきたからさ」


「美しい細工物の貝ボタンを身に着けられるほど身分が高く、体の小さいもの。この段階で、フリーダ、パウル、ラファエルの三人に絞られますわ」


 アンドレアスを励まそうと、さっきまでの推理と調査結果を話していく。


「で、匂いの関係でフリーダも外れた」


「つまり、息子二人のどっちかですよね!」


「……その二人であれば、指輪を盗む動機も持っているでしょう。本人あるいは周囲の人間が、ユリウス様を一族に引き入れたくないと考えているとすれば」


 マルコにカミラにフランクも、流れるように言葉を添えてくれた。それを聞いたアンドレアスが、呆然としたままか細い声でつぶやく。


「……上の息子パウルは、友人に招待されて外泊中らしいぞ……」


「だったら犯人はラファエル? あの時の子供? なんだってまた……あ」


 驚きに目を丸くしていたユリウスが、何かに思い至ったように動きを止めた。


「……そういや、階段から落ちてきたのを抱き留めた時……胸元であいつを抱きかかえたな。まさか、服越しに指輪に触られて、光るのを見られた、とか……?」


「わたくし、何かがあなたの胸元で光ったような気がしたのだけれど……気のせいでは、なかったんですのね……」


 あちゃあ、とか、うわあ、とか、そんなかすかなうめき声だけが、部屋にそっと響いていた。

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