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男爵令嬢コンスタンツェは崖っぷち  作者: 一ノ谷鈴
第3章 過去があっての今
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13.子供たちの園

 グスタフの部屋を出て、ユリウスと二人でまた廊下を進む。数歩進んだところで、ユリウスが不満げにつぶやいた。


「……ったく、なんであんなにあっさり打ち解けるんだよ? と言うか、何であんたが保護者面してたんだ。グスタフもグスタフだよ。何が『ユリウスをこれからもお願いします』だ」


「あなたという共通の話題があったから、かしら。保護者面……はした覚えがないのだけれど」


 今わたくしたちは、教会の奥にある住居棟に向かっていた。そこに、ユリウスが八年暮らした部屋があるのだ。その隣の部屋に、わたくしも泊めてもらうことになっている。


 ちなみに宿賃代わりに、金貨をグスタフに渡してきた。もらい過ぎですと言って彼は辞退しようとしていたけれど、半ば無理やり受け取らせた。


 ユリウスが身売りしてまでお金を送らなくてはならないくらい、ここは金銭的に困っているようだった。さっきの子供も、グスタフはいつも帳簿とにらめっこしているのだと言っていたし。


 さっきの金貨が、少しでも足しになればいいのですけれど。屋敷に戻ったら、正式な支援について検討してみましょう。……というか、ユリウスがリルケの領地で暮らしていたなんてね。


「……ところで、あんた。本当にここに泊まってくつもりなのか?」


 ふと、ユリウスがたいそう難しい顔をしてこちらを見た。


「俺はあんたにここを見てもらいたかった。けどなあ……夜は普通に町の宿屋に泊まってもらおうと思ってたんだが……」


「あら、あなたはここに泊まるつもりなのでしょう? だったらわたしも残るわ。幸い、空いた部屋もあるようだし」


 実はちょっぴり不安ではあったのだけれど、涼しい顔でそう答えた。


「寝台も食事も、粗末そのものだぞ?」


「あなたに連れられて町をふらふらしているから、粗末なものにも多少は慣れた……と思うわ」


「慣れた、って言い切らないんだな」


「そこまで愚かでもないつもりよ。……思えば、前にあなたを探しに町に出た時のほうが、よほど自信満々だったわね」


「あんたも成長したのかもな。ところでここ、普通にネズミが出るけどもう叫ばないよな?」


「も、もちろんよ!!」


 からかっているようなユリウスの言葉に、ついむきになって言い返す。するとユリウスは、軽やかに声を上げて笑った。こっちまでつられてしまうような、晴れやかな表情で。


 廊下に立ち尽くして、二人で顔を見合わせて笑う。と、知らない声が割り込んできた。


「おっ、ユリウスのあんな顔、初めて見た」


「あれ、ユリウスってどっかに売られていったんじゃなかった? 何してんの?」


「売られていった……はさすがに間違いではないですか?」


 あわてて振り返ると、そこには少女が一人と少年が二人立っていた。みんなわたくしやユリウスと同年代の、まだ一人前の大人と呼ぶには少し若い面々。


「その子、誰なんだよ?」


「可愛いじゃない。すみに置けないじゃん、ユリウスも」


「あの、二人とも……お客様の前で、そういう物言いは……」


 わあわあと騒いでいる三人を前にただぽかんとしていると、そっとユリウスがささやきかけてきた。


「実は、グスタフにしか本当のことを話していないんだ。裕福な家にもらわれていったってことになってるから、適当に話を合わせてくれ」


「適当にって……そういうことなら、早く言って欲しかったわ」


 そういうことなら、わたくしの正体がばれると色々とややこしいことになりかねない。……ではなくて。


「そもそも、どうして隠しているの?」


「んー……照れくさいから、かな?」


「なによそれ」


 そんなことをひそひそこそこそと話していて、気がついた。何だかとっても静かだ。


 ユリウスと目を見合わせて、それからそろそろと横を見る。


 いつの間にか、三人とも目を輝かせてこちらを見つめていたのだった。みんな無言で、意味ありげなにやにや笑いを浮かべて。


「あ、その、これはだな……」


 いつもとっても口が達者なユリウスが、珍しく口ごもっている。それを見た三人が、さらに楽しそうに笑った。


「照れてるな、ユリウス。うわ、珍しい」


「そうね、照れてるし。つまりそっちの子は、ユリウスの大切な……きゃあ、素敵!」


「おめでとうございます。名前を聞いても?」


 興味津々といった顔でわたくしのほうに迫ってくる三人に、しどろもどろになりながら答える。


「わたく、わたしはコニー……隣の、リルケの町で暮らしているの」


 心の準備も何もないまま、とっさにそんなことを返す。どうやらそれで納得してもらえたらしく、三人は同時にユリウスに詰め寄った。


「ねえねえユリウス、ということはあんたって隣町で暮らしてるのよね?」


「いい仕事ないか? 紹介してくれよ」


「ここマディセスは、あまり仕事がありませんし……他の町に出稼ぎにいこうにも、土地勘がないので困っているんです」


 口々にそう言って、そして三人同時にため息をつく。一緒にここで暮らしているからか、息ぴったり。


「しっかり稼いで、グスタフに仕送りしたいんだけどなあ」


「そもそもあたしたち、いい加減独り立ちしないと……」


「どこかに住み込みの仕事があれば、それが一番なんですが」


 ユリウスはじっとそれに耳を傾けていたけれど、やがて大きくうなずいた。


「分かった。リルケの町に戻ったら、なんかないか探しとく。だから今は、コニーを休ませてやってくれないか? 慣れない旅で、疲れてるんだよ」


 その一言に、ようやく三人は引いてくれた。去り際に明るく笑いながら手を振って、仕事の件よろしくな、コニーと仲良くね、などという言葉を投げかけつつ。




「はあ、疲れた……」


「すさまじかったですわ……」


 わたくしたちは、ユリウスが以前使っていたという部屋に逃げ込んだ。安全を確認してから、二人同時に深々と息を吐く。それからそろそろと、辺りを見渡した。


 孤児院の他の場所と同じくらいに質素で、がらんとした部屋。すっかりすり減った石の床、よく磨かれてはいるものの傷の目立つ木の家具。


 そこは長い年月を感じさせる、そんな部屋だった。


 たぶんこの住居棟は、元々教会に所属する修道士や修道女が暮らす部屋だったように思える。そして今では、子供たちがほぼ当時のままの部屋をめいめい使っているのだろう。


「それにしてもあなた、愛されていますのね。最初の子供たちといい、さっきの少年少女といい……とても仲が良いように見えましたわ」


 素直な感想を述べると、ユリウスは照れ臭そうにぽりぽりと頬をかいていた。


「みんな、行くところのない子供ばかりだからな。互いに支え合って、助け合って……血こそつながってないけれど、家族みたいなものだ」


「ふふ、だったらグスタフさんがお父様?」


「そうだな。あいつはみんなに慕われてるからな。帳簿とにらめっこしすぎて、眉間のしわが取れなくなってるが」


 グスタフさんが言った通り、というかわたくしも前から薄々気づいてはいたけれど、ユリウスは素直ではない。だってグスタフさんのことを語る彼は、とっても優しい顔をしていたから。


「……ま、俺の実の父親はまだ生きてる……はずなんだが」


「えっ、そうなんですの!?」


「いずれ、きちんと紹介できればいいんだがな。俺とあんたの婚姻届を作る時あたりに、もしかしたら接触する機会があるかもしれないし」


 その言葉に思い出す。というか、忘れていた。彼は貴族の血を引いているのだと。だからこそ彼が、わたくしの婚約者として選ばれたのだったと。


 彼といる日々が楽しくて、彼といるのが当たり前になっていて。うっかりリルケの家の存続のことすら忘れそうになっていた。


 ユリウスのお父様が生きている。そのことは喜ばしい。でも彼の口ぶりからすると、どうも色々と事情がありそうだった。


 きっとまだ、わたくしはそこまで立ち入ってはならない。いつか彼が話してくれるのを、気長に待っていよう。


 不思議なことに、そうやって距離を取ることに悲しさや寂しさは感じなかった。


 共に日々を過ごしていれば、いつか彼が口を開いてくれる日も来るだろうと、そう信じられたから。




 ユリウスの部屋でちょっと休憩してから、二人一緒に教会の前の広場に向かった。そこではまだ小さな子たちが遊んでいて、わたくしたちの姿を見ると嬉しそうに声を張り上げていた。


 歌に踊りに、鬼ごっこ。他にも色んなことをして遊んだ。平民の子供の遊びをろくに知らないわたくしに、子供たちは面白がりながらあれこれと教えてくれた。


「みんな、年の割にずいぶんとしっかりしているのね……」


「そりゃあ、な。ここでは子供でも、立派な戦力だ。できることは自分でやってもらわないといけない。平民の子供たちの中でも、とびきりたくましいんだ」


 そうこうしていたら、建物の中から子供が三人出てきた。古びたエプロンを着けている。


「みんな、ご飯だよ」


「ユリウスとお姉ちゃんの分もあるよ」


「おう、ありがとなお前ら。よし、じゃあみんな、手を洗って晩ご飯だ」


 朗らかにそう言って、ユリウスが建物の中に向かっていく。両手に何人もちびっこたちをぶら下げて。


 何だか、父親みたいね。そう思った拍子に、胸がちくりと痛んだ。


 わたくしの父親は、こんな風に気さくな人ではなかった。近寄りがたくて、何を考えているか分からなくて、そしてリルケを滅亡の淵に立たせた人。


「……もう、終わったことですもの」


 小声でそうつぶやいて、ユリウスの後を追いかける。夕日色に染まった、暖かな風景の中を。

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