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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第4章 こんがらがった因縁
23/36

23.感動の再会…?

 わたくしの隣にいるユリウスの姿をじっと見つめながら、ぼろぼろと涙をこぼし続けるやつれた男性。ユリウスとはまるで似ていないけれど、きっとこの人が彼の父、アンドレアスなのだろう。


「久しぶりだな、父さん。ちゃんと食ってるのか? えらく痩せちまって」


「お前たちと引き離されてから、何を食べても味がしなくてな……」


 アンドレアスはユリウスをぎゅっと抱きしめて、身を震わせている。十年ぶりの親子の再会。わたくしももらい泣きしてしまいそう。


「引き離された……か。なあ父さん、教えてくれないか。父さんがいなくなったあの日のこと。そして、それからのこと」


 ユリウスは冷静に話そうとしているようだったけれど、その声はかすかに震えていた。


 なおもしっかりとユリウスを抱きしめたまま、アンドレアスは語り始めた。


「ああ……全て話そう。今のお前になら告げられる」


 かつて彼は、ヘルツフェルトの家で肩身の狭い思いをしていた。そんな折、彼はメイドとして屋敷にやってきたエミーリアと恋に落ち、駆け落ちした。


 そうしてあの大きな街で、親子三人穏やかに暮らしていたらしい。生まれも育ちも貴族のアンドレアスは色々と苦労も多かったらしいが、それでも最愛の妻と息子のために生きるのは、幸せそのものの日々だったらしい。


 しかしアンドレアスの兄でありヘルツフェルトの当主であるカスパルは、この事態を見過ごさなかった。彼は配下をアンドレアスのところに差し向けて、愚かな選択をした弟を連れ去ったのだった。


「あの時、エミーリアやお前が殺されなくてよかったと、私は安堵していたのだ」


 アンドレアスの言葉に、ぞっとする。確かに、その可能性もあったのだ。


 一族の者をたぶらかした平民の女と、その女の血を引く子供。過激な、そして厳格な考え方をする当主であったら、そんな者は殺してしまえと考えてもおかしくはない。


「私の母が存命であったなら、お前たちは無事では済まなかっただろう。……我ながら非道なことだと思うが、私は母が既に亡くなっていたことに感謝したものだ」


 アンドレアスの母、つまりユリウスの祖母。もう故人らしいその女性は、そんなに恐ろしい人物だったのか。


 ……ヘルツフェルトって、面倒な人間ばかりですのね。あのカスパルといい、その母といい。


「とはいえ、エミーリアには苦労ばかりかけてしまった……」


 震える声が、涙交じりの嗚咽に変わる。ユリウスはそんな父親の肩をぽんぽんと叩いて、とても優しく声をかけている。


「泣くなよ、父さん。父さんのせいじゃないさ。母さん、最期まで父さんのこと気にかけてた。どうか、元気でいて欲しいって」


「エミーリア、ああ、エミーリア……」


 ユリウスの言葉がとどめになったらしい。アンドレアスは子供のように泣きじゃくりながら、亡き妻の名を呼び続けた。


 その悲痛な響きに、ただ聞いているだけのわたくしまでつい涙ぐんでしまった。ユリウスもさっきから何も言わない。


 結局わたくしたちは、アンドレアスの叫びを聞きながら、ただ立ち尽くし続けていた。




 そうしてひとしきり泣いて、ようやくアンドレアスも落ち着いてきたらしい。ユリウスを抱きしめていた腕の力を抜き、数歩離れて涙を拭った。


「すまない、取り乱した。お前があまりにもエミーリアに似ていたから……」


「いいさ。父さんも大変だったんだって、よく分かったから」


「……ああ」


 そうして、アンドレアスがまたぽつぽつと語り始める。


 彼はヘルツフェルトに連れ戻されてから、ずっとこの別荘に閉じ込められていたのだ。うかつに逆らうと、あの女と子供がどうなっても知らんぞと、そんなことを言われて。


「閉じ込められるだけなら、まだ耐えられた。だがカスパルは……」


 やつれたアンドレアスの顔が、みるみる険しくなる。赤く染まりつつあるのは、怒りからか。


「……こともあろうに、私に新しい妻をあてがった」


 彼はその言葉を、心底忌々しそうに吐き捨てた。その妻がかわいそうだなと、そんなことを思わずにはいられないくらいに。


 ちらりと横を見ると、ユリウスもほんの少し気まずそうにしていた。


「私が愛しているのはエミーリアだけだ。引き離されようと、死によって分かたれようと、そのことは変わらない」


 アンドレアスの語りが熱を帯びてくる。それを遮るようにして、ユリウスが声を上げた。


「……なあ、父さん。その奥さんってのは、どこにいるんだ? 一応、あいさつしておかないとな」


 するとアンドレアスは、言葉に詰まったようだった。さっきまでとは打って変わった小さな声で、ぼそぼそとつぶやいた。


「……もう、いない。彼女は私を捨てて出ていって……帰らぬ人となった」


 思わぬ言葉に、ユリウスと二人顔を見合わせる。


「ロジーナは……私に嫁がされたことを、ずっと嘆き続けていた」


 その言葉に、引っかかるものを感じた。ロジーナ。どこかで聞いたような。ええと、ヘルツフェルト家のアンドレアスに嫁いできたのだから、ロジーナ・ヘルツフェルト……。


「ああっ!!」


 恐ろしい事実に気づいてしまって、思わず叫んでしまう。アンドレアスとユリウスが、同時にこちらを見た。顔立ちはまるで違うけれど、二人の表情はよく似ていた。


「おい、どうしたんだコンスタンツェ、顔が真っ青だぞ」


「……そういえばユリウス、こちらのお嬢さんはいったい……?」


 困惑している二人に、一瞬だけ戸惑って言葉を返す。黙っていたほうがいいのだろうと思えたけれど、止まれない。


「わたくしのお父様が駆け落ちした、そして共に崖の下に落ちた女性、それこそがロジーナ・ヘルツフェルトですわ!!」




 静まり返った部屋に、わたくしの叫び声の残響だけがかすかに漂う。わたくしも、ユリウスも、アンドレアスも、微動だにしない。


 どれくらいそうしていたのか、ユリウスの呆然とした声が聞こえてきた。


「……おい、なんだよ……それ。……最悪の偶然じゃないか」


 誰にともなく、ユリウスはつぶやいている。一つずつ、こんがらがった事情を解きほぐし、整理するかのように。


「……父さんがロジーナを拒んで、苦しんだロジーナは外に助けを求めた。そうして……ロジーナはリルケの当主であるコンスタンツェの父親と出会って、恋に落ちた」


 ユリウスの推測に、アンドレアスは反論しない。たぶん、ユリウスの言葉はだいたい合っているのだろう。ロジーナもお父様もいなくなってしまったから、確認のしようがないのだけれど。


「二人が駆け落ちしたせいで、リルケの家は危機に陥った。それを救うために、俺がリルケに入った……」


 なんだろう。色んな事情がからみあって、ぐるぐると回ってしまっているような気がする。偶然にしては、あまりにできすぎている。薄気味悪いほどに。


 そしてアンドレアスには、また別に気になることがあったようだった。


「ゆ、ユリウス。リルケの家に入った、とは……?」


 ユリウスはゆっくりと息を吸い、アンドレアスに向き直る。気のせいか、再会直後と比べて態度がぎこちないような。


「こいつはコンスタンツェ。リルケ男爵家の最後の一人。そして今の俺は、こいつの婚約者だ。俺はヘルツフェルトの血を引く者として、次のリルケの当主になる」


 自信たっぷりに、堂々とユリウスは断言する。


 アンドレアスはそんな息子を真正面から見すえて、唇をわななかせていた。まるで、今にも倒れてしまいそうな、そんな様子だった。


「……ああ……」


 さっきまでとは違う悲しみをたたえた声で、アンドレアスがうめく。


「私は、なんと罪深いことを……」


 彼の節くれだった手が、祈りの形に組み合わされる。


「私が弱かったがゆえに、最愛の妻を苦しめ、死なせた」


 ユリウスは、何も言わない。わたくしも、何も言えない。


「私がかたくなだったがゆえに、もう一人の妻を不幸にして、死なせた」


 ロジーナの苦しみは、少しは報われたのだろうか。自分を虐げた夫が、ようやく悔いたのだから。……いや、その程度ではきっと、救われはしないのだろう。そんな気がした。


「そのせいで一つの家を滅亡の淵に追いやり、大切な息子を貴族の社会に縛り付けてしまった」


 ユリウスは肩をすくめ、首を横に振っている。違う、そうじゃないんだ、父さん。彼の目は、そんな風に語っているように思えた。


 けれどアンドレアスの目には、そんなユリウスの姿は映っていないようだった。


「全て、私のせいだ……私さえ、いなければ……みなにどうわびていいのか、分からない……」


 背中を丸めて、組んだ手を額につけて。アンドレアスは震えている。


「……ああ、そうだ……ここを出て、修道士になろう……私のせいで不幸になってしまった人たちに、贖罪の祈りを捧げながら余生を過ごそう……」


 そうアンドレアスが言い放った時、ひゅっと風が吹いた。

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