22 クスティーア洞窟
簡素だが、上質な家具がそろう部屋で、男は一人読んでいた本を閉じた。同時に、部屋の扉がノックされ、入出を許可する。
入ってきた者は、男に一礼をした。
「経過報告です。聖女と仲間の分断に成功。聖女はクスティーア洞窟にいます。洞窟の外で、魔獣を待機させておりますので、万が一出たとしても逃がすことはありません。」
「聖女はどうですか?あの洞窟は闇の女神の力が宿っています。闇を抱えない人間などいないはず、それを増幅させる闇の女神の力に、さぞ苦しんでいることでしょう。」
「はい。捨て置いた場所から一歩も動いた様子はございません。様子をご覧になられますか?」
洞窟の様子を見ることができる、遠見の水晶という魔道具を出そうとした相手を、男は手で制した。
「結果は、城にお帰りになった際、聞かせていただきましょう。まぁ、まともに話せるかもわかりませんが。」
クスティーア洞窟で一晩過ごしたものは、心が壊れる。
それは、まことしやかに言われている話で、男たちは検証も行いそれが真実であることを知っている。
「哀れですね。」
聖女自体に恨みがない。だが、危険分子は排除するという考えの男は、聖女を・・・セイトを排除することに決めた。
セイトがクスティーア洞窟で闇におびえている頃、マリアたちは必死になってセイトを捜索していた。
「この川を渡ったところで、足跡が途切れている・・・どうしますか、ヘレーナ様。」
「向こう岸に足跡がないということは、川の中に入って移動したということですよね。川上か川下か・・・」
「川の中に入って移動なんて、普通はしないが・・・よほど後を追われたくなかったか、それとも別の方法で足跡を消したか・・・ヘレーナ様、とりあえず二手に分かれましょう。」
「そうね。私は、川下に行くわ。ただ流された可能性もあるし・・・2人は、川上か向こう岸の森を探して。どちらを探すかは、任せるわ。」
「待ってください。僕が1人で森を探しますので、お2人は川下を探してください。」
「・・・わかったわ。」
ヘレーナとハーニスはすぐさま動き出した。マリアもあわてて、ヘレーナを追って、川下へ向かう。
「・・・」
「マリア・・・」
「・・・」
「マリア・・・イサオっ!」
「へ、は、はいっ!」
今の本名を呼ばれて、マリアはヘレーナの方へ顔を向ける。そこには厳しい表情をしたヘレーナの顔があって、マリアは落ち込む。
どう考えても、私のせいですよね。護衛だというのに、自分の身一つ守れなかった・・・
マリアは、セイトがさらわれたのを自分のせいだと思っている。マリアが襲ってきた獣に対して決定打をもっていなかったせいで、セイトは自分の騎士に獣を倒すように言った。それが、セイトの守りを失くしたのだ。
「なんで、私の時はイサオと呼ばなければ反応しないのかしら・・・」
「へ?」
「何でもないわ。」
「そうですか・・・?」
「ちょっと気になったの。あなた、これからどうするつもりなのかしら?」
「どうするとは・・・責任を取れということですか?」
「責任?」
セイトを守れなかった、足手まといになった責任を取れと、マリアはヘレーナがそういっているのだと思ったが、違う。
「このまま、マリアとして生きるつもりはないのかしら。」
「何を言っているんですか・・・私は、イサオなんです。ハインリヒ様たちと共にいるために、友人としてそばにいるために、私はイサオになったんです。その気持ちは今も変わりがありません。」
「・・・それでいいの?」
「はい。」
「そう。それは、セイト様が可哀そうね。」
「え?」
意味が分からないという顔をするマリアに、ヘレーナはため息をついた。
「セイト様は、なぜアムレットをこちらによこしたのか・・・ただ、あなたが弱いという理由だけだとは思わないことね。」
「・・・それはいったい?」
「あれから、2年が経ったわね。」
「え・・・あぁ、そうですね。死の雪の被害はすごかったですね・・・」
2年前のことといえば、死の雪・・・禁書がこの国で使用されたことが一番印象に残っている話というのは、この国の民の常識だ。
「・・・陛下は、この状況をどうにもできていません。」
「それは・・・でも、ハインリヒ様も努力はしています。各地に魔術師を派遣したり、他国から農産物を輸入したりと・・・その・・・頑張っています!」
マリアは、友人であるハインリヒのため、必死にヘレーナにハインリヒの頑張りを伝えた。だが、ヘレーナはその口元に冷笑を浮かべる。
「もう、あの方には期待していませんわ。」
「へ、ヘレーナ様!それは、それはあんまりです!」
「あんまりなのは、ハインリヒの方よ。あの人は目先のことにとらわれ過ぎている。今しか見えていないわ。」
「・・・それは・・・でも、ハインリヒ様は、頑張っています!」
「頑張ったから何?結果が出なければ意味はないわ。」
あまりにも冷たい言葉に、マリアは胸を刺されたかのような痛みに襲われた。このままでは駄目だと、自分がイサオになった意味もないと、何とか言葉を募ろうとして・・・見えた物に驚き、声を上げた。
「あ、あれは!」
向こう岸の木々の隙間から見える岩肌。普通の岩肌ではなく、黒く塗りつぶされたような漆黒の岩肌は、人の手が加わったように滑らかな表面をしている。
「クスティーア洞窟・・・あぁ、そういえばここだったわね。」
「まさか、セイト君は・・・」
「・・・獣なら、あそこには連れて行かないわ。でも、人の意図があるのなら・・・」
一瞬顔を見合わせた2人は、頷き合って洞窟へと足を向けた。