25 乙女ゲームの世界へようこそ
急遽城に戻ることになった俺は、特に何もすることなく城で生活していた。護衛の面々が散歩に連れて行ってくれたり、お茶会を開いてくれたりと尽くす。俺はすべてに応じて、されるがままの生活を送った。
暖かな日差しが降り注ぐバラ園。穏やかに笑うアムレットは、口調こそ変わらないがセイトと俺を呼ぶようになって、少しだけ態度を砕けた感じにしている。
「セイト、見てください。ずいぶん大きなバラですね。」
「あぁ。」
「こんなに大きなバラは、なかなか見られません。」
「わっ!本当に大きなバラ!セイト君、これお部屋に飾りましょうか?」
「マリアがそうしたいなら。」
「えーと・・・でも、せっかくここまで成長したのに、ここで手折るのは可哀そうですね!やめておきましょう!」
「そうだな。」
「セイト、そろそろ戻りましょうか。今日は、ヘレーナ様が遠方から取り寄せた茶菓子を用意してくださっているようです。」
「そっか。」
アムレットとマリアは、悲しそうに微笑んで歩き出す。
無駄な時間だな。
俺のことなんて気にせず、魔力を土地に流すための旅を再開すればいいのに。
上質な紅茶の匂いが漂う。目の前の机には、その紅茶と茶菓子。机の向こう側には、女神のように美しい少女、ヘレーナ。
「セイト様、いかがでしょうか今日の茶菓子は。」
「これは、まんじゅうか。こっちの世界にもあるんだな。」
「私が作りました。」
「・・・マジか。」
「本当ですよ。この世界には、まんじゅうなんてありませんから。」
「・・・え?」
今の言葉、何かが引っ掛かる。
「やはり、この手の話題ですよね。興味を惹かれるのは。」
「・・・ヘレーナ、この世界って・・・言ったよな?」
「えぇ。ここは乙女ゲームの世界でして、私はそれを認識していますわ。」
「・・・は?」
「ふふっ。」
ヘレーナの青い瞳が、射抜くように鋭くなる。
「セイト様、だまされやすいところはお変わりないようですね。」
「・・・は?」
「異世界人の文献を読みました。まんじゅうの作り方も、乙女ゲームの話も載っていますよ。今度お持ちしましょうか?」
「・・・いや、結構だ。」
「それは良かったです。」
「?」
「それでは失礼します。早く良くなることをお祈りしていますわ。」
きれいな礼をして、ヘレーナは部屋を出て行った。すると、外からものすごい物音が聞こえて、「ヘレーナの手作りっ!」とか男の叫び声が聞こえたが、「私にも、セイト様にもお近づきにならないよう、お願いいたしますわ。」というヘレーナの言葉で、男の声は聞こえなくなり、騒ぎも収まった。
夜になって、ベッドに入る。
俺は右端に寝転がると、目を瞑った。
「いやいや、無視しないでよ。」
「いつものことだからな、ハーニス。」
「今日はいつもと違うかもよ?」
布団の中で、手が握られる。ハーニスが握ったのだろう・・・それ以外だったらホラーだな。
「ねぇ、セイト。」
色気のある声で、俺の耳元でつぶやく。ハーニスの熱い吐息が耳にかかるが、もう慣れた。
「僕が闇を晴らしてあげるよ。大丈夫、僕に任せておけば・・・君はただ、欲望のままに動いてくれればいいから。」
「欲望・・・」
「そう。したいように、して。」
「わかった。」
俺は、欲望のまま・・・本能の望むままに目を閉じた。
「え、ちょっと!」
「・・・」
「え、もう寝たの!ちょっと早くない!?」
「うるさい。眠れないだろ。」
「・・・しゅん。」
静かになると、俺はいつの間にか眠っていた。
余計なことを考えることなく、安心したように。
朝。俺がいつものように朝食を済ますと、マリアが話があると言ってきた。なんだかそわそわしていて、様子がおかしいと思っていたが・・・何かあったのだろうか?
「セイト君、しばらくお休みさせてください!」
「わかった。」
「・・・ありがとうございます。」
「あぁ。」
なぜか休みを認めたのに、マリアは悲しそうに笑って黙り込んだ。
「魔術師さん、行くなら早い方がいいんじゃない?」
「・・・そうですね。セイト君、しばらくの間・・・私は護衛ができません。その、絶対戻ってくるので、忘れないでくださいね!」
「あぁ。」
「・・・みなさん、セイト君をよろしくお願いします。」
「言われなくても。」
「安心していっておいで~」
2人に送り出されたマリアは、部屋を出るとき一度だけ俺に視線を合わして、振り切るように出て行った。
「そういえば、ヘレーナ様も忙しいということで、しばらくお会いになれないそうです。」
「ふーん。」
ヘレーナ・・・そういえば、この世界が乙女ゲームとか冗談を言っていたな。異世界人の文献を読んで、乙女ゲームを知ったらしいが・・・そんな冗談俺くらいにしか通じないだろ。
乙女ゲーム。俺はやったことがないが、イケメンたちに囲まれた主人公が、正しい選択肢を選んでそのイケメンの一人とゴールインするゲームだよな。
この世界が乙女ゲームだっていうなら、誰がそのイケメンたち・・・
「・・・」
「いかがなさいましたか?」
「いや。」
アムレットって、イケメンだよな。騎士だし、モテそうだな。それに・・・
「・・・」
「どうしたのセイト?僕に熱い視線なんて送ちゃって~」
可愛い系と呼ばれる・・・イケメン?
そういえば、ヘレーナに付きまとっている男もイケメンだった。あれ、エルズムもイケメンだよな?ん?
「あれ、セイト・・・」
「セイト、もしかして・・・」
何か2人が声をかけているが、それどころではない。俺は、乏しい乙女ゲームの知識をひっくり返して、その特徴を思い出す。
確か、俺の読んでいないジャンルで、悪役令嬢モノとかあった。あれも乙女ゲームの世界の話だったな。悪役令嬢ですが~とか、~な悪役令嬢に~とか。
他には・・・そうじゃん。聖女モノだ。
聖女として召喚された主人公が~というのがゲームの内容で・・・なぜかその聖女の力を持っている主人公がゲーム世界で無双する・・・みたいな。
「聖女。」
「え、どうしたの?」
「は、ハーニス。」
「うん?」
「俺って、聖女召喚されたんだよな?」
「そうだよ?今更どうしたの?」
「・・・」
イケメン司祭に出迎えられた。
イケメン騎士に護衛されている。
可愛い系イケメンに常に陰ながら守られている。
時々遭遇する、偉そうなイケメン。
唯一の女性護衛は、男だった・・・
聖女として召喚された主人公が、異世界のイケメンたちと恋を育む・・・聖女として召喚された・・・
小説の中の乙女ゲームのあらすじを思い出して、俺は頭を抱え込んだ。
「主人公俺じゃんっ!?」
「「セイトっ!」」
なぜか頭を抱える俺を、2人は抱きしめて喜び合っていた。おいまて、何のイベントだこれ!




