33 幽霊
無事問題なく国境を越えた俺たちは、隣国の国境に一番近い町へと来た。そう遠くない距離にゴーストタウンと化した領地があるというのに、国が変わっただけでこちらは賑わいを見せている。
行きかう人の多さに、先ほどまで静まり返った町にいたせいか、頭がくらくらとしてきた。
「セイト、大丈夫ですか?」
「あぁ。それにしても本当にすごい。国が違うだけで全然違うな?」
「そう?変わらないと思うけど。うちの国も王都ではこのぐらいにぎわっているよ。」
「王都では・・・だろ?」
「セイト君は、魔力が枯渇した土地を周っていますからね・・・あ、あのお店!セイト君、あそこの串焼きすごくおいしいですよ!行きましょう!」
マリアに手を掴まれて、俺はそのまま串焼き屋へと引っ張られた。この状況だけで、俺の串焼き屋への好感度はだいぶ上がった。
「わーセイトデレデレしてる~」
「うるさい。」
「あまり離れるな。魔術師も、それが護衛対象に接する態度か?」
「それ、今更過ぎるだろ。」
「だね~さ、僕はこっち側の腕をもらおうかな~」
そう言ってハーニスが俺の腕に手を絡めてきた。それは別にいいが、腕をもらうとか言われると怖いので、別の言い方はないのかと思う。
気づいたら腕がなかったとか・・・ありえそうで怖い。
「どうしたの、顔青いけど?」
「べ、別に?それより、串焼きだ!串焼き食べようぜっ!」
「う、うん。そんなに串焼き好きだったんだね。思う存分食べなよ。」
左手をマリアに引っ張られて、右手をハーニスに確保されるセイト。そんなセイトたちの後ろを歩くアムレットは、ふと視線を感じそちらへ目をやる。
アムレットは足を止めて、しっかりとその男を認識して、驚愕に目を見開いた。
野菜屋の前にいる男も、はっきりとアムレットを認識しているらしく、同じように目を見開いている。
先に動いたのは男だった。セイトたちが進むのとは反対の方へ、走り去っていく。
「まさか・・・」
見間違いだろうと思うことにしようとしたが、目に焼き付いた姿はどう見ても元同僚の姿で、しかしその同僚は死んでいるはずなのでありえないと、見間違いだったのだと言い聞かせる。
「どうした、アムレット。」
「セイト・・・いえ、何でもありません。」
気づけばすぐ目の前に立っているセイト。わざわざ戻ってきて、心配げにアムレットのことを見つめている。
その様子を見て、アムレットは微笑んでセイトの頭をなでた。
「はぇ?」
「心配してくださってありがとうございます。串焼きですね、すぐに買ってきますよ。」
「え、あ、うん。」
それから仲良く串焼きを食べて歩くアムレットだったが、先ほど見た「見間違い」が頭から離れることはなく、まさかという思いが大きく膨れ上がった。
「なー・・・さっきからアムレットの奴おかしくないか?」
「そうですね。心ここにあらずという感じに見えます。珍しいですね・・・」
「そういう日もあるでしょ?今日は僕たちがセイトをしっかり守ればいい、それだけだよ。そのうち元通りになるでしょ。」
「何か知ってるのか?」
「・・・気になるなら聞いて見れば?ま、今は答えてくれないだろうけど・・・必要なら話すでしょ。」
ハーニスから話す気はないようだ。さっきアムレットにも聞いたが、なぜか頭をいいこいいこされて終わった。またあれをやられたらいやなので、アムレットが話してくるまで待つことにする。
「そういえば、まだ宿をとっていなかったですね。これだけ人が集まる場所ですから、宿をとれるか心配ですが・・・」
「あー先にとっておくべきだったな。」
「え、その必要ないよ?滞在先は決まっているから。」
「そうなのか?」
「俺は聞いていないぞ、影・・・」
「ここに行く準備をしていたんだから、滞在先くらい確保してても不思議じゃないでしょ?それじゃ、僕の後についてきて~」
俺の腕を引っ張って進むハーニスに続けば、なぜか立派な建物が建ち並ぶ場所へ連れていかれて、その中でもさらに大きな屋敷の、大きな門の前でハーニスは立ち止まった。
「ここだよ。門番さん、ヘレーナ様の紹介で来たんだけど、取り次いでくれる?」
「ヘレーナ様の!了解いたしました。」
門番は2人いて、ハーニスが話した方の門番は、屋敷の中へと消えていった。それにしても、常時門番を置いているなんて、贅沢だな・・・城ならわかるが、屋敷だぞ?そういうものなのかもしれないが、現代で暮らしてきた俺はインターホンでも付ければいいのにと思ってしまう。
「まさか、ここは伯爵家の・・・」
「そうだよー。ヘレーナの伯父さんの家。」
「お前、勝手にヘレーナの名前なんて使って、後で怒られても知らないぞ?」
「許可はとってあるから。」
そんな話をしているうちに執事が来て、中に入るように促されて応接室に案内された。そこで待っていたのは、白い髪に青い瞳をした美形だった・・・クソが。
「お久しぶりです、伯爵!」
「イ・・・マリア嬢。まさかまた性別を変える気かね?」
「いえいえ!今日は単なる護衛としてきました。」
「そのようだね。初めまして、聖人様・・・私はヘレーナの伯父で、この国で伯爵をやっているしがない貴族だよ。伯爵と呼んでくれていいよ。」
「伯爵、俺はセイト。聖人様と呼ばれるのは性に合わないから、名前で呼んで欲しいな。」
「承知したよ。早速だけど、部屋を用意したので案内させよう。自由に使って欲しい。夕食は共にとるつもりだから、何かあったらその時にね。それじゃ。」
伯爵は言うことは言ったと、さっさと部屋から出て行ってしまった。忙しいのだろうか?
執事に部屋の案内をしてもらうと、そこで護衛とは別れることになった。ハーニスを除いて。
「お前、部屋はいいのかよ?」
「いやだわ、ダーリン。ここが私とあなたの愛の巣でしょ?」
「いや、ここは俺に用意された部屋だから。それに、お前と愛を育むつもりはない。」
「ひどい!私とは遊びだったのね!やっぱり、あの子がいいの・・・」
崩れ落ちてふざけるハーニスは放置して、俺はソファに腰を掛けてそのまま寝転がった。
「セイト・・・無防備だねぇ。」
「うおっ!?」
ソファの上に寝転がる俺の上に、ハーニスが覆いかぶさった。少し幼い、中性的な顔立ちのハーニス。なんだろうこれ、背徳感的なものを感じる。
「ねぇ、セイト。僕我慢できないよ・・・いい?」
「うぅっ・・・耳元でしゃべるな!だいたい何が我慢できないんだよ?てか、どけ、重い!」
「なんで、僕のことは考えてくれないの?」
「は?」
「さっきから、アムレットのことばかり・・・いつもは、マリアのことばかり。僕は?
なんで僕のことで頭をいっぱいにしてくれないの?僕は、セイトのことで頭がいっぱいなのに。」
「な、急になんだよ!アムレットの様子がおかしいから気になっているだけだし、マリアのことなんて、少ししか・・・いや、結構・・・ほとんど・・・考えているが。」
「僕のことは?」
「・・・3%くらいは。」
「・・・ぷっ、ははははははっ!セイト、それ相手の怒りゲージ上げるだけだから!もう、正直すぎでしょ、あははははっ!」
腹を抱えて笑うハーニスにイラっとして、俺はハーニスを押しのける。あっさりと押しのけられたハーニスは、床に座り込んで床を叩いて笑った。
また、からかわれた・・・