14.お嬢様は思いついた
孤児院の食事は、ユリウスが念を押すだけあってとっても質素だった。
押し麦と刻んだ野菜、それに申し訳程度のベーコンをよく煮込んだ粥のようなもの。添えてあるのは干し果実。量自体は十分にあるけれど、本当に質素。
わたくしはこれまで、ユリウスに連れられてリルケの町を何度もふらふらしてきた。あの路地にあるカールの酒場にも、ちょくちょく通った。
カールはわたくしがごく普通の平民の娘ではないことを見抜いていたようだったけれど、それでも笑顔で色んなものを出してくれた。
というかユリウスが面白がって、あれを出してくれこれを出してくれと彼に頼んでいたのだけれど。
おかげで、平民の食事には慣れた……つもりだ。平民流のテーブルマナーもばっちり。
「ふうん、ユリウスの彼女ってお上品だね」
「おじょうさまっぽいね!」
……得意になっていたら、子供たちにそんなことを言われてしまった。まだまだ練習しなくてはなりませんわね。
周囲を観察し、上品とはしたないのつり合いを考えつつ立ち居ふるまいを修正していく。
難しいですわね。でも、やりとげてみせますわ。ユリウスはあんなに貴族らしくふるまえるようになったのですもの、わたくしだって。
そうやって程よいがさつさを追求しながら、せっせと食べ進める。とんでもなく質素ではあるけれど、割とおいしい。
と、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。
「わあ、今日はお肉があるね!」
「果物も! もったいなくて、食べられないな……」
……この子たちにとって、この食事はいつもより豪華なのだろう。たぶん、わたくしがグスタフに押しつけた金貨が役に立ったのだろうなと思う。
ここの暮らしは、とても貧しい。ユリウスと知り合わなければ、きっと一生想像すらできなかったくらいに。
……わたくしは、ずっと貴族として育ってきた。民たちの上に立ち、統治する側の者として。そんな生き方を疑ったことはなかった。でも……。
「どうしたコニー、やっぱり口に合わなかったか」
考え込んでいるうちに、食事の手が止まってしまったらしい。ユリウスが軽い口調で、でもとても心配そうに尋ねてきた。
「いえ、大丈夫よ。おいしくいただいてるわ。……ちょっと驚いたけど」
小声でそう答えて、さらに声をひそめる。
「……後で、もう少し話したいのだけれど、いい?」
ユリウスはきょとんとした顔で、すぐにうなずいていた。
そうして、食事も終わって。わたくしは約束通り、ユリウスの部屋にまた押しかけていた。
「それで、話って何だ? 何か相談したいことがあるとか、そんな感じに見えるけどな」
「正解ですわ。……相談というか、提案というか」
そこで、一度言葉を切る。
「……この孤児院の経営が苦しいのは、グスタフさんが次々と子供を受け入れているからじゃないかしら」
「やっぱり、あんたにもそう見えるか」
「ええ。孤児院への補助額をきちんと覚えている訳ではないけれど……明らかにここは、子供が多すぎる」
「グスタフ、人がいいからなあ。近隣の町で受け入れ先のない子供がいると、放っておけないみたいで」
「それについて、リルケのほうからの補助額を増額することも可能だし、実際帰ったらそうしようと思っているの」
「そうしてもらえるとありがたい。俺は立場上、ちょっと言い出しにくかったんでな。無事にリルケの当主になったら、その時にあんたに申し出てみようかと思ってたんだ」
ほっとしたように笑うユリウスに、さらに畳みかける。本題はこの先だ。
「ただ……ここで育った子たちの行き先がないって問題も、同時に何とかしないといけないと思うの。住み込みの仕事が欲しいって、そう頼まれてしまったし」
「孤児院が養う人数が減るし、将来的には仕送りなんかも期待できるかもしれないしな」
ユリウスはうんうんとうなずいている。油断し切っているところ悪いのだけれど、言わせてもらおう。
「この孤児院の、年かさの子たち……リルケの屋敷で雇ってみるというのは、どうかしら?」
さらりとそう言ったら、ユリウスはたっぷり三秒は固まっていた。それから我に返ったように、小声でつぶやいている。
「えっ、それは……困るんだが」
「でもあの子たち、このマディセスの町では仕事がないって言っていたでしょう? リルケの町はもっと大きいし、仕事の口もあるわ。わたくしたちが暮らしているから、土地勘がなくても大丈夫」
「いや、ちょっと、待て!」
ぺらぺらと話していたら、ユリウスがあせった様子で口を挟んできた。
「それはそうだし、リルケの町で仕事を探す、まではぎりぎり分からなくもない。けどなんで、屋敷で雇うって話になるんだよ!?」
ええ、予想通りの反応ですわね。ちゃんと反論も考えてきましたわ。
「どうせなら、より良い仕事を見つけてあげたいでしょう? だから一度屋敷に引き取って、礼儀作法なんかを仕込もうと思うのよ」
孤児院育ちというだけで、ちょっと偏見の目で見られることがあるのは知っている。そのせいで、就く仕事が限られるということも。
けれどうちのお屋敷できっちりしつけて、『この子はちゃんとした人物で、一人前に仕事ができます』ってお墨付きを与えれば、もっと色んなところで働けるようになる。
「グスタフも、ここの子たちも、あなたにとってはみんな家族のようなものでしょう? だからわたくしも、力になりたいの。……それにね、これはわたくしたちにとってもいい話なのよ」
声をひそめて、さらに付け加える。
「……両親が亡くなってリルケの家が落ちぶれた時に、使用人たちもかなり辞めていったの。今はぎりぎりの人数で屋敷を保っている状態。あなたも薄々気づいていたでしょう?」
「まあな。あの屋敷、荒れてはいないがちょっと手入れが行き届いてないよな、とは思ってた」
「だから、新しく働き手を探していたのだけれど……他の貴族たちから紹介してもらうのは、現状では難しいし」
そう語りかけると、ユリウスは納得したように口を閉ざした。視線をそらし、静かに考え込んでいる。
「そっか……より良い形で、あいつらを支援してやれる、か……」
けれどすぐ、何かに気づいたような顔でびくりと身を震わせた。
「ちょっと待て、いい話でまとめようとしてるが……その場合あんたの正体と、俺がここを出てった理由をもれなく知られる訳で……」
「雇った子だけに話せばいいでしょう? 小さい子たちには、まだ内緒ってことで」
「それでもなあ……」
「みんなに幸せになって欲しくないんですの? グスタフさんに、いつまでも苦労させておく気なんですの?」
「ぐっ……」
追い打ちをかけてみたら、ユリウスはとっても複雑な顔で黙り込んでしまった。
色々あって貴族に婿入りすることになったという事情を、どうしてそこまでして隠したがるのかしら。照れくさいって言ってたけれど、本当にそれだけ?
と、小声でうなっていたユリウスが、やがて深々と息を吐いた。
「……分かった。ひとまず、考えてみる」
「ええ。……それじゃあ、わたくしはもう部屋に戻りますわ」
「何かあったら、遠慮なく来いよ。あんたはここに不慣れだからな」
「お気遣いありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、コンスタンツェ」
そうして、彼の部屋を後にする。きっと彼は、最後にはわたくしの提案を受け入れてくれるんだろうなと、そう思いながら。




