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宴の終焉

えっと…死神のお仕事最終回です(・ω・)/








終わる…終わる…何もかも…。



終わる…終わる…世界が終わる…。



終わる…終わる…そして、始まる…。













天界、場所未明。




「トレメンデス(絶対神)様…。ファイド・クリックは、あなた様に抗い、天界を崩壊させるつもりです。…処分はどういたしますか?」



虹色の光が差し込むバルコニー。



絹の頭巾を被った男性の神が尋ねた。




「捨て置け。気にするほどのことではない。」



トレメンデスと呼ばれた女性は、男性の神に背を向けたまま答えた。



腰まである亜麻色の長髪が、わずかに揺れた。



頭部には、銀色の冠のようなものを被っている。




「しかし…」



「かの者の末路は見えている。万が一の事態が起こった場合は、我が直々にかの者を葬り去ろう。」



「私方はどういたせば…?」



「引き続き、かの者らを観察。都度、報告せよ。」



トレメンデスの言を受けると、男性の神はビシッと敬礼し、すぐにどこかへ飛び去って行った。




「ファイド・クリックに…アルフレッド・フィアラか…。くく…久々に楽しげな宴が起こったものよう…。」



トレメンデスは一人呟くと、おかしそうにクスクスと笑ったのだった…。












「ふむ…ファイドがそのようなことを…。」



閻魔は、珍しく深刻そうな表情をしている。



地獄には、数十人の天界人が集まっていた。




「だけど…どうやって、天界を崩壊させる気なのかなっ?うーん…?」



イリアが首を傾げて考え込む。




「大きな爆弾を爆発させるとか…?」



と、カナル。




「一番手っ取り早い方法は、絶対神を消すことだが…恐らくそれは避けるだろう。二次策として考えられることは…」



「魔人と手を組むこと、ですね。彼らは、潜在的に破壊能力を持っていますから。」



セズリカの言葉を、ラトラが引き継いだ。




「魔人…か。まさか、懺魔を目覚めさせる気なのか…?」



「ええっ!?あんなに苦労して倒したのに、そんなことされたら堪んないよ…。」



アルフの推測に、カナルがはああと深いため息をつく。




「懺魔…?誰だよ、そいつ。」



リアゼが眉を潜めて、カナルに訊く。




「えっと…閻魔様のお兄さん、だったと思う。一年前に僕と兄さんが倒した敵だよ。」



「ほう…それで、そいつはどこに眠ってるんだ?」



「えっ…そこまでは、わかんないよ。あの後…僕は気を失ってちゃったし、兄さんも居なかったんだから。」



おいおい…と、シークが呆れ顔で突っ込んだ。




「…絶対神に訊けばわかるんじゃないのー。」



間延びした声で言ったのは、ナレミ。



皆の視線が一斉に彼女に向けられた。




「君…本気で言ってるの?絶対神と言えば、人の生死、そして全てを司る神。自分達が近付ける存在じゃないのにさ。」



「本気だよ?あのわがままおばさん…私なら説得できるし。」



「わがままおばさん…?」



きょとんとした表情で、カナルが言葉を繰り返す。




「ナレミ…。何か、弱みでも握っているというのか?」



「…まあねー。あのわがままおばさんは…私の母親ってだけなんだけどー。」



セズリカの質問に、ナレミは平然とそう言ってのけた。




「なっ…!?」



「ええっ!?」



「まぢかよ、それ…。」



アルフ、イリア、リアゼは同時に驚きの声を上げた。




「ほう…それは初耳だな、ナレミ・ビバルディ。だが、好都合じゃ。ファイドらも、さすがにそのことには気付いておらんだろ。」



「なるほど…。絶対神を味方につければ、勝機はありますね。」



自慢の長い髭を撫でながら言う閻魔と、にやっと笑うラトラ。




「では、ナレミ・ビバルディよ。ここにおる者達をトレメンデスのところへ連れて行ってやれ。」



「…面倒い。場所教えるから、ナレミ以外のみんなで行ってよー。」



「娘のそなたが行かんでどうするのじゃ…。」



「んー、あのおばさん…会いたくないんだけどなー。閻魔様の頼みなら…しょうがないか。」



閻魔の説得に渋々納得し、付いてきてとナレミは高く飛び立つ。



他の者達は、ナレミに従い素直に後を付いて飛んでいくのだった…。










「天界崩壊なんて…させないよ!」



暗い暗い一室。



ファイドにフィル、ミトゥにシスが集まるその場所に、一人の侵入者があった。



短い青い髪に灰色の瞳、そして頭に白いはちまきを巻いた者であった。


幼い顔立ちで、身長も10歳になるかならない子供と同じぐらいの低さである。




「…誰だい、この子供は?」



「メントノフ・ドルイヤだね、久しぶり。」



ファイドの質問に、すかさずフィルが答える。




「あんた…フィル様にやられたくせに、また懲りずに来たわけ?」



「僕はアルちゃんの盾になるために来たんだ!どうしても計画を実行するっていうなら…僕を倒してから行ってよ!」



メントノフは、背中の羽衣を右手に携え豪語してみせた。



「ほう…それは面白い。」



「えっ!?後ろ…!?」



ファイドはククッと笑うと、メントノフの背後に立つ。




「せいぜい、楽しませてくれよ?」



ファイドが大鎌をヒュッ…と一振りすると、青色の衝撃波が出現した。



そしてそれは、信じられない速さでメントノフに向かっていく。




「うわあ!?」



メントノフは、とっさに右に避けた。



衝撃波は対象を失い、ボコッという音を立て、彼女の後ろの壁に穴を開けた。




「素晴らしい瞬発力だ…メントノフ。」



「えへへ…誉めてくれて、ありがと!吸着布!!」



「………んっ?」



次はメントノフの攻撃。



ポイッと投げられた布は、ファイドをぐるぐる巻きにしてギュッと締め付ける。




「どうだ!」




「…フィル。」



ファイドは慌てることなく、フィルの名を呼んだ。




「ふふ…わかってますよ。」



フィルは短く答えると、大鎌を軽く降る。



すると、シュッと擦れたような音がし、ファイドを纏っていた羽衣を細かく切り裂いた。




「あっ…!?」



「もう一つおまけに…クレイドルソング!」



フィルは、すぐさま大鎌を高く掲げた。



刃から桃色の音波が発生し、辺りを包む。




「うっ…しまっ…たあ………。」



身構えていたメントノフだったが、眠気を誘うこの攻撃には耐えられなかった。



体の力がフッ…と抜け、ドサッとそのまま床に崩れ落ちる。




「上出来だ、フィル。」



「お褒めにあずかり光栄ですよ、ファイド様。」



この人どうするんですかーと、ミトゥの間延びした声が聞こえる。




「牢屋は無いからな。その辺の柱にでもつないでおけ。」



「りょーかいしましたー。」



「…了解。」



ミトゥとシスは承ると、メントノフの両腕を奥の柱に縄で縛り付けたのだった…。













二人の門番は、何奴だとナレミ一行の前に立ちはだかった。



そこは天界には珍しく、金色の光に覆われた神堂だった。




「僕達は怪しい者じゃありません。絶対神に訊きたいことがあって…」



「絶対神様、だ!」



ラトラの言葉に、門番は過剰なほどの反応を示した。




「別に、様なんか要らないんじゃないの…あのわがままおばさんには。」



「な…何という侮辱を!タダでは許さな…」



「ま、待て!この口調…もしや、ナレミ様では!?」



もう一人の門番が、やや大きめの声を上げた。



「ナレミ様ぁ…?絶対神様とどういう関係だ?」



「おまえは新人だから知らんのか…。ナレミ様は…」



「わがままおばさんの娘。」



門番の言葉を、ナレミが早口に引き継ぐ。



その言葉を聞いて、後輩らしき門番は目を白黒させていた。




「ご、ご息女様であられましたか!し、失礼いたしました、どうぞ中へ!」



「ささ…ナレミ様。親子の感動のご対面をお果たしませ。」



「…感動しないと思うけどー。」



ナレミはそう返すと、堂々と中へ入っていく。




「お、お邪魔します。」



「失礼しますっ。」



カナルとイリアを筆頭に、一行も次々と入室していった。



神堂内は、虹色の光で満たされていた。



壁は白、床はガラス張り。



教会のような造りだった。




「聖なる我が住居を、土足で踏む荒らす主らは何者ぞ?」



部屋の一番奥のバルコニーのような場所から声が聞こえた。



声の主は、亜麻色の長髪と藍色の瞳を持つ女性。


頭には銀色の冠が載っている。




「あれが、絶対神…トリメンデスか。」



「ほう…絶対なる権力を持つ神っつうだけあって、雰囲気から違うな。」



アルフとシークがしみじみ呟く。




「私達は、閻魔の使いだ。天界の崩壊を食い止めたい。故に魔人…懺魔の眠る場所を教えていただきたい。」



セズリカが凛とした表情で端的に言った。



トリメンデスは、何がおかしいのか、くくっと小さく笑った。




「自分達の話…どこか変ですか?」



「イリア達は真剣なんですっ!教えて下さいっ、さもなきゃ力づくで…。」



不機嫌そうに眉をしかめるエマと、大鎌を胸の前に構えるイリア。




「くく…やはり、そう来おったか。答えは“ノー”よ。」



「…なんでだよ!天界が壊れたら、下界も壊れる。何もかも…絶対神のおまえさえ消えるってーのに!!」



「落ち着け、リアゼ。…ここで絶対神の機嫌を損ねちまったら、全部が無意味になるぜ?」



今にも噛みつきそうな勢いで吠えるリアゼを、シークが押し止めた。




「理由は…何ですか?僕達、あなたに何もしてないって思うんですけど…」



「賭けをしていたのだ、とある人物とな。どちらかに協力すれば、イカサマになってしまう。それが理由ぞ。」



カナルの質問に、トリメンデスは真顔で答えた。



「…とか何とか言って、怖いだけなんじゃないのー?」



会話に水を差したのは、すまし顔のナレミ。



トリメンデスの表情が、見る見る内に険しくなった。




わらわが怖がっている…だと?」



「賭けの話はデタラメでー、懺魔とかファイドとかが怖いから、逃げてんでしょー?」



「ナ、ナレミさん…。絶対神様を挑発しちゃダメ…」



冷や汗をかいて止めようとするカナルに、ナレミはパチッとウィンクをしてみせた。



まるで、任せといてと言っているかのように。




(ナレミさん…もしかして、わざと…?)



カナルはそう悟り、口を閉ざす。




「妾は、絶対神トリメンデス。絶対なる強大な力を持つ女神よ…怖いものなどない。」



「本当にそうかなっ?あたしには、ナレミと同じく怖がりさんに見えるんだけどっ。」



イリアもナレミに続いて、ニヤニヤ笑いながら挑発的に言った。




「だよねー。こんな怖がりわがままおばさんが母親なんて、私って可哀想…」



「黙れ!!」



叫び声と共に、ガンッと何か砕けたような音がした。



その場の全員が、声の主であるトレメンデスに注目する。



彼女の神は激しく逆立ち、目は充血してしまっていた。


足元には、粉々に砕け散った水晶があった。




「そこまで言うのなら…妾の力を見せてやろう。」



トレメンデスは、玉座のような場所に置いてあった杖を手にとる。



そしてそれを高く掲げた。




「うねる赤き竜よ…妾の元に集まれ!」



彼女がそう声高に言うと、




「うわっ!?何だよ、これ!」



「くっ…!?地震…か?」



「うおっ!?震度…五ぐらえだな。」



神堂全体がキシキシと音を立てて、横に揺れた。




「何か…嫌な予感がしますね。」



ラトラが呟いたその瞬間。



ドドドッと滝が流れるような音がして、神堂の周りが赤く染まった。




「なんだ…異様に…」



「熱っ!!なになにっ、どういうことっ!?」



セズリカの言葉を、イリアが引き継いだ。



床に体を伏せた一行を見下ろし、トリメンデスはくくっと楽しげに笑った。



「どうじゃ、これが妾の力だ!!地獄のマグマをここまで呼び寄せたのよぉ!!」



窓からじわじわとマグマが侵入し、神堂内の温度を更に上げていく。



「す、すごいのはわかりましたから…もう止めて…。」



「ダメじゃ。妾をバカにした罪…その身で償うがよ…い!?」



トリメンデスの言葉をパンッという破裂音がかき消す。



その瞬間、神堂内が青い冷気に包まれ、周りを覆っていたマグマを凍らせた。




「今度は…寒いっ!!」



「誰がこんなことを…?」



自分の体を包むように両腕を組むイリアと、怪訝顔のセズリカ。




「…私だけど?」



二人に言葉を返したのは、ナレミだった。



左手には硝煙を上げる銃が携えられている。




「三色銃…青の弾。冷気を放てる弾を撃ってみたのー。熱いの、嫌いだし。」



「ナレミぃ…また妾の邪魔をしおってからに!!」



「うるさいなあ…わがままおばさん。力があるとか無いとか、どうでもいいのー。さっさと、懺魔の居場所、教えてよー。…じゃないと、次は、あんたを撃つよ?」



歯をギリギリと噛み締めるトリメンデスの額に、ナレミは銃口を向けた。



これには、トリメンデスも、やや怯み気味だった。




「凄まじい親子ゲンカもあったもんだぜ…。」



「…見ていて弱冠の虚しさを感じるな。」



シークとアルフは顔を見合わせて、小声で感想を言い合った。




「…覇の砦で眠ってはずだ。」



「覇の砦…。ここからだと、南西の方角ですね。距離は…三十キロメートル。」



ラトラが補足するように言った。




「場所がわかったのならば、急がなくては…。」



「よっし!全速力で覇の砦に向かうぜ!」



アルフとリアゼが言って、




「おう、行くぜ。」



「しゅっぱーつだねっ!」



シークとイリアがそれに応じるかのように返答し、他の者達も頷いた。




「じゃ、またね、わがままおばさん。」



ナレミは銃を素早く服のポケットにしまうと、我先に…と南西へ飛び立つ。




「世話になったよ。それじゃ、自分達は急ぎます。」



エマを含めた全員はトリメンデスに一礼し、神堂を後にした。



一人、神堂内に残されたトリメンデスは、




「…もう遅い。だが、あやつらがどう抗うか…見てみたくなったな。」



ぽつりと呟くと、杖を振り上げ、氷を溶かしマグマを元の位置へと戻す作業にとりかかったのだった…。







「…目を覚ましたまえ、我らが主よ。」



覇の砦。


ぼっこりと空いた穴の前で、フィルは黒い水晶を手に呟いていた。



後ろには、ミトゥとシス、左隣にはファイドが佇んでいる。




「………我を呼び起こすのは誰だ?」



すぐに、穴の中から声が返ってきた。




「主様ー!お迎えに参りましたー!」



「シスとミトゥ、フィル様も居ますよー。」



シスとミトゥが、穴の前に手をついて大声で返す。



途端に、穴から滝のような大量の紫色の水がドバッと吹き出した。



そしてその水の中から、




「ミトゥ…シス…フィル。忠実なる我がしもべ達か。」



一人の男性が現れた。



鬼のように歪んだ形相、鋭く尖った歯、ふさふさの髭、さすまた…閻魔にそっくりな人物。




「お前が懺魔…か?」



「そうだ…我は懺魔。強大なる力を持つ魔人だ。」



ファイドの質問に、魔人…懺魔は地を震わすような不気味な大声で答える。




「主様…紹介いたします。彼がファイド・クリック…あなたを目覚めさせた主要人物です。」



フィルが前に歩み出て、ファイドに右手を向ける。



懺魔の大きな瞳が、ギロッとファイドを睨んだ。




「我に…何を望む?」



「世界を崩壊させるほどの潜在能力。それを今、使うこと。」



ファイドは短く答えた。



彼の顔には、口元が引きつった妙な笑みが浮かんでいた。




ミトゥとシスはその言葉を聞いて、わあとかイェイとかいった、感嘆の声を上げている。




「…良かろう。我が願いも、まさしくそれに同じ。そなたが協力を惜しまぬならば、願いは自然叶うであろう。」



懺魔はそう言うと、さすまたを地にガツッと深く突き刺したのだった…。













「きゃっ!?」



「あ、危ない!」



青年は、よろめいた女性を抱え込むようにして支えた。




「あ…ありがとう、リー君。」



リーと呼ばれた青年は、どういたしましてと言葉を返し、女性を床にゆっくりと座らせた。




「…収まったみたいだ。ケガは無いですか、メルディおばさん。」



「ええ…大丈夫よ。もう、揺れも収まったようね…。」



メルディと呼ばれた女性は、イスに片手をつき、起き上がる。




「ひどい揺れだったわね…地震かしら?」



「あんな揺れでも寝てられるなんて…カナルってある意味、大物だぜ。」



リーは呆れ果てたような表情で、二階へと続く階段を見つめたのだった。










少女は愛犬をギュッと抱きしめ、地面に座り込んでいた。




「アル、見て…空が紫色だよ…。なんだか寒くなってきたし…地震も起きたし…。怖いよ…アル…。」



「クゥン…。」



アルと呼ばれたラブラドールは、目を細め小さく鼻を鳴らした。




「死神は…あの空に居るのかな…?アルフ…大丈夫かな…?」



少女は目にうっすら涙を浮かべ呟くと、自分と同じように体を震わせるアルの頭を撫でたのだった…。










ケルジャヌ区五番街。




「これは…!?」



少年は、タロットカードをめくり絶句した。



カードに描かれていたのは、雷に打たれる白い塔。



崩壊を示すTOWERのカード。




「じゃあ、未来は…?」



少年は独り言のように呟くと、また違うカードをめくる。




「運命…?」



歯車が描かれたカードを見て、少年は紫色に染まった空を窓越しに見つめた…。







「始まっちゃった…。もう…誰にも止められない…。」



メントノフは、うつむいたまま小さく言った。



彼女が居る建物は、壁や天井がパラパラと音を立てて崩れていっている。



その破片は、メントノフの足の近くに落ちて、カンッと音を立てていた。




「ごめん…アルちゃん。僕は…止められなかった。僕自身の運命も…君の運命も…変えることができなかったんだ…。だから………さよなら。」



メントノフは手元に落ちてきた天井の欠片を拾うと、自身の胸にそれを突きつけ、




「さよなら…僕の大事な人。せめて…消滅で償うよ。……っああ!!」



深々と突き刺した。



鮮血がパッと床に飛び散り、彼女の腕から欠片がスローモーションのようにゆっくり落ちていった…。










アルフは妙な胸騒ぎを覚え、不意に飛び止めた。




「ど、どうしたの…兄さん?」



彼の前を飛んでいたカナルが、驚いてアルフの元に飛び寄る。




「………師匠の気配が消えた。」



「えっ…?」



「…いや、何でもない。先を急ごう。」



アルフは何事も無かったかのように言うと、再びバサバサと飛び始める。



「兄さん…?」



カナルは不思議そうな表情でアルフの後ろ姿を見つめた。




(泣いてた…。お師匠さんに何かあったのかな…。)



「カナルー。早く行くよー。」



前方から、ナレミの呼び声が聞こえてきた。










「ぐぬおおお!?」



絹を切り裂くような鋭い悲鳴が響く。




「主様!?」



「どーしたんですか!?」



胸部を抑えしゃがみ込んだ懺魔の体を、ミトゥとシスが両脇から支える。



懺魔の胸部には、十字架のようにクロスされた傷ができていた。




「これは…呪いだね。相手を確実に消せるけれど、自分も命を失う…自他滅呪。」



「堕ちた者が使うという…呪いか。さっきの鼠がかけたんだろう。」



フィルとファイドは、懺魔の傷を見つめながら冷静に考察した。




「フィル様も、ファイド様も!主様が大変な時に、何を呑気なことを…」



「ぐっ…まさか、貴様らは…うっ…我を利用して…見捨てるつもりか…!?」



苦痛の表情を浮かべる懺魔の問いかけに、ファイドが見下すような視線を返す。




「目的は同じ…けれど、支配者は二人も要らない。」



「ファイド様…私達も見捨てるつもりですかー?」



「どうするかな…。僕の側に付くなら、崩壊する世界を見せてあげよう。」



ファイドの誘いに、それも悪くないなーとミトゥは考えた。




「崩壊は決して止められない。やがては、天界だけでなく、下界をも飲み込むだろう。そう…全ては終わる。ここで終わるか…崩壊を高みの見物とするか…。どうする、ミトゥ、シス。」



「お前達まで…わ、我を…裏切る…か…」



懺魔の声が消えて行く。



同時に、彼の体も塵と化し…見えなくなった。




シスはその様子を見届けると、




「…わかりましたよ、ファイド様。今日からあなたが、あたしとミトゥの主です。」



意を決したように答えた。




「フィルはもちろん…ミトゥは異存はないよな?」



「ふふ…滅相もない。」



「面白ければー、私はオッケーです。」



フィルとミトゥは、ごく当然のことのようにそう返した。




「ならば早速、あそこに見える鼠達を退治してもらおうか。」



ファイドが指差した“鼠”とは、アルフ達一行のことだった。



「間に…合ったのかな?」



「むしろ…手遅れなんじゃなーい?なんか、仲間割れしてるみたいだし。」



カナルの自問自答に、ナレミがどうでも良さげに返した。




「カナル…アルフ…。倒し甲斐がある敵が二人もー!」



「新しい主様の命令…それに復讐のためにも。世界崩壊の前に、あんた達二人は消してやる。」



楽しげに手をパンッと打ち鳴らすミトゥと、二人を睨みつけるシス。




「世界崩壊…。もはや、止められないんですね。」



「ならば、私達のやるべきことは一つだな…。」



ラトラは三叉槍を、アルフは大鎌を胸の前に構える。




「天界の崩壊は止められねえが…」



「下界の崩壊は食い止められる。」



「イーリアちゃん達の手で、何とかしてみせるんだからっ!」



続いて、シーク、エマ、イリアの三人も大鎌を持ち身構える。




「ふふ…。さあ…始めようか。」



誰よりも先に、フィルが動く。



右手に携えた大鎌を大きく振り上げ、




「影よ…困惑させたまえ。アバターソング!」



呪文のようにそう呟く。



すると、




「うわっ!?」



「なっ…!?これは…!」



「きゃっ!?」



各々の背後に、フィル・ティディオの幻影が出現した。




「どれが本物か…当ててごらんよ。」



「くっ…!」



ガチッ!!



フィルの幻影の攻撃を、アルフはすぐさま振り返り大鎌で受け止める。




「カナル…たまには、兄弟らしく遊んでみようか。」



「うわわっ!フィル兄…!?」



ヒュッ…。



カナルは、フィルの幻影の薙ぎ払いを、大鎌を軸にしてひょいと飛んで避ける。




「うおっ!?」



「やっ!?」



カカン!



シークとエマはフィルの幻影の攻撃を受け流し、お互い背中合わせに立つ。




ナレミやラトラ、セズリカにリアゼ、イリア達も幻影の攻撃を避け、互角の戦いに持ち込んでいる。




「フィル様、すっごーい!私も…えーいっと!」



フィルを賞賛しながら、ミトゥは鉾を横に振る。



空間に切れ目が出現し、そこから大量の蛇や蛾が現れた。




「行っちゃってー、私のかわいい毒蛾ちゃんに毒蛇ちゃん!」



ミトゥの言葉に反応するかのように、蛇や蛾は散らばってアルフ達を襲う。




「んー…虫、嫌いなんだよねー。」



ミトゥの攻撃に、ナレミが銃口をそちらに向けた。




「…赤の弾、火炎弾。」



銃の引き金がグッと引かれ、バンバンと数発の赤色の銃弾が発射される。



ボッ…!バアアア!!




銃弾は、毒蛾と毒蛇の群に当たると破裂し、凄まじい炎で燃え上がらせ灰と化させてしまった。




「青の弾、凍物弾。」



ナレミは銃の上のダイヤルを回し、他の方向にもバンバンと銃を撃つ。



青色の銃弾からは、つららが出現し、触れた蛾や蛇をカチンと凍らせていく。




「まだまだー。殺人カラスちゃん、ゴー!!」



ミトゥは全く怯まずに鉾を振る。



振られた鉾からは、無数のカラスが出現し、ミトゥを集中的に襲った。




「めんどくさいなー。これで終わりにするからねー。…黄色の弾、豪雷弾!」



再びダイヤルをカチッと回し、銃弾を放つ。



三つ目の銃弾からは、稲妻が発生し、




「カー…!?」



「グカー!!」



バリバリとカラス達を痺れさせ、焼き焦がす。




「はあ…はあ…何とか倒せた…。」



「ふう…幻影でこんなに強いなんてっ…!。」



その頃には、全員がフィルの幻影を倒し終えていた。




「おまえさん達の術は、もう二つ破っちまったぜ。どうするよ?」



「一つは、ナレミが破ったのに…偉そうだね、シーク。」



「うっ…そこは言うなよ。決まらねえだろうが…。」



エマに突っ込まれ、嘆くシーク。



その間にも天界の崩壊は信じられない速度で進み、足場となる雲もボコボコと穴が空いていた。




「ちっ…次は、あたしの攻撃を受けてみな!ダイヤル0、雷撃!」



シスは早口に言うと、鉾に付いているダイヤルをカチリと回す。




「げっ…まずい、逃げろ!」



「何がまずいんですか…んっ!?」



リアゼの忠言に問いかけようとしたラトラは、反射的に後ろに飛び退いた。



直前まで彼の居た場所に、ガーンという音を立てて稲妻が走っていた。




「この程度…飛び立てば何のことも無い…っう!?」



翼を広げようとしたセズリカのすぐ真後ろに、雷が落ちる。



翼の先端が少し焼け焦げ、嫌な匂いを放ちだしていた。




「逃げる暇なんかやんないっつーの。そらっ!!」



シスは休む暇なく、鉾を振り回す。




「んーっ…!?」



「わっ!?」



「うわあっ!?」



ガーンガーンガーンと、あちこち不規則に落ちる雷に、アルフ達は反撃する暇が無い様子だった。




「あっはは!もっと、もっと惑っちゃえ!」



「…そこまでだよっ、シス。」



「えっ…!?」



低く脅すような声を背後に感じ、シスは慌てて振り返ろうとした。



しかし、




「…っな!?」



チャキ…と、彼女の首を囲むようにして交差した二本の大鎌のせいで身動きがとれなかった。




「後ろが、がっらあきだったねっ!」



勝ち誇った笑みを浮かべてそう言ったのは、イリアだった。




「シスー!待っててー、私が助けに…あっ!?」



シスに向かって飛ぼうとしたミトゥも、同様に動きがとれなくなった。




「動くな…消されたくなくばな。」



こちらは、台風のような風を纏った、アルフの大鎌の刃が額の前にあった。



わずかに刃が当たった部分から、一筋の血がツーッ…と流れていることが、ミトゥにも理解できた。




「追い詰められた鼠は、猫をも噛む…か。ふっ…面白い。」



仲間の二人がピンチというのに、ファイドは腕組みをして高みの見物を決め込んでいた。




「ふふ…形成逆転されちゃったようだね。」



フィルも手を出さず、いつもの微笑みを浮かべただ見ているだけだ。




「な…何がおかしいのっ!?」



「イリア…何か二人とも様子が変だよ。」



エマが警戒するように言ったその直後。




バーンと、大砲が爆発したような豪音が穴の中から響いた。




「うおっ!?な…何だ、今のは…?」



「皆さん…あれを見て下さい!」



シークの疑問に答えるように、ラトラが指差して叫ぶ。



その方向には…




「くっ…ははは!!馬鹿な奴らだな、おまえら!どうあがいても、遅ぇんだよ!!」



「ハッシェ…!?」



「それに…何だよ、あのめちゃくちゃ大きい大砲!!」



裏切りの神ハッシェとの姿と、全長約十メートル、太さ二メートルほどの巨大な大砲があった。




「今までの戦いは、あれの時間稼ぎだったというわけですか…。」



「なるほど…私達は踊らされていたんだな。」



ラトラとセズリカは諦め切ってしまったのか、意外にも落ち着き払っていた。



「遂にやったか…ハッシェ。」



「へっ、俺だってやればできんだよ、ファイド・クリック。」



ハッシェはファイドに言葉を返すと、大砲の先をグッと下界へ向けた。




「止めろよ!!」



「おっとぉ…動くんじゃねえぞ?俺を動揺させたら、すぐにでもドカン…だぜ!」



「うっ…。」



ハッシェに向けて駆け出そうとしたリアゼも、こう言われては動けない。




「この…卑怯者っ!正々堂々と、イーリアちゃん達と勝負しなさーいっ!」



「俺達に勝てる自信が無えってやつか?」



イリアとシークが挑発するが、ハッシェはそれには乗らなかった。




「負け犬が何をほざいても、虚しいだせだぜ?おまえらとのおしゃべりには、もう飽き飽きした。一発ドカンとやって終わりにしてやんよ!!」



ハッシェは早口にそう言うと、懐からマッチを取り出し導火線に火を付ける。



火は導火線を凄まじい勢いで燃やし始める。




「今だ…!やあっ!!」



「うん、えーいっ。」



「……っ!?」



「きゃっ!?」



シスとミトゥは、ハッシェに気を取られていた二人を振り払い、サッと大砲の元へ飛ぶ。




「くっ…逃がしたか…!」



「へんっ!だーれが、捕まったまま終わるかっつーの!!」



「面白そうだからー、私達も参加っとー。」



シスとミトゥも、懐からマッチを取り出し、更に導火線に火を付け足す。



ゴウゴウと音を立て、導火線は燃えていく。


あと十秒ほどで、燃え尽きてしまうだろう。




(ど、どうしよう…。もう…本当に止められないよ…。)



「カナル!…鎌を持て。」



「えっ…兄さん…わっ!?」



アルフは弱気なカナルの左腕を掴むと、そのまま大砲へ向かって飛んでいく。




「アルフ…!?どうするの…」



「大砲を…壊す。」



「正気か…!?君達まで、爆発に巻き込まれるぞ!」



「………わかっている。」



面食らうイリアとセズリカに言葉を返すと、アルフはぐんぐんと飛ぶスピードを上げていく。




「兄さん…僕はどうしたらいいの…?」



「大鎌で大砲の中心を斬れ。断の力を解放すれば、真っ二つに斬れるはずだ。」



「兄さんは…?」



「私は神力を最高値まで上昇させ、豪風を大砲に当てる。…怖いのか?」



「うん…ちょっと怖いけど、兄さんと一緒なら…やれるよ!」



自分達を諫める声が後ろから聞こえる中、アルフとカナルはわずかに微笑んで顔を見合わせた。



「行くぞ、カナル。」



「うん、任せて、兄さん!」



「させてやんねえよ…そんなことは!」



大鎌を構える二人の前に、ハッシェが立ちはだかる。



だが、




「赤の弾、火炎弾!」



ナレミの銃から発射された炎。




「狂気鳥終歌!」



エマの舞いで出現した無数のハト。




「小鎌連突!!」



リアゼの多量の小鎌攻撃。




「今の内だよ、二人とも!」



それらがハッシェの進行を妨害した。




「ちっ…くだんねえ真似しやがって…!」



「まだまだあたしとミトゥがいるってーの!!ダイヤル三、闇の宴!」



「簡単には行かせないよー。殺人カラスちゃん、レッツゴー!」



次には、シスの闇霧とミトゥのカラスが立ちはだかる。




「もう!時間が無いのに…!」



「…っ…前が見えない…。」



暗闇でカラスの攻撃で、アルフとカナルは一時飛行を遮断されてしまった。




しかし、それには




「斬裂波!!」



セズリカの大鎌から放たれた、いくつもの衝撃波。




「後斬り…神速!」



シークの素早い斬り攻撃。



その二つが対抗する。




「行け!!」



「あ…ありがとう、セズリカさん。」



「…すまない。」



霧がわずかに晴れ、カラス達もたじろいでいる間に、アルフとカナルは飛行を再開する。



大砲はもう、手を伸ばせば届く位置にあった。




「よーし!今こそ解放せよ…断の…うわっ!?」



「カナル!!」



大鎌の力を解放しようとしたカナルの前に、最後の要であるフィルが立ちはだかる。




「フィ…フィル兄…。」



「やあ、カナル。あれからどのくらい強くなったのか…お手並み拝見といこうか。」



フィルの顔が真剣な顔つきに変わる。




「大鎌よ、絶望を歌え…エンディングリズム!!」



彼が大鎌を振ると、背後から青色の龍が現れた。




「カナル…!」



「待て。アルフレッド・フィアラ…君の相手は僕だよ。」



「………っ!?」



自分に向かって振り上げられた鎌で、アルフは大鎌の刃で受け止める。



ガチッと金属音が響く。




「これが斬れるかい、カナル?」



「うわああっ!!」



鋭い牙を携えた大きな口を開け、龍はカナルに噛みつこうとした。



その時。



ドクン…。



カナルの大鎌が心臓のように鼓動した。



そうして、鎌から白い光がバシュと放たれる。




「グオン!?」



青い龍は光を受けると、砂のようにパッと砕け散ってしまった。




「んっ…!?これは…?」



「なっ…この光は…!?」



フィルとファイドは光の眩しさに、思わず腕で顔を覆う。


その瞬間、ほんの一瞬だけスキができていた。




「よくわかんないけど…チャンスなのかな。もう一度…断の力!」



カナルは言葉と同時に、大砲の中心部を大鎌で横向きに斬る。



大砲は、バカッ…と呆気なく真っ二つに分かれた。




「よくやった…カナル。神力上昇………荒れ狂う旋風!」



アルフは精神統一の後、二つに斬れた大砲に向かって大鎌を振る。



ヒュッ…と竜巻のような風が放たれ、大砲にぶつかった。




「やったか…?」



「あ、あの…兄さん…?なんか大砲が…」



「爆発する…!?」



斬られた大砲の導火線がある側には、空気が溜まってしまっていたようだった。



見る見る内にそれは膨れ上がり、そして…




「まぢかよ…おわああっ!?」



「きゃあああっ!?」



「わあああっ!?」



バーン!!!!



大地を揺るがすほどの破裂音が響き………全てが終わったのだった…。










これが私の…いや…死神の最後の仕事だ。



この後、どうなったのか…私にもカナルにも…誰にもわからなかった。



意識は薄れ、全てが大砲の爆発の際に生じた灰色の煙に包まれ消えた。



最後の瞬間、聞こえたのは…




「ご苦労様、諸君。」



何もかも見通しているというような、男性の声だった。










ピピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ…。



目覚まし時計の音が響いている。



物が少ないシンプルな部屋のベッドの上。




ピピピピッ…ピピピピッ…カチッ…。



少年は目覚ましのスイッチを止めると、栗色のくせ毛だらけの髪をかきながら、ぼうっと窓の外を見つめた。



朝日がサンサンと差し込み、どこかでチチチチッと鳥が鳴いていた。




「朝…?なんだろ…長い長い夢を見ていた気がする…。」



少年は半分しか開いてない黒い瞳で、時計に視線を移す。




「七時十分………。うわっ!起きなきゃ!!」



遅刻するーと叫びながら、少年はドタドタと慌ただしく階段を駆け下りた。



「おはよう、カナル。早くしないと、遅れちゃうわよ。」



「お、おはよう、母さん。遅刻すると、リーに怒られるんだよなあ…。」



母親に言葉を返しながら、カナルというらしい少年は朝食のフレンチトーストを食べ始める。




「おっはよー、カナル!そーんな寝ぼけ顔じゃなくて、朝は元気にいこう!」



「おはよう…イリア姉。そう言われても、眠いんだから仕方ないんだよ…。」



イリアと呼ばれた十代後半に見える女性は、そんなんじゃダメダメっと叱咤した。




「ほーらっ!イリアを見習って、もっと声出して…」



「おまえはうるさすぎるんだよ…ピンク娘。第一、カナルは食事中だろうが。」



「おはよう…リアゼ兄。」



イリアの言葉を遮り、かつカナルに早ようと挨拶を返したのは、イリアと同じ年頃に見えるリアゼというらしい青年。




「なーによ、リアゼ!うるさいは無いでしょーが!あたしはカナルのことを考えて、言ってんのっ。」



「それがうるせえんだっつの!少しは他人の迷惑を考えやがれ!」



「その言葉、そっくりそのまま返してあげるっ!!」



「…うるさいぞ、リアゼ、イリア。朝食は静かに食べなさい。」



二人の言い合いを凛とした声で諫めたのは、父親らしき男性。



決して大声ではないけれど、抑揚の無いその声は二人にとっては恐ろしいもののようだ。




「うっ…ごめんなさい…。イ、イリア、学校行ってきまーす!」



「そ、そろそろ俺も、学校行こうかな…。」



イリアもリアゼもピタリと言い合いを止め、そそくさと家を出て行ってしまった。



父親は、チラとそちらに目をやると、すぐに朝食に意識を戻した。




「相変わらずだな、あの二人は。」



「そうね…ユイさん。元気がいいことは、嬉しいことなんだけど…。」



「ご馳走様。…わっ、もう本当に遅刻しちゃう!行ってきまーす。」



「あら…行ってらっしゃい、カナル。」



父親と母親のため息混じりの会話を聞きながら、カナルも急いで家を出た。










(全く…イリア姉とリアゼ兄は、いっつもああなんだから。なんでかな…。)



通学路をタタッと駆けながら、カナルはぼんやりそんなことを考えた。




(元々、仲悪かったから仕方ないか…って、あれ?なんだろ…今、変な違和感が…?)



「とうっ!!」



「わっ!?」



突然、押されたような衝撃を背中に受け、カナルは危うく転びそうになってしまった。



「いったた…ひどいよ、リー…。」



「ひどいのはどっちだ、カナル。俺が散々呼んだのに、無視しやがって。親友やめるぞー!」



背中をさすりながら振り返ったカナルにやや怒りながら言ったのは、リー・ソルボンという少年。



水色の髪は風に揺れぎ、藍色の瞳はカナルの姿をしっかり捉えている。




「あっ…ご、ごめん。ちょっと考えごとしてて…」



「…って、急がねえと遅刻じゃねえかよ!話しは後だ、急ぐぞカナル!」



「わっ…置いてかないでよ、リー!!」



嫌なこったとあっかんべーするリーを、カナルはひどいよーと叫びながら追いかけていった。









「今日から、教育実習で二週間、この三年五組を担当するエマ・プルリエです。よろしく。」



エマというらしい若い女性は、生徒達ににこりと微笑みかけた。



白く長い髪が、重力でサラッと下に流れた。




「…というわけだ。それじゃ、俺はちょっくら校長室に行ってくるわ。」



「えっ、シーク先生!?」



シークと呼ばれた男性教師は、唖然とする生徒達とエマを置いて、さっさと教室を出て行ってしまった。



あとはよろしく頼むぜとばかりに、エマに赤い瞳でウィンクして、だ。




「なんて勝手な先生なんだ…あの人は。あっ…えっと、それでは出席をとります。」



エマは、やや呆気にとられながらも出席をとり始める。




「アシラバ・ヒュン君。」



「はい。」



「イスズ・ライさん。」



「なあ、カナル…エマ先生って、なかなか美人だよな。」



エマの顔をじっと見つめながら、リーが隣の席のカナルに話しかけた。




「あ…う、うん。きれいな人だよね…。だけど…何か見覚えがあるんだよなあ…。」



「んっ?もしかして、知り合いかよ?」



「…ううん、やっぱり知らない人だよね。僕の気のせいかな…?」



カナルは、一人納得したように呟くと、自分の名前を聞き逃さないようにエマの声に耳を傾けたのだった…。









放課後。




(こういうの…デジャブっていうんだよね…。何か変なんだよな…。)



鞄に教科書をしまいながら、カナルはまた考えごとをしていた。



全く知らない人間に見覚えがあり、知っている人間に違和感を感じる…。



カナルは、一日の内に何度もそんな奇妙な感じを覚えていた。




(二組に転校してきた二人、ミトゥとシスっていう名前もどこかで聞いたし…、もう一人の教育実習生のフィル先生も、なんだか懐かしい響きなんだよな…。)



「カナルー、部活は今日出ないのー?」



不意に誰かが、カナルを呼んだ。



「ナ、ナレミさん…。」



名前を呼ばれたのは、ナレミ・ビバルディという少女。



カナルよりも一つ年上だが、一年間病気療養していたため、学年は同じだった。


茶色いウェーブ髪と黄緑色の瞳が、カナルにはとても魅力的に思えていた。




「別に“さん”付けしなくていーのに。」



「ご、ごめんなさい…。今日は部活は休みます。ちょっと…急いで帰るから…。」



「敬語も使わなくていーのに。今日はOBで、セズリカ元部長とラトラ元副部長も来てるんだけど…本当に来ないのー?」



「セズリカ…?ラトラ…?」



カナルは二人の名前を繰り返して呟くと、それにもデジャブを感じた。




「んー?来るの、来ないのー?」



「…やっぱり、気のせいじゃないのかな?」



「カナルー?」



「あ…休みます。ごめん…ナレミさん!」



カナルは両手の平を合わせて謝ると、猛スピードで教室から出て行った。




「…変なカナルー。」



ナレミは間延びした口調で言うと、ふんふふーんと鼻歌を歌いながら廊下を歩いて行った。









「何かがおかしい…。まるで、僕の住んでいるこの世界が変わってしまったみたいだよ…。それとも………疲れてるから、変な感じがするのかな?」



うつむいて、そんなことをぶつぶつ呟きながら、帰宅するカナル。



彼の傍を通っていった自転車に乗った青年が、不思議そうな表情で振り返っていた。




と、その時。




「すまない。少し道を訊きたいのだが…」



「んっ…?」



誰かがカナルに話しかけてきた。



カナルは、いいですよと快く承知し、顔を上げる。




「あっ…、あなたは…。」



話しかけてきた人物の顔を見たカナルは、思わず目をパチパチさせてしまった。



緑に近い青色の髪、冷めきったオレンジ色の瞳を持った男性。


カナルより二〜三歳ほど年上に見えた。




「私が…何か?」



男性は、穴が開きそうなほどじっと自分を見つめるカナルに、怪訝顔だった。




「あ、あの…僕はカナル・ティディオです!あなたの名前は…?」



「私は、アルフレッド・フィアラ。…旅人だ。」



アルフというらしい男性は、そう自己紹介するとわずかに微笑んだのだった………。










運命は…巡る。



記憶で忘れてしまっていても、心は覚えている。



そして、それはいつか…



思いもよらない奇跡を起こす。









-The end-




…終わったあ。疲れたあ。


その二言につきます、はい。



軽い気持ちで作った小説が、第三部まである長編になるとは…予想もできませんでした。



この死神のお仕事シリーズを書き始めて、かれこれ…二年ぐらいかな。



飽きっぽい自分がよく続いたなあと思います。



終わらすのもったいない気もしたけど、無性に違う小説書きたくなったから、強制終了みたいに無理やり終わりました。



まあ、続き書けるような終わり方したんですが。これは、志津那が小説書く上で気をつけることの一つです〆



次回からは、またちょっと方向性を変えた小説書くつもりです。あ…その前に天界人のお仕事書かなきゃな…ヾ( ´ー`)



まあ、そんなこんなであとがきでした!


次回は、第三幕で新たに登場したキャラの人物プロフィールですよ(・ω・)/

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