領主?カモですねぇ
「な、なんだあの禍々しい建物は!? そしてあのけたたましい音楽は!」
領主は、畑の奥で大音量の『軍艦マーチ』を響かせるパーラー藤丸を指差して震えていた。
無理もない。木とレンガで作られた中世レベルの村に、突如としてギンギラギンのパチンコ屋が建っているのだ。
俺は騒ぎを聞きつけて、ホールの外へ出た。
「いらっしゃいませー。何か当店に御用でしょうか?」
俺が声をかけると、領主はビクッと肩を揺らし、護衛の兵士たちを盾にするように後ろへ下がった。
「き、貴様がこの異常事態の首謀者か! その奇抜な服……間違いない、貴様は魔王軍の手先! 老人たちを洗脳し、巨大な魔植物を育てさせている邪悪な魔術師だな!!」
「いや、俺はパーラー藤丸の店長です。魔術師じゃありませんよ」
俺はただのパチ屋の店長(元・時給1200円のアルバイト)だ。
しかし、領主は聞く耳を持たない。
「ええい、言い逃れは無用! 兵士たちよ、その魔術師を捕らえ……ん?」
領主が剣を抜くよう指示を出そうとした、その時だった。
「おーい、店長! ちょっと休憩じゃ。いつものアレ、頼むわい!」
さっき巨大カボチャを運んでいたお爺ちゃんが、店の中から小銭(G)をチャリンと鳴らしながら景品カウンターへとやってきた。
「はいはい、毎度あり。今日は『しじみ』でいいですか?」
「おう! あれを飲むと、五臓六腑に染み渡るんじゃ!」
俺はカウンターの奥で紙コップに入れた即席みそ汁にお湯を注いだ。
ジュワァァァ……ッ。
その瞬間だった。
フリーズドライの味噌がお湯で溶け、濃厚なダシの香りがフワリと立ち昇り、ホールの外にまで漂っていった。
「なっ……!?」
領主の動きが、完全に停止した。
兵士たちも、剣の柄に手をかけたまま石像のように固まっている。
(……ゴクリ)
誰かが大きく唾を飲み込む音が聞こえた。
見ると、領主が鼻をヒクヒクとさせ、目を血走らせている。
このハタラケヤの世界には、塩や香草くらいしか味付けの概念がない。
そんな味覚の乏しい世界に、大豆を発酵させた「味噌」と、魚介の旨味が凝縮された「しじみダシ」の複雑で暴力的な香りを放り込んだらどうなるか。
「か、香ばしく、それでいて奥深い……なんだ、この暴力的なまでに食欲を刺激する匂いは……ッ!」
領主の腹が、ギュルルルルッ! と下品な音を鳴らした。
お爺ちゃんはそんな領主を気にも留めず、ズズッ……と美味そうにみそ汁を啜り、「はぁ〜、生き返るわい」と息を吐いている。
「き、貴様! 魔術師!!」
領主は血走った目で俺を睨みつけ、震える指でみそ汁を指差した。
「そ、その魔法のスープはなんだ! 貴様、私を匂いだけで狂わせる気か! 兵士たちに討伐されたくなければ、今すぐ私にアレを差し出せ!!」
ついに権力と武力をチラつかせて強奪しようとしてきた。
しかし、俺はパチ屋の店長だ。ヤカラ客のクレーム対応など3年間で死ぬほどやってきた。剣を持った兵士など、負けて台を殴るパンチパーマのおっさんに比べれば可愛いものだ。
俺は満面の営業スマイルを作った。
「お客様、困りますねぇ。アレは当店の『景品』ですよ?」
「け、けいひん……だと?」
「ええ。お金を出せば買えるというものではありません」
俺はホールの中でピカピカと光る『シーフード物語』の空き台を手で示した。
「討伐だなんて物騒なことは言わず……さぁ、アレが欲しければ、まずはあちらの台でパチンコを打ってください。あ、もし当たれば、みそ汁どころか当店の最高級品『サバ缶』も獲得できますよ?」
「サバ……カン……? なんだその呪文のような響きは……。私が知らぬ魔導具か?」
領主が戸惑っていると、みそ汁を飲んでいたお爺ちゃんが横から口を挟んだ。
「おお! サバ缶じゃと!? あれは最高じゃ! 脂の乗った肉厚の魚が、口の中でとろけるんじゃ!! わしも今日はアレを狙って全ツッパじゃわい!!」
「な、なんだと!? この魔法のスープ以上の美味だと……ッ!?」
領主はギリッと歯を食いしばり、しばらく葛藤するようにプルプルと震えていたが……再び漂ってきたしじみ汁の匂いと、お爺ちゃんの「サバ缶」のレビューに、ついに陥落した。
「……へ、兵士たち! ここで待機しろ! 私が自ら、あの魔導具の仕組みを調査してくる!」
「領主様!? 危険です!!」
止める兵士たちを振り切り、領主はフラフラとパチンコ台の椅子へと吸い込まれていった。
「いらっしゃいませー! サンドにお金を入れて、右に回してくださいねー!」
(よしよし、いいカモが釣れたぞ……)
『あんた、ホントに性格悪いわねぇ……最高よ!』
クズ神の嬉しそうな声を聞きながら、俺は次の景品の発注準備に取り掛かるのだった。




