6 昨夜の騒ぎ
朝食をとって、ソファに座っている俺は、昨夜のことを思い出したので、背後に控えるアムレットに話しかけた。
「昨日、外が騒がしかったが、何があったんだ?」
「・・・たいしたことではありません。」
「・・・何があったんだ?」
「お話しするほどのことではありません。」
「・・・」
こいつ、本当に反抗的だな!ヘレーナに親睦を深めろとか、聞きたいことはこいつに聞けと言われたが、こんな状態じゃ無理だ!
もういい。
「ハーニス!いるんだろ、ハーニス!」
「・・・」
俺は天井に向かって叫んだが、何の反応もなかった。いや、背後の奴から、残念な視線を感じたが・・・それは求めている反応ではない。
朝は出てこないのか?
いや・・・あいつのことを思い出せ。
俺をからかうために、女を演じたあいつを。俺を笑いまくったあいつを。
「ハニー」
「なんだい、セイト。」
笑顔で唐突に現れた少年。茶髪に青い瞳の少年は、ハーニスだろう。はっきり姿を見るのは、今回が初めてだ。会ったのは昨日が初めてなので、知らなくて当然だけど。
やはり、ハニーと呼ばれるのを待っていたか。
「聞いていただろ?昨日の騒ぎは何だったんだよ。」
「お待ちください。なぜ、影が現れているのですか。」
俺は、ただ昨日の騒ぎのことがききたいだけなのに、またしてもアムレットが邪魔をした。
「こっちの方が、セイトにはいいかなって思ったんだよ、騎士さんもさ、主に合わせることは大切だよ?そういところ、臨機応変にしないと。」
「影は、なるべく身をひそめるものです。敵に存在を知られないように、主を守るのが影ではないのですか?」
「だから、臨機応変だって。確かに、僕の仕事はセイトを守ることだよ?もちろん、僕はセイトを守るし、セイトの望みはなるべく叶えるさ。それが忠誠を誓うってこと・・・あ。」
ハーニスは、俺の方にばっと顔を向けたかと思うと、唐突に跪いた。
「忠誠を誓います。・・・それで、昨日のことだっけ?」
真面目な声で忠誠を誓ったかと思えば、立ち上がって話を戻す。
「その言葉遣いも、主人への言葉づかいではないでしょう!」
「だから、臨機応変だって、言っているだろ?君の方こそ、セイトをないがしろにしすぎだ。セイトが今望むことはなんだ?」
「・・・ですが、昨日の騒ぎのことは・・・」
「・・・ま、君の気持ちもわかるよ?セイト、騎士さんだって意地悪して話さないってわけじゃないんだ。ただ、君のことを考えて、話さないだけ。それでも聞きたい?」
「どういうことだよ、それ?」
「聞けばわかるさ。」
「・・・お前は話すんだな。」
「それがセイトの望みだからね。それに・・・話した方が面白い。」
聞かない方がいいかもしれない、これは。絶対ろくな事じゃない。
でも・・・。
俺は、アムレットの方を見た。アムレットは首を横に振る。聞くなということだろう。これが、俺のためだとすると案外いい奴なのかもしれないが、聞いてみないと本当に俺のためかはわからない。
「聞かせてくれ。」
「聖なる方・・・」
「アムレット、別に俺はお前を疑っているわけじゃない。ただ、はっきりしたいんだ。今までの行動は、どう見たって俺に反抗しているようにしか見えない。だから、この話を聞いて確かめたい。お前が、本当はどんな奴なのかを。」
「・・・」
「・・・それは、疑っているってことじゃないの?セイト。」
「細かいことは気にするな。ただ、俺は気になるから知りたいってだけだ。」
アムレットは、ため息を吐いて、好きにしろといった態度だ。それを見たハーニスが、いい笑みを浮かべて話し出した。
「いや、ここまでじらしたけどさ、大した話じゃないんだよね。君のことを夜這いしに来た男がいたってだけでさ、君の所にたどり着く前に捕まったし。」
「・・・よ、夜這い?」
「うん、男が、夜這いに来たの。君の所にね、男が。」
「・・・それ、お前だろ。」
「どういうことだっ!影!」
昨日のことを思い出して俺が言えば、アムレットはハーニスの胸ぐらをつかんで怒り出した。あれ、どういうこと?
「いや、僕のことじゃないよ。騎士さん、落ち着いて・・・からかっただけだから。」
「からかっただと!?それで、何をしたんだ?」
言葉づかいが変わったアムレットに、ハーニスは笑って胸を触らせたと言えば、アムレットに投げ飛ばされて壁に衝突していた。
「ぐへっ!?」
「な、ハーニス!?アムレット、やりすぎだ。どうしたんだよ?」
「やりすぎなのは、影だ。全く・・・護衛を何だと思って・・・失礼いたしました。それより、昨日の騒ぎについて説明します。」
「あ、うん。いいのか?」
「もう、聞いてしまわれたので。」
「いや、そうじゃなくって・・・ハーニスが、動いてないんだけど。」
「ご心配なく、気絶しているだけです。あるいは・・・ふざけているのでしょう。」
「へへ、バレた?」
ピクリとも動かなかったハーニスが、元気よく飛び上がって起き上がる。人をからかうのが本当に好きなようだ。
それから、ハーニスと俺がソファに向かい合って座り、そんなハーニスをアムレットが睨みつけていたが、すぐにため息をついて何も言わずに説明を始めた。
「影の言った通り、聖なるお方に夜這いを仕掛けた不届き者がおりました。」
「・・・それって、俺の聞き間違いでなければ・・・」
「不届き者の性別は、男です。正真正銘、成人男性でした。」
「・・・」
「気持ち悪・・・」
俺が顔を青ざめさせると、意外にもアムレットは哀れみのこもった目を向けてきた。絶対、だから言ったのにと呆れられると思ったのだが。
「ぷふっ!」
「影、いい加減にしなさい。」
「お前な・・・」
「だって、男なのに!男なのに、男に夜這いを掛けられるって!ぷ。」
「・・・」
「聖なるお方、これには少し事情がありまして。夜這いをかけた男も、あなたに夜這いを掛けようとしたわけではありません。」
「?どういうことだ?さっき、俺に夜這いを・・・って言ってなかったか?」
「はい。ですが、その男はあなた様を聖女と思って、夜這いを仕掛けたのです。」
「・・・そういうことか。」
俺は、聖女召喚でこの世界に来た。もちろん、聖女なので、召喚されるのは女であると思われていたのだ。男が召喚されたことを聞いてないやつは、俺が聖女だと思う。
だから、夜這いを仕掛けられたのか。
「聖女の伴侶となれば、多大な恩恵を受けるであろうことは、馬鹿でもわかりますからね。そういうことですので、お気になさらず。」
「本当に、大したことじゃなかったな。でも、そうか・・・」
俺は守られているけど、守られるってことは危険があるってことだよな。
これからはもっと気を付けよう。