20 姿の見えない敵
ハーニスが消えてすぐ、何かを殴るような鈍い音が聞こえた後に、ハーニスが叫ぶ。
「そっちに一匹行った!」
「ちっ!」
アムレットが舌打ちをして剣を構えると同時に、暗闇から獣が現れた。俺と同じくらいの大きさで、四足歩行の獣。狼だろうか?
狼は、俺を守るように立つアムレットを見てから、少し離れた場所にいるマリアたちを見て、そちらの方に飛び掛かる。
「マリア!」
とっさにマリアの名を呼ぶが、俺には何もできない。どうすればいい!?
「アイスボール!」
杖を構えるマリアの後ろから、凛とした声が聞こえたかと思えば、氷の玉ができて、狼に向かっていく。ヘレーナの魔法だろう。
狼は氷の玉をよけて、そのままマリアに飛び掛かったが、さらにヘレーナが氷の玉を出して進路を妨害した。狼に氷の弾は当たらないが、オオカミを近づけないことには成功している。
「アムレット、行け!」
「俺は、あなたの護衛です。そばを離れるわけにはいきません。」
「何言ってんだ、たった数メートルだろ!お前の剣なら狼を倒せるだろ?早くいけよ!」
「・・・わかりました。ですが、絶対この場を動かないようにお願いします。影も今はいませんので。」
「そんなうかつなことするかよ。」
アムレットは疑わしそうに俺を見た後、マリアたちの方へと駆けた。
あっという間に狼との距離を詰めたアムレットは、素早く剣を振り下ろして狼を斬った。かっこいいな、ちくしょう!
俺だって、敵をかっこよく斬るのに憧れる。ま、剣を振こともできないし、生き物を斬る度胸なんて俺にはないから無理な話だけどな!わかっているんだよ!
「セイト!」
焦った顔で、ハーニスが俺の名を叫んだ。
俺が狼に襲われて怪我でもしたと思ったのか?と呑気に考えていたら、唐突に襟首を引っ張られて、俺は引きずられる。
遠くなるハーニス。
「なっ!」
ハーニスに手を伸ばそうとしたが、その手に何かがぶつけられた。石だと思ったそれは氷のつぶて。洞窟の外にまで引きずり出され、更に引きずられる俺の顔や体、手足に容赦なく氷のつぶてが降ってくる。
「いつっ!」
痛い。めちゃくちゃ痛い!?
絶対これ、あざになるぞ!てかヤバイ。どんどん洞窟が離れていく・・・
ガツンっ!
頭に何かが当たって、俺の意識はそのまま沈んだ。
狼を倒したアムレットは、ハーニスの叫びを聞いてセイトを見る。
すると、セイトが尻を地面に引きずって、出口の方へと向かっていく。いや、あれは誰かに引っ張られているようだ・・・しかし、その気配も姿も捉えることはできなかった。
今はそんなこと、どうでもいい!
「セイト!」
咄嗟に彼の名を呼び、追いかける。彼は、洞窟の奥にいる影に助けを求めるように手を伸ばした。こんな時に抱くべきではないが・・・怒りが込み上げる。
なんで、影に助けを求める?なぜ自分ではないのか?そんな思いが、彼の意識をそらさせて、唐突に出てきた新たなる狼への対応が遅れる。
「くそっ!」
いつもなら、斬り捨ててそのままセイトを追うことができた。しかし、反応が遅れたせいで一歩さがって体制を整えてから、狼を斬りつける。
戦意喪失して倒れる狼を飛び越えて、俺は走った。
「セイト!」
氷のつぶてが視界を遮る。
どちらへ行った?
焦ったが、落ち着いて周囲を探る。すると、近くの草むらにセイトが引きずられたらしき跡があった。
「こっちか。」
「待って。」
走り出そうとした俺の腕を、ハーニスがひいた。
「離せ!早く助けに行かなければ!」
「あれは、ただの野生動物じゃない!訓練されて、魔法までかけられている!対策を取らないと危険だ!」
「そんなことをしているうちに、セイトが殺されたらどうするつもりだ!」
「殺すならその場でするはずだ。連れて行ったのだから、すぐには殺されない。」
「・・・そうか。」
落ち着いた様子の俺を見て、ハーニスが手を離した。その瞬間を狙っていた俺は、駆けだす。
「ちょっ!」
「セイト!」
セイトの名を叫んで、俺は草むらの中へと飛び込む。
残されたハーニスは、アムレットの消えていった草むらを睨みつけた後、ため息を吐く。
「・・・」
「随分仲がよろしくなったようですわね。」
「冷静に判断ができなくなるようなら、仲が悪いままの方が良かったですよ。」
「そうでしょうか?私は、あなたが冷静に物事を考えられるのなら、もう片方は馬鹿のように突き進むのもいいと思いますよ。何より、そちらの方が思われていると分かりやすいですからね。」
「思われてるって・・・」
「そ、それって、禁断の愛ですか!ヘレーナ様!」
「兄弟愛かもしれませんわよ?」
「だとしても、ブラコンだな。」
冗談を言って空気をほぐし、ハーニスは本題に入ることにした。
「先ほどの狼、姿が消えていました。水魔法でしょうか?」
「恐らくそうですね。かなり扱いにくい魔法ですが、水魔法に姿を消す魔法があります。マリア様もお使いになられましたよね?」
「はい。ですが、他者にかけるのは難しい魔法ですので、恐らく魔道具を使用していると思われます。」
「魔道具ですか・・・なら、私がその魔道具を壊しましょう。」
ヘレーナは軽くそう言ったが、魔道具を壊すのは難しく思われた。見えているならまだしも、見えない相手の魔道具を壊すのは至難だ。
「それは難しいでしょう。僕はもうあの魔法を看破できますので、僕一人で追いたいと思います。」
「難しくなんてないわ。私が魔道具を壊します。では、行きましょうか。・・・ちょうど氷のつぶても降ってこなくなったことですし。」
これなら、アムレットと一緒にすぐにセイトを追うべきだったかもしれないと思ったハーニスだが、何も言わずにセイトが引きずられた跡をたどった。
しばらく別の作品を毎日投稿します。
明日から「悪魔勇者」という、少し暗めのお話しを連載します。
残虐非道の勇者と歴史に名を遺した彼は、当時誰からも慈悲深いと評判の勇者だった。それがある日を境に逆転し、後世に悪魔と罵られるほどの悪人となる。
読んでいただけると嬉しいです!