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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第3章 過去があっての今
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18.二人の思い出語り

 結局、あの舞踏会に出たことは吉と出た……たぶん。


「疲れた……疲れた……なんであいつら、相手してやればやるほどに寄ってくるんだ?」


 舞踏会から帰ってくるなり、ユリウスは居間のソファにぐったりと伸びてしまっていた。


「あんたの婚約者としてぽっとわいて出た俺が珍しいんだろうって思ったから、存分に見せてやっただけなんだけどなあ」


 あのとんでもないダンスの後、わたくしたちはたくさんの貴族たちに囲まれてしまった。


 先ほどのようなダンスをどこで身につけたのですか、とても素敵なダンスでした。そんな言葉の数々を浴びせられながら。


 ユリウスの思惑通り、ほとんどの貴族たちは彼をじっくりと見ることで納得しているようだった。


 でも一部の人間は、さらにユリウスに興味を抱いてしまったようだった。彼に近づいて、それはもう熱心に話しかけていたのだ。


「『どこの家の方ですか』って聞かれるのが一番面倒なんだよな。『名乗るほどの者ではありません、傍系ですので』なんて言葉でどうにかしのいだけどさあ」


 ソファの上でごろごろと寝返りを打ちながら、ユリウスがぼやく。豪華な服装と、子供のようなふるまいがまるで釣り合っていない。


「……そろそろ、あっちと連絡を取らないとならないのかもな。一応血縁ではあるものの、一度も会ったことがないからなあ……はあ、気が重い」


 小声で彼がもらしたぼやきを、聞かなかったことにする。


 あっちというのは、おそらく彼と血がつながっているという貴族のことだろう。今のところ、お茶会や舞踏会では出くわしていないようだけれど。


 でも、リルケの家を存続させるためには、ユリウスが貴族の血を引くと証明してもらう必要がある。つまり、その『あっち』と接触する必要が。


 だからユリウスには申し訳ないけれど、頑張ってもらうしかない。


 ごめんなさいね、と口の中でそっとつぶやくと、彼は寝転がったままそっと視線だけを動かしてこちらを見た。思いのほか色っぽい視線に、ついどきりとする。


「ま、その前に……気晴らしさせてくれ。あんたも付き合ってくれるよな?」


「ええ、もちろんよ」




 次の朝わたくしたちは、シトーの街にいた。リルケの町でも、グスタフの孤児院があるマディセスの町とも違う、もっとずっと大きくてにぎやかな街だ。


 ちなみにここは、我がリルケ家の領地ではない。そんなこともあって、リルケやマディセス以上に勝手が分からない。


 いつものように平民の服をまとったわたくしとユリウスは、活気にあふれた通りをのんびりと歩いていた。


「この街はかなり大きいけれど……何がどこにあるのか、やはりあなたには見当がつくの? わたしにはさっぱりだわ」


 ユリウスの足取りには迷いがなかった。途中の屋台なんかで買い食いをしながら、どんどん街の奥のほうに進んでいく。その様子は、どこかを目指しているようでもあった。


「……見当っていうか、知ってるんだよ」


 彼にしては珍しく、とてもしんみりとした声だった。気晴らしに来たとは思えないくらいに。


 その奇妙な雰囲気には、それ以上問いかけることを拒むような響きがあった。口を閉ざして、そのまま彼の隣を歩く。


 途中でわき道にそれると、そこは住宅街になっていた。さらに奥に突き進んでいたら、いきなり目の前が開けた。


 木々のこずえがさやさやと風に揺れている。さっきまでのにぎやかさが嘘のように静まり返った、明るい草地。


 そこには、小さな石が点々と並んでいた。それぞれの石には名前が刻まれ、花が供えられ……ここは、墓地のようだった。


 でもさわやかな日差しのおかげか、あるいは手入れが行き届いているからか、ほっとする場所のように感じられた。


 ユリウスは墓石の一つに近づき、ハンカチでそっと埃を拭う。それから道中買い求めていた花を、そっと供えた。墓石には『エミーリア』とだけ刻まれている。


「……俺の父さんが、貴族でさ。メイドだった母さんと駆け落ちしたんだ。このシトーの街の片隅で、家族三人暮らしてた」


 墓の前にひざまずいて、こちらを見ないままユリウスは語る。とっても懐かしそうに。


「父さんがいなくなって、母さんは女手一つで俺を育ててくれた。ま、無理がたたって死んじゃったけどな」


 ……あら、ユリウスのお父様はまだご存命らしいと聞いた気がするのですけれど。今はどこにおられるのかしら。いなくなったって、何があったのかしら。


「で、一人きりになった俺は、旅の商人のところに身を寄せることになった」


 彼は父親について、語ろうとしない。きっと今は、まだ語りたくないのだろう。そう感じられた。


「その時、俺は八歳。誰か大人にすがらないと生きていけない。でも、遠くには行きたくなかったんだ。ここには、母さんがいるから」


 そう言って彼は、手をぽんと墓石にかけた。


「だからごねた。旅なんてしたくないって。そうしていたら、たまたま買い出しに来ていたグスタフが俺を引き取ってくれたんだよ」


 その言葉に、つい笑いそうになる。子供のユリウスが、大人たち相手に懸命に主張している姿。笑い事ではないのだけれど。


「マディセスの町なら、ここからでもそう遠くない。大きくなったら、またこのシトーに戻ってくることもできる。あいつはそう言って、俺に手を差し出したんだ」


「……旅の商人についていったほうが、豊かに暮らせたかもしれないのに?」


 そろそろと口を挟むと、ユリウスはこちらを向いて不敵な笑みを返してくれた。


「確かに、生活は苦しかったな。けど、俺は孤児院に行ったことを後悔してない。あそこにはたくさん仲間もいるし、グスタフもいいやつだし」


「ふふ、ユリウスはグスタフさんのこと、好きよね」


「……まあ、な。恥ずかしいから、本人の前で言ったことはないが」


「言わなくても、グスタフさんも分かってくれてると思うわ。リルケに身売りしてまで、孤児院のためのお金を稼ごうとしてるんだし、ね」


「身売りって、あんたなあ」


「客観的に見れば、そういうことにならない?」


 澄ました顔で答えたら、ユリウスがぷっと吹き出した。


「……だとさ、母さん。こいつがコンスタンツェ、俺の婚約者。見かけによらずたくましくて、貴族とは思えないくらい面白いやつ。……母さんも父さんのこと、こんな風に思ってたのかなあ……」


 そうしてまた、彼は墓石に向き直る。


「……孤児院で暮らすようになってからも、俺は時々ここに、母さんに会いにきてた。楽しかったこととか、辛かったこととか、母さんに話してたんだ」


 しんみりと話す彼の肩は、かすかに震えていた。笑いに。


「昨日のあのめちゃくちゃなダンスのこと、母さんに教えてやりたいなって、今そう思った。絶対母さん、笑うから」


「……やっぱりあなたも、めちゃくちゃだって思ってたのね」


「でも、貴族たちには好評だったろ」


「そういう問題……?」


 そうして、二人でお喋りする。そんなはずはないのだけれど、ユリウスのお母様が笑顔で耳を傾けているような気がした。




「なあコニー、あんたの両親ってどんな人だったんだ?」


 お喋りの合間に、ふとユリウスがつぶやく。


「どうしたの、突然」


「何、ちょっと気になって。話したくないなら別にいい」


「いえ、構わないわ。……お母様はたおやかで、繊細な方だった。だからこそ、お父様の裏切りに耐えられなかったのでしょうね……」


 儚げなお母様の姿を思い出して、ちょっと鼻の奥がつんとする。感傷を振り払って、さらに言葉を続けた。


「お父様については、よく知らないの。そもそも、まともに話したこともほとんどなかったから」


「貴族の令嬢は、父親や男兄弟とは距離を取るもの……だったか」


「そう。……ちょっと残念なことをしたかもと、今なら思うの。どうしてあんなことをしたのか、わたしたちのことをどう思っていたのか。知りたかったな……」


 お父様は、今もどこぞの谷底に眠っている。その思いを知る機会は、もうない。


 立ち尽くしたわたくしの肩を、すっとユリウスが抱く。そのまま彼に寄り添って、暖かな日差しを感じていた。

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