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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第1章 崖っぷち令嬢と謎の婚約者
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2.訳ありな婿候補

「俺はユリウス。あんたはコンスタンツェで、ここリルケ男爵家の最後の一人。それで合ってるな?」


 目の前の少年は、さくさくと自己紹介と状況確認を済ませている。


 わたくしは居間のソファに腰かけたまま、ぽかんと彼を見つめていた。自己紹介すら忘れて。あまりにぶしつけな、しかし堂々とした態度に圧倒されてしまったのだ。


 彼はわたくしと同じくらいの年だろう。柔らかく波打つ栗色の髪と、雲一つない青空の色の目をしている。軽やかな物腰と良く動く目、弾むような声。生気に満ちた、人の目を引く美貌の持ち主だった。


 着ているものはとても粗末で、平民の普段着にしか見えない。それなのに態度はなんともふてぶてしい。貴族の屋敷にいるというのにまったく気後れしていないように見える。


 きちんとした格好をさせて、上品な微笑みを浮かべていればきっと素敵な貴公子に見えるだろうに、この表情で全部台無しだ。


 彼は平民。それも間違いなく、今まで出会ったことのないたぐいの人間だ。この人物が本当に、オットーの『当て』なの?


「おい、聞いてるのか? 返事をしてくれよ」


「え? え、ええ。少しぼうっとしておりました、申し訳ありません。確かに、わたくしがコンスタンツェ・リルケですわ」


 あわててそう答えながら、ユリウスの後ろに控えているオットーに視線を移す。


 本当にこのユリウスが、リルケを救う切り札となってくれる方なんですの? いまいち、納得いきませんわ。


 そんな思いを込めてオットーを見つめたけれど、彼はいつも通りの上品な笑みでこちらを見返すだけだった。


「今度はよそ見か? 人を呼びつけておいて、ずいぶんな態度だな」


「あっ、重ね重ね申し訳ありません。あなたをないがしろにするつもりはなかったんですの。お許しいただければ幸いですわ」


「謝ってばかりだな、あんた。それより、そのむずむずする丁寧な口調、何とかしてくれよ」


 唐突に、ユリウスはそんなことを言い出した。ちょっとうんざりしたような表情で。


「俺はあんたの婿になり、ひいてはリルケの当主になるために、ここに呼ばれたんだろう? この家がつぶれてしまわないように」


「ええ、そうですわ……そうよ」


 あわてて、口調を少し砕けたものに改める。けれどユリウスの眉間のしわは、相変わらずくっきりと刻まれたままだった。


「だったらこれからも、俺はあんたと顔を突き合わせることになる。そのたびに薄気味悪い言葉を聞きたくはない。これからも、気をつけてくれよ」


「薄気味悪いって、ちょっと失礼ではなくって!?」


 ユリウスに対する戸惑いは、どんどん増していた。そんなところに、薄気味悪いなどという失礼な言葉をぶつけられてしまったのだ。そのせいで、ついちょっぴり声を荒げてしまう。


 一瞬遅れて、しまった、と青ざめる。どれだけ無礼でも、彼はオットーが連れてきた『リルケ男爵家を救えるかもしれない、たった一人の心当たり』なのだ。彼の機嫌をうかつに損ねるのは、たぶん良くない。


 ところがユリウスは、わたくしの予想とはまるで違う反応を見せた。


 彼は目元をふわんとほころばせて、いきなり大きく笑ったのだ。そうしていると驚くほど柔らかな、あどけない表情になる。


 思わず見とれたわたくしに、彼はさっきまでとはまるで違う、親しげな笑顔を向けてきた。


「なあんだ、ちゃんと怒れるんじゃないか! さっきからとりつくろった薄笑いばかりで、感情がないんじゃないかと思ったぞ。やれやれ、やっとあんたが人間なんだと確信できた」


「あ、ありがとう……?」


 彼の考えることはよく分からない。そしてそれ以上に、今の状況が分からなかった。


 リルケ男爵家を守るために、わたくしには婿が必要だ。でもそれは、貴族の家の当主として認められるような人物、貴族の血を引き貴族の籍を持つか、あるいは貴族の家の養子でなくてはならない。


 けれど目の前のユリウスは、そのどれにも当てはまらないような気がしていた。


 頭の中が疑問でいっぱいだ。助けを求めるように、またオットーをじっと見る。


「あの、オットー。そろそろ、状況を説明してはもらえないかしら……?」


「はい。ユリウス様は、とある貴族の血を引いていらっしゃいます」


 すかさず答えたオットーに、ユリウスがしかめ面を向ける。


「それがどこの家なのかについては、まだ伏せさせてくれ。話すに値すると思ったら教えるよ」


「ねえ、あなたが血を引いているのはいいとして……貴族の籍、あるの?」


「ないな」


 即座に言い切ったユリウス。


「それじゃあ、あなたと結婚したところで、あなたを当主にすることはできないわ」


「大丈夫だ。そのうち、俺の親の実家に向かって、貴族の籍を作ってもらうから」


「……本当に、できる?」


「心配性だな、あんた。実は、自分の血筋を証明できるあるものを持っている。それを持っていけば、あちらもすぐに手続きしてくれるだろうさ。貴族の籍なんて、当主が一筆書けば何とかなるんだろう?」


「ええ、まあ……」


 おそらく、ユリウスはオットーにある程度説明を受けていたのだろう。貴族の社会の仕組みなどろくに知らなさそうなのに、的確に返事をしてくる。


 その言葉からは、彼が高い知性を秘めていることが容易にうかがい知れた。


 けれどそれ以上何も言えずにただユリウスを見つめていると、オットーがそっと口を挟んできた。


「お嬢様、どうぞ決断してください。彼を婿として迎えるのか、迎えないのかを」


 オットーは真剣な目で、ユリウスはどことなく面倒くさそうな目で、わたくしをじっと凝視していた。


 ユリウスはどうも訳ありのようだけれど、それでも貴族の血を引いているようだし、悪い人には見えない。


 彼なら大丈夫かしらね。そう思ったその時、ふとあることが気になった。


「……ねえ、ユリウス」


「なんだ?」


「あなたはどうして、わたくしの婿になることを了承してくれたの?」


「ああ、オットーとちょっと取引をな。あんたの婿になることで、俺も得をするんだよ。ただ、取引の内容は秘密だ。オットー、あんたも喋るなよ」


 そう言って、彼は指を一本立てた。その指を軽く振りながら、さらに言い立てる。


「コンスタンツェ。俺はあんたの婿になるとは言ったが、あんたに心を許すとは言ってない。当然ながら、俺の事情に立ち入ることも許さない。協力はするが、自由を制限される気もない」


 ずっと立ったままのユリウスが、にやりと笑って姿勢を変えた。片足に重心をかけてはすに構えたお行儀の悪い姿は、不思議なくらい彼によく似合っていた。


 立ち上がり、ユリウスのすぐ前まで歩いていく。そうして、彼の顔を間近からのぞき込んだ。


 意外なことに、彼はたじろいだようにのけぞっている。少し上にある彼の目が、戸惑いに揺れていた。


「あなたは、わたくしに心を許すつもりはない。それは分かりましたわ。でも……」


 少し言いよどんでから、深呼吸する。心も決まったところで、一気に言った。


「わたくしはあなたのことを知りたいの。それにあなたにも、わたくしのことを知ってもらいたい」


「俺は別に、あんたのことなんてどうでもいいんだが?」


「それでも、お互いを理解するための努力は必要だと思うわ。わたくしたちは夫婦になるのだから」


 わたくしたちは夫婦になる。そんな言葉が、自然と口をついて出た。そのことに、自分でもちょっと驚く。


 実のところ、いきなり婿を取るということに戸惑いはあった。普通なら、まずは顔合わせ、交流を深めてから婚約、結婚と進んでいく。


 でも今のわたくしには、そんな悠長に事を構えている時間はない。それは分かっていたし、覚悟していた。


 それでもやはり、心の片隅で怖がっていた。わたくしはどんな人と結婚することになるのだろう、わたくしはこれからどんな暮らしをすることになるのだろう、と。


 でも、ユリウスを見ているとそんな不安がちょっと薄れていく。彼はどう見ても平民だし態度は悪いしわたくしを拒んでいるというのに、どうしてかしら。


 そしてその代わりに、彼とならやっていけるかもしれない、そんな希望が小さな芽を出してきた。


「ね、どうせなら少しでも楽しく、平和に暮らしたいでしょう?」


 さらに食い下がると、ユリウスはたじろぎながら視線をそらした。照れくさそうに、もごもごとつぶやいている。そりゃあまあ、そうだけどさ、などと。


 もう一押し。彼がこの提案を受け入れたくなるような、何か。


 少し考えて、ゆったりと口を開く。


「ユリウス、わたくしと契約をしてくれないかしら?」

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