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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第4章 こんがらがった因縁
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19.因縁の手紙

 リルケの屋敷もにぎやかになり、かつての活気を取り戻しつつあった。


 わたくしとユリウスの距離も縮まったし、彼を社交界にお披露目することもできた。彼のお母様にあいさつもできた。


 何もかもが順調だった。ちょっと怖くなるくらいに。


 ……などと思っていたら案の定、またしても波乱のほうが勝手にやってきたのだった。来なくていいのですけれど、本当にもう。




 次の波乱を連れてきたのも、やはり手紙だった。


 普段見かけない、飛び切り豪華な封筒――かなり重要な案件をやり取りする時に使うような、きちんとしたもの――が、ある日届いたのだ。それも、ユリウスあてに。


「……あーあ、見つかった」


 差出人の名前を見たユリウスは、封筒を開けることなく深々とため息をついた。


「いや、いつかは会いにいかなきゃならなかったんだが……もうちょっと、このままのんびりしていたかったのになあ」


「その仰々しい手紙、誰からですの? 何だか因縁のある相手みたいですけれど」


 そう尋ねると、ユリウスは無言で封筒を差し出してきた。そこに書かれている差出人の名前は『カスパル・ヘルツフェルト』。


「ヘルツフェルト……どこかで聞いたような……ああそうですわ、確か歴史ある伯爵家、でしたわね。我が国の建国時から存在するとか……?」


 そうつぶやきつつ、何か別のものまだ記憶の片隅に引っかかっているのを感じた。まあ、必要なことであれば、いずれ思い出せるでしょう。


「ああ、そのヘルツフェルトだよ。ちなみにこのカスパルは現当主だ」


「でもどうして、そんな家の、それも当主からあなたに手紙が……まさか」


「そのまさかだな」


 にやりと笑うユリウスの顔を、穴が空くほど見つめる。


 ユリウスはどこぞの貴族の血を引いているという触れ込みで、わたくしの婚約者となった。


 彼は、自分の出自を証明できるものを持っていると言っていた。だからわたくしも、彼が貴族の血を引くことについては疑っていなかった。


「俺の父親が、ヘルツフェルトの人間だったんだよ。よりによってそんな名家の人間がメイドと駆け落ちだなんて知られたら大騒ぎになるから、伏せられていたんだろうな」


 その言葉を聞きながら、こっそりと考える。


 ユリウスのお父様は、エミーリアさんと駆け落ちした。でもお父様はいなくなって、エミーリアさんは一人でユリウスを育てた。


 ……やっぱり気になる。彼のお父様は、今どこでどうしているのだろう。ユリウスの口ぶりからすると、当主カスパルは彼の父親ではなさそうだし。


 頭の中の疑問を押し込めて、代わりに別のことを尋ねてみる。


「ところで、一つ分からないことがあるの。あなたとオットーは、どこで知り合ったの? オットーは、あなたの事情をある程度知っているようだったけれど」


「ん? それか。母さんがオットーの姪っ子でさ。三年ほど前に、たまたまマディセスの町に来てたオットーとばったり出くわしたんだよ。俺、母さんそっくりだから、オットーの驚いたことといったら」


 その時のことを思い出しているのか、ユリウスが楽しげに笑う。


「オットーは俺を引き取りたいと申し出てきたけれど、それは断った。その時俺は、もう孤児院の一員だったからな」


 誇らしげに胸を張って、彼は続けた。


「みんなに助けてもらって大きくなった分、今度は俺がみんなを助けるんだって言ったら、涙ぐんでたな、オットーのやつ。『エミーリアにこんなに立派な息子が…』って」


「まあ、そんな事情があったの……」


「そうなんだよ。ところがそんなオットーが、ある日俺のところを訪ねてきて。『お嬢様を助けてください!』って言って土下座してきたんだよなあ。……今度は俺が驚いたよ」


 その様を思い描いてしまって、絶句する。リルケの家の危機にため息をつくことしかできなかったわたくしとは違い、オットーはそんなにも努力していてくれた。


「……いずれオットーをねぎらってあげないと、ですわね……」


「同感。あいつはあんたにとっても恩人みたいなもんだしな」


 そうして二人、あれこれと話し合う。この手紙の件が片付いたら、リルケの家を守り切れたら、オットーに感謝の意を示すべく何かしよう。そんなことを。


 でもその間も、わたくしの胸の中には小さな疑問が揺らぎ続けていた。暖炉の中に残る、小さな燃え残りのように。




 ヘルツフェルト伯爵家の当主、カスパル。彼がユリウスにあてた手紙の内容は、ざっくり言うとこんな感じだった。


『今さら、お前が貴族の社会に出てくるとは思わなかった。そもそも、よく出てこられたな? そのことについて一度話がしたい。至急、ヘルツフェルトの屋敷に来るように』


 由緒ある貴族らしく美辞麗句を連ねてはいたけれど、結局カスパルが思いっきり上からものを言っていることに変わりはなかった。


 ユリウスはメイドの子で、彼が身を寄せている我がリルケ家は格下の男爵家、それも滅亡寸前の。


 となると、こんな態度を取られるのも仕方ない……なんて素直に納得したくはありませんわね。腹が立ちますわ。するりとこんな風に感じるようになったのも、ユリウスの影響かしら。


 無言でぷりぷりと腹を立てているわたくしに、ユリウスは軽やかな苦笑を向ける。


「カスパルと話、か……あんまり気持ちのいい話になりそうな気がしないんだけどさ、あんたも一緒に来てくれよ。そのほうが、説明が楽だしな」


「ええ、もちろんですわ。わたくしも、このカスパルとかいう方の顔を拝んでやりたいですもの」


 半ばけんか腰でそう言ったものの、すぐに弱気の虫が動き出してしまう。


「……でも、あちらは何というか……あなたのことを認めたくないといった様子みたいですけれど……」


「そうだな。偉そうだし、不機嫌そうだし。ふんぞりかえった文章だな、これ」


 毎日が楽しくて半ば忘れかけていたけれど、わたくしとユリウスとの関係は、そもそもリルケ家を守るための取引から始まったのだ。


 リルケ家を存続させるために、婿が必要だ。飾りでも何でもいい、貴族の血を引いた男性が。そんな理由で、オットーはユリウスをわたくしに引き合わせたのだ。


 けれどもし、ユリウスがヘルツフェルトの一員だと認められなかったら。貴族の籍を作ってもらえなかったら。


 わたくしたちの計画は白紙に戻ってしまう。つまりそれは、わたくしとユリウスの婚約を解消して、新たに婿を探す必要が出てくることを意味していて……。


 考えただけで、血の気が引いた。リルケの家がなくなるかもしれない、そのことよりも、ユリウスと離れることになるかもしれないという、そちらのせいで。


「ああ、心配しなくても大丈夫だ。俺はちゃあんと、交渉の道具を持ってる。だからそんなに青ざめるなよ。リルケの家は守ってやる。約束通りにな」


「ユリウス……」


 まるで子供をなだめるように、彼はひどく優しい声を出している。でもそのせいで、余計に不安がつのってしまう。


「……もし、交渉がうまくいかなかったら……」


 そうしてその不安が、一つの思いつきを連れてきた。

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