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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第3章 過去があっての今
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15.新たな仲間たち

 そんなわたくしの予感は、見事に的中した。


 次の日ユリウスは、わたくしたちと年の近い、仕事を探している三名――昨日廊下で出会った、仕事を探していた子たち――をこっそり自室に呼び集めたのだった。もちろんわたくしも、そこに同席させてもらった。


 そうして、彼は語る。言葉を選びながら、少しずつ。


 自分の今の境遇、わたくしのこと。そうして、リルケの屋敷で働き手を募集していること。


 集められた子たちは、とっても神妙な顔でユリウスの話を聞いていた。


 ちょっと心配になるくらいに。でもわたくしが口を挟むとややこしいことになるかもしれないので、はらはらしながらなりゆきを見守る。


「……とまあ、そういうことなんだ。で、お前たちさえよければ、屋敷に来てみないか? 住み込みだし、給料ははずむし、それに仕事やら礼儀作法やらも教えてもらえるし、さ……」


 ユリウスの声が、やけに自信なげに尻つぼみになっていく。どうしてそんなに弱気なのかしら。


 ああ、やっぱり口を挟んでしまいましょうか。わたくしからもお願いしたほうがいいかもしれないし……。


 一歩進み出ようとしたその時、三人が動いた。一斉にユリウスを取り囲んで、愉快そうに笑い出したのだ。


「なんだ、そういうことだったのかよ! 何で黙ってたんだ……って、まあ内緒にしたくもなるよな。いきなり貴族と結婚とか、ほんと訳分かんなさすぎだろ」


「というか、隠し通せると思ってたの? コニーちゃん、じゃない、コンスタンツェ様……だっけ? 明らかに、ただ者じゃない雰囲気丸出しだよ」


「どこでこんな子と知り合ったのか、みんな昨日から気になって気になっていたんですよ」


 三人は口々に、そんなことを言っている。


「お前が幸せそうに暮らしてて安心したぜ。行先も言わずにいきなりいなくなるから、何か面倒なことに巻き込まれたんじゃないかって、ずっと心配でさ」


「そうそう。グスタフは何か知ってるっぽいのに、何度聞いてもはぐらかすんだもん」


「でもこんな事情なら、うかつに明かす訳にはいきませんね。小さい子たちは混乱してしまいますし」


 その反応が意外だったのか、ユリウスが目を見開いた。呆然とした口調で、おそるおそるつぶやいている。


「え……俺、貴族の血を引いてることをずっと内緒にしてたんだぞ。しかも今度は、お前たちの雇い主になろうとしてる。こう……怒ったりとか、しないのか?」


 ユリウスの問いに返ってきたのは、満面の笑みだった。


「今さら何言ってんだよ、水臭いな。お前が貴族だからって、何も変わんねえよ」


「そうそう。あたしだって実は、貴族の隠し子かもしれないし?」


「いや、それはないな。うん、それだけはない」


「あっ、言ったわね! 後で覚えてなさいよ!」


「二人とも、落ち着いて……と、ともかく。僕たちにとってユリウスは、家族の一人ですから。ちょっとくらい立場が変わったって、ずっと家族です」


 三人のそんな言葉に、ユリウスが言葉に詰まっている。いや違う、ちょっぴり泣きそうになっている。


 わいわいと騒いでいる三人をちらりと見て、ユリウスの袖をそっと引く。


「……ねえ、ユリウス。あなた、もしかして……自分の出自を知られて幻滅されるのが怖くて、それで必死に隠してたの?」


 彼にだけ聞こえるように小声でささやくと、彼は無言でうなずいた。ちょっとばつの悪そうなその表情に、思わずくすりと笑みが浮かんでしまう。


「ふふ、あなたにも可愛いところがあったのね。昨日ここに来たばかりのわたくしにも、あなたたちの強い絆はすぐ見て取れたのに、そんなことを心配するなんて」


 三人はさらに元気よくやりあっている。子犬が三匹じゃれあっているみたい。


 そんな三人に目をやって、ユリウスがふうと息を吐く。


「そうだな。何を弱気になってたんだろうな、俺」


「ええ、あなたらしくなくてちょっと驚いたわ。でも……良かったわね」


 今度の返事は、万感の思いがこもったような「ああ」という言葉だけだった。




 こうして、孤児院の子供たちのうち三名が、リルケの屋敷の使用人見習いとして迎え入れられることになった。うまくいきそうなら、もっとたくさん増やしていく予定だ。


 がっしりとして骨太の、ちょっとやんちゃそうな少年がマルコ。彼は、その体格と器用さを活かして庭師見習いに。


 すらりと背が高く、陽気な美少女がカミラ。家事と子守が得意な彼女は、メイド見習いに。


 小柄で華奢な、物静かな少年がフランク。力仕事は苦手だけれど賢く礼儀正しい彼は、執事見習いに。


 ユリウスもそうだったけれど、三人とも読み書きは堪能だった。これは、グスタフの教育のたまものだった。


 子供たちが将来どんな仕事に就いても困らないようにと、グスタフは子供たちにきっちりと勉強させていたのだった。


 それに孤児院の家事やら何やらを日々こなしていたせいか、きびきびとよく働いてくれる。


 さらに集団での暮らしに慣れているからか、他の使用人たちともあっさり打ち解けた。


 三人とも年の割におとなびたところがあって、周りに合わせるのが意外にうまい。……三人集まると、子犬の団体みたいになってしまいがちだけれど。


 オットーは「これは良い方々を連れてきてくださいました」と喜んでいたし、他の使用人たちも仕事が楽になったと顔をほころばせていた。


 けれどただ一人、ユリウスだけは微妙な顔をしていた。


「だってさあ、あいつらわざと俺のこと『ユリウス様』って呼ぶんだぜ? それもやけにゆっくりと、妙に丁寧に」


 その現場ならわたくしも見た。フランクはあまりやらないけれど、マルコはしょっちゅうやっている。笑いをこらえきれないといった顔で。


 ちなみにカミラも時々やっている。普段のさばさばした笑顔ではなく、若干幼い感じの可愛らしい笑顔と共に。ユリウスに言わせれば、「あの笑顔、何か企んでそうで怖い」のだそうだ。


「俺とあいつらの立場からすれば、その呼び方が正しいんだろうけどさ。でも、あの表情はないよなあ……」


「ふふ、親しさと敬意がいい感じにごちゃまぜになった、不思議な態度よね」


「ったく、他人事だと思って……」


「でもあなた、とっても楽しそうよ? いい加減あきらめて、自分の気持ちに素直になったら?」


 そう指摘すると、ユリウスは困ったように笑った。


「ま、そうかもな」


 彼は短くそう答えて、窓の外に目をやる。その先には、他の使用人たちと一緒に荷物を運んでいるマルコの姿があった。


「……ちょっと前までは、こんなことになるなんて思ってもみなかった。本当に、あんたといると退屈しないぜ」


 さらにつぶやいたユリウスの目は、とても優しく細められていた。

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