10 願いは叶えるもの
俺は、ろうそくの火を思い浮かべた。大きなものでなくていい、ただ、灯ってくれさえすればいいのだ。火花でもいい・・・いや、イメージは一つに固定しよう。
ろうそくの火だ。俺の指先に現れるロウソクの火!
俺は、ろうそくの火のイメージが固まると、人差し指を立てた右手に力を籠め、左手で机の上に置いてある水晶に触れた。
「点火!」
腹の底から声を上げる。目に力を込めて、指先を睨みつける。
何の変化もなかった。
「・・・やっぱ、駄目か。」
「どうやら、天才ではなかったようですね。」
「うるせー・・・わかってたよ。」
ソファに寝そべって、思いっきり伸びをする。
「一週間・・・か。これだけやって変化なしって、結構きついぜ。」
「おやめになりますか?」
「・・・」
この魔法の訓練に意味はあるのだろうか?
俺は、ヘレーナが天才で、ヘレーナの言う通りの努力では魔法は使えないと思った。それでも、なんでこんなことをしているかというと・・・
やっぱり、魔法が使いたい!
せっかく異世界ファンタジーの世界に来たんだぜ?魔法、使いたいだろ、普通!
「なぁ、お前の時は、どうだったんだ?」
「・・・魔法を初めて使ったときのことですか?」
「そうだよ。」
「・・・これは、素養の問題なんですよ。素養があれば、水晶に触れて何となくで魔法を発動させることができます。俺たち使い手は、スタートは全く苦労がありません。大変なのはその先なんですよ。」
「全く、ためにならないな。」
「当たり前でしょう。・・・いい加減、諦めたらどうですか?人生、どうにもならないことの1つや2つあるものですよ。」
「それはそうだけど、どうしてもそれが欲しかったら、どうするんだよ?」
「諦めるしかないでしょう。どうしようもできないのですから。」
「・・・本当にそうか?」
俺は、ソファに寝そべったまま、立っているアムレットを見つめる。
本当に欲しいものを諦める。そんなこと、できるだろうか?
「俺は、諦めましたよ。」
「・・・ふーん、何を諦めたか知らないけど、俺とは違うんだな。俺は、諦めなかったよ。」
俺は、諦めなかった。異世界に行きたいという夢を諦めず、さまざまの方法を試し・・・今、ここにいる。
望んだ立場とは違うけど、俺は確かに望みを叶えたんだ。
「アムレット、いいこと教えてやる。」
「何ですか。」
「諦めなきゃ、願いは叶うんだよ。いや、叶えられるんだよ!」
俺は、起き上がって座り直し、ろうそくの火をイメージした。右手の人差し指を立て、左手を水晶の上に置く。
「点火!」
「・・・何も起きませんね。」
「まぁ、まだ一週間だ。」
俺が異世界に行きたいと願って、ここに来るのに数年かかった。まだまだ、これからだ。
「どうせ、俺のそばにいるんだろ?俺が願いを叶える瞬間、見届けさせてやるよアムレット。」
後ろを振り返って、笑いかければ、アムレットは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにため息をこぼして首を振った。
「これは、慰めるのが大変そうですね。」
「おい。」
こいつ、絶対俺のこと嫌いだろ!
俺がアムレットを睨みつけていると、マリアが部屋にノックをして入ってきた。
「ありがとうございました。ここは私に任せて、アムレットさんもどうぞ。」
「わかった。では、聖なるお方、しばしの間そばを離れます。」
「会議だっけ?お前も大変だな。」
「仕事ですから。後は頼みました。」
「いってらっしゃいませ!」
マリアと入れ替わるように、アムレットが部屋を出て行く。ちなみに、マリアはお花を摘みに行っていたのだ。アムレットがそばを離れる前に、用足しをしたというわけ。
「どうですか、進展はありました?」
「全く。」
「・・・」
「そんな、哀れみの目を向けないでくれ。いつか、俺だって魔法を使って、みんなの助けになってやるって・・・思っているんだからさ。」
「お気持ちはうれしいですけど、セイト君はなにもなさらなくていいのですよ?何もしなくても、聖なる象徴として、民の支えにはなれますから。」
「それって、お飾りということじゃ・・・」
「飾りも立派なお仕事です。」
せっかく異世界まで来て、お飾りってむなしすぎだろ。俺は、絶対にこの国を救ってみせるぞ!お飾りなんてまっぴらだ。
決意を新たにした俺だった。
ドンっ。
唐突に、扉が開かれる。マリアは、すぐさま杖を構えて俺を背後にかばう。俺の目の前に、小さな背中が見えた。いつの間にか、フードを被っているマリア。俺たち以外がいるときはいつも顔を隠す様にフードを被っているのだ。早業だな。
そう思っていたら、マリアの背中が消えた。
現れたのは、マリアと同じくフードを目深にかぶった男。俺が恐怖を感じると同時に、誰かに首根っこを掴まれて、床に尻もちをついた。
「逃げて、セイト!」
ハーニスだ。マリアと同じように、俺を背後に男と対峙するハーニス。
男が、腰の剣を抜き、ハーニスに斬りかかる。ハーニスはそれを剣で受けて、男の胴体を蹴り飛ばす。しかし、男は寸前で回避しハーニスとの距離を取った。
「そうだ、マリアは・・・」
「くっ・・・」
マリアは、部屋の隅でうずくまっていた。今はまだ動けないようだが、大きな怪我はしていないようで安心した。
俺は、ハーニスの方へと視線を戻す。ちょうど男がハーニスに斬りかかるところだった。何度も、剣同士がぶつかり合う音が部屋に響く。
俺は、ただそれを呆然と見ているしかない。
2人は、ひときわ大きな音を立てて剣をぶつけ合わせ、お互いに後方へ飛んだ。
「はぁはぁはぁ・・・その剣は、まさか・・・」
何かに気づいた様子のハーニスに、男は斬りかかる。ハーニスはその剣を何とか受けるが、先ほどよりも動きが鈍い。何かに気を取られているような感じだ。
そして、男はハーニスの胴体を蹴り飛ばした。寸前でハーニスは気づいたようだが間に合わず、部屋の隅でうずくまるはめになった。
「ハーニス!」
「・・・っ」
男が、ハーニスの方へ向かう。とどめを刺すつもりか!
俺は、目についた水晶を、男に投げつけた。男は、水晶がぶつかる前に水晶を剣で斬りおとす。
「う、嘘だろ・・・」
人間技じゃねーだろ・・・・悪魔か何かか?
「・・・」
男はこちらを一瞬だけうかがったが、俺が何もできないとわかったのか、剣を鞘にしまって、ハーニスに近づいた。
どうすればいい?圧倒的な強さを見せつけられた。俺は、剣も魔法も使えない。絶対勝てない相手だ。
男は、ハーニスを担いで、今度はマリアに近づいて同じように担いだ。
すごいな・・・じゃなかった!このままだと、2人が連れ去らわれる!
気づけば、俺は男に向かって走っていた。