Simulation MGC Duel 01
ブザーと共に目の前の扉が開いた。瞬間、差し込む光に目が眩む。
前をキッと睨んで、入場していく。身にまとったライトブルーの衣装が照らされる。
今、この瞬間からわたしは魔法少女。この決闘場で文字通り白黒をつけるために戦うことになる。
決闘種目。MGC、競技魔法少女における格闘競技であり、MGCの花形でもあるこの種目は、その名に相応しい苛烈な戦いだ。互いの攻撃が当たるとコスチュームの色が暗い色に変色していき、完全な黒になった段階で攻撃を食らった方が負けというルールとなっている。
であれば、色の明るい衣装の方が有利なのは明白。極端な話、全身白の衣装が一番強いということになる。
なんだけど……。
向かい側の入場口に立つ対戦相手を見やる。モスグリーンのゴシック衣装。惚れ惚れするような美しい衣装だけど、あの暗い色じゃダメージ面では相当不利ってことになる。わたしの衣装の明るさと比較するとその差は歴然だ。例えるなら最初からHPゲージが半分の状態で向き合うようなもの。
もちろん、そんなデメリットを負うだけの意味が相手側にはあるってこと。果たしてどんな隠し玉が飛び出てくるのか……。
「両者、前まで出てきてください」
審判の声が届いた。少し考えに耽っていたわたしは少し慌てて決闘場の真ん中に駆けつけた。相手も同様に寄ってくる。
「判定のチェックをさせていただきます。ブレードステッキの提示を」
ブレードステッキ。これから戦うわたしの武器の一つ。煌びやかな装飾が施された持ち手から30cm程度のロッド部分が伸びていて、ここからARで再現されたビーム状の刃が出力される。相手に与えられるダメージはそこまで大きくないものの、もう一つの武器であるカノンステッキと比べたときの取り回しの良さからブレードステッキをメインに据えた戦法を取る魔法少女は圧倒的に多い。
腰に下がっているそれを取り出すと審判に手渡す。判定のチェック、要は衣装にイカサマをしていないかの確認。ビーム状の刃を互いのコスチュームに当ててちゃんと変色するかを確かめる。衣装の申請時や会場に到着した時にも同じチェックを受けるけど、そういうチェックをすり抜けてでもやるのがイカサマってものだから結局対戦前にも同じことをすることになるってわけ。
ブレードステッキの電源が入るとわたしのものからはライトブルーのビームが、相手方のものからは鮮やかなグリーンのビームが表示された。審判が軽くコスチュームの上を走らせるとライトブルーの衣装が僅かに暗く変色した。相手の衣装も分かりにくいけど、心なしか暗くなったように見える。
それを確認して審判がわたしたちにブレードステッキを返却する。一度電源を切って腰のホルスターに収めた。先ほどのダメージもリセットされる。
「スタートポイントへの移動をお願いします」
指示に従って、後方に引かれたラインの位置まで下がる。
――審判が退場するのを待ってから、対戦開始の合図が鳴った。
直後、わたしは軽く前へ踏み込む。こうすることでシューズに内蔵された反重力装置が起動して魔法少女は空へと舞うことができるのだ。更に強く踏み込む。
「(――まずは相手の懐に入り込んで一撃。……妙な事される前に)」
さっきも言ったけど、単純にルールを鵜呑みするだけならこの戦いは衣装の色が明るい方が有利。けれど実際にはそんなに単純じゃなくて、色が暗くなっていくほど、戦闘面のボーナス――ステッキのダメージ向上や反重力装置の出力制限の解除とか――が付与されていく。
だから、HPゲージに余裕があるからって油断はできない。むしろ追い詰めるだけ追い詰めて、最後に超高出力のカノンステッキで全身真っ黒にされてから出力制限の外れた反重力装置による高速移動で距離詰めてブレードステッキでばっさり、なんてこともある。
……事実、わたしもそういう負け方をしたことが何度もあるし。
ダークカラー相手に高出力な攻撃をされる前に速攻するのは、わたしみたいなライトカラーの中では鉄則だ。
とにかく距離を詰めなければ。あのドレスじみた衣装でまさか高機動型ってことはないはず。いや仮にそうであったとしても人知を超えた速度で動けるほどのボーナスが入ってるほど明度でもない。先に動いたこっちが十分対応できる範囲だ。
ブレードステッキを抜きながら床面を強く蹴る。一瞬身体が浮くような感覚があってすぐに加速が始まる。
現状の反重力装置で出せる最大の加速度は9.81m/sec2、つまりどこかから落下するときと同じくらいの加速度が出せる。重力制御なので時間さえかければどんな速度でも出せるというのがウリなわけなんだけど、MGCでそんなバカみたいな速度を使う必要はない。おまけに危険なので、規定で20m/sec以上は出してはいけないことになっている。それにしたって100mを五秒で走り切る速さなんだから猛烈な速さだ。
どのみちわたしはまだかなり明るい色で出力制限があるから、そこまでの速度を出すには時間がかかるわけなんだけど。出ていても半分くらいの出力だろうし。
それでも二、三秒で今開いている約10m程度の距離は詰められる。まずは一撃。上手くいけば相手が面食らっているうちに何回か当てられるかもしれない。
「……ッ!?」
――しかし、振りかざしたブレードステッキは一度も当たらなかった。相手が出力の限りを尽くして上へ跳んだからだ。いや、反重力装置だけじゃない、今のは本人自身の跳躍力も加速に使われている……? 高く跳躍してスタート地点を少しでも上に上げて反重力装置での移動を最低限に留めたってことか!
本人の身体能力にも舌を巻くものがあるけども何より。
「その裾の長い衣装でそんなアクロバティックな動きをするとはね……ッ」
やられた。完全に見た目で油断をしてしまってた。カノンステッキをメインにした固定砲台とまでは言わないにしろ、そこまで機動力だよりの戦法をとってくるとは。
そして何よりまずいのは相手が頭上にいるってこと。反重力装置の出力をゼロにするだけで向こうはこちらが出せる加速度を大きく上回れる……!
ならばこっちは……。
「(このまま、突っ走る……!)」
緩めかけていた足をそのまま強く踏み込む。最大加速度を維持するように。これなら――。
「――甘いわ」
聞こえた声に距離をとりながら頭だけ振り向くと彼女はカノンステッキを構えていた。
「しまった……!」
「遅い! ハアァッ!」
先ほどの判定のチェックで見たのと同じ鮮やかなグリーンのビームが伸びてくる。範囲自体は大きくない。こちらのカノンステッキで相殺、いや威力軽減くらいは……。いや無理だ、そもそもこっちは思い切り前傾姿勢になってる。カノンステッキを抜けたところで向こう側に向けるのは間に合わない……!
うだうだと考えていると視界が赤く染まった。両目に嵌めたレンズ型ディスプレイにダメージエフェクトが表示されたのだ。思ったほど強いダメージのエフェクトではなかったけど、それでもカノンステッキによる攻撃だ、衣装は相当……。
と確認しようとしたわたしの目が見開いた。ビームエフェクトが腹から生えていたのだ。
「(貫通ビーム……!)」
通常のビーム攻撃は最初に当たった障害物の面でエフェクトの表示が留まるんだけど、貫通ビームの場合は特定の距離まで何度障害物に当たってもそれを貫通して表示される。通常はビームの相殺無効とか盾形のオブジェクトを持ち込んでいる相手にくらいにしか使わないんだけど、この状況だと訳が変わってくる。
コスチュームの当たり判定はあくまでエフェクトが当たった面で判定される。つまり、背中とお腹にそれぞれ一回ずつ攻撃が当たったことになるのだ。
視界がまた赤く光った。今の二連のダメージはかなり痛い。ライトブルーの衣装はもはやダークブルーと言っても差し支えないほどに暗くなっていた。正直これ以上のダメージを食らう前に相手にまともに一発くらいは攻撃を当てないと負ける。
不幸中の幸い、今のダメージでわたしもボーナスが入ってる。こっちの攻撃パターンには貫通ビームみたいな特殊攻撃はないけど、代わりにかなりの広範囲高威力のビーム攻撃が一回だけ撃てる。限りなく黒に近づかないと出せない技だけど、当ててしまえばビームエフェクトとダメージエフェクトでかなりの間視界が眩むはずだからその間に距離を詰めてブレードステッキで……。
正直わたしの主義には反する戦法だけど、背に腹は代えられない。あの貫通ビームをもう一度出させたら負けるしかないんだから。まずは距離を詰める。さっきよりもかなり早く速く動けるから、あんな道化じみた避け方はさせない。
足元を強く蹴る。
「ハッ!」
「……また特攻をしてくるとはね。甘いのよ、あなたッ」
そう言いながらも相手はブレードステッキで応戦してくる。ロッド部分での鍔迫り合い。これでこそ、これでこそ戦いってものだ。
「アアアァッ!」
「ッ! このッ」
右、左、右、左。刃を乱れうつわたしに押されていく相手はカノンステッキに手を伸ばす余裕もない。抜かせちゃいけない、アレを抜かれてしまえばこの距離ではまた二連でダメージを食らう。つまり負ける。少しぐらいブレードステッキの攻撃を食らってもいい、いや食らうくらいでいい。よく見ると既に互いに僅かずつダメージを食らっている。
「(――そろそろか)」
一発ドぎつい逆袈裟を当ててやってそのまま後退する。
「ッ! ビームを打つ気ね! けど私のほうが早い!」
そう言うと相手は早打ちでもするみたいに腰のホルスターから直接こちらにカノンステッキを向けた。今にもビームが飛んできそうだが。
「ざ~んねん、わたしの勝ち!」
わたしの方は既に発射準備を終えていた。
「(食らえッ! 最高出力!)」
わたしの視界が濃密な青で満たされた。大出力ビーム、わたしの前方全範囲に及ぶ超高威力の攻撃、当てる当てないではなく打つか打たないかというレベルの大技。全身から青が消えるほどまでダメージを受けないと打てないデメリットが有りながら、相手に確実に大ダメージを与えられる一撃は言うなれば、必殺技だ。
まあ、まだとどめの一撃があるけどそれに関しては心配ないだろう。
「ハッ、全身が黒くたってもう攻撃を食らわなければ関係ないわッ! これで終わりよッ!」
エフェクトが消えたところで相手はまだこちらにカノンステッキを向けていた。貫通ビームを打つつもりか。
『これで終わり』ね?
「――それは、こっちのセリフ」
直後、試合終了の合図が鳴った。
勝者はもちろんわたしだった。
決め手は、後退しながら上空へ飛ばしておいたブレードステッキによる一撃。
勝利条件は黒くなった相手の衣装にこちらのビームエフェクトを当てることなんだから、何も接近して切りかかる必要なんてない。上から落ちてきたステッキのビームに触れても当たり判定は利くわけで。
向こうが貫通ビームに頼らずに最大出力で接近して切りかかってきてたら絶対負けてたと思うけど、まあ、あの人随分とあの技にこだわっていたようだから。モスグリーンの衣装も初っ端からアレを使うために設定してた色なんだろうし。
それはそれとしてお腹が空いてきた。
「……牛丼でも食べに行きますか」
衣装を脱いだらどこにでもいるただの食いしん坊な女の子。それがわたしという魔法少女なのでした。
読了ありがとうございます。
こちらの小説は、作者の思いついた設定をとりあえず動かしてみたくて書いた試作になります。ですので、少女たちにまだバックグラウンドは存在せず、ここにはただ科学の魔法少女による戦いだけが描かれています。
皆様の評価や助言などを参考にして今後しっかりとしたプロットを立て、きちんとした長編小説として彼女たちやそれを取り巻く世界を描いていきたいと考えています。
なので、もしよろしければこちらの読了後に感想や助言などがいただければ幸いです。
「面白かった」の一言でも作者の原動力となりますので、ぜひお願い致します。
最後に、改めてお読みいただいたことへの感謝を皆さまに述べて後書きとさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
以上、彼我差日夜でした。