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よくある冒険のお話  作者: 花井真苗
2/5

青い髪の少女I

長いです。

 夜が明けて間も無い時間、青い髪を後ろに三つ編みに結い、服を寝間着からいつもの修道女見習いの黒いワンピースに着替える。外の日差しを取り込むためにカーテンを開ける。だが、外は厚い雲に覆われ薄暗く、風がびゅうびゅうと音を立て草木を揺らし、雨が容赦無く地面を叩く。旅人は皆、この教会に足留めだろう。

 身支度を整え、部屋を後にする。シスター達の部屋の方から声が聞こえてくる。一人一人点呼を行い、本日の予定、役割分担、連絡事項など話している声をかけがする。シスター達は夜が明ける時間に朝礼を行っている。サトミは朝礼の邪魔をしない様に厨房へ向かった。


 サトミは、厨房入り、手洗いを済ませ、メモを確認し、準備に取り掛かった。

 少しすると他の食事当番のシスター達もやって来て、作業を始めて、朝食を仕上げていく。

 準備が終わり、朝食の時間になると各々の仕事をしていたシスター達や神父、旅人がやって来て朝食を摂る。朝食を済ませたシスター達は各自持ち場へと戻っていく。旅人達の中には、まだ食事中の者、済ませて歓談している者もいた。

 サトミは片付けをしながらコウタの姿を見つけたが、他の旅人と会話中であった。

「サトミ、どうかしたの?」

 コウタを見つめているサトミにシスターのマリーが声をかけてきた。サトミはなんでもないとマリーに返すが、マリーはサトミが先程まで見ていた場所に目をやる。

「成る程、あの子ね。」

 マリーは頷きながら自己解釈している。

「マリーさん、何を頷いてるんですか?」

 サトミはマリーに聞いた。

「サトミにも、ようやく春が来たか。うんうん。」

 ニコニコと笑いながらマリーは腕を組み、まだ頷く。それを聞いたサトミは、顔を赤くしながらマリーに違うと否定した。

「まあ、歳が近い子なんてなかなか来ないからね。気になるんでしょう?」

 マリーの言った言葉にサトミはその通りと首を縦に振り頷いた。

「サトミ、まさか、あの子が…」

 マリーは急に声のトーンを落とし、真面目な顔をした。

「違うかと思います。」

 サトミは目を伏せ答えた。


 彼は普通の少年にしか見えない。


 心の中でそう呟いた。


 ―――――――――


  ギィ…ギィ…と音を響かせながら薄暗い廊下を歩く一人のシスターが、明かりが漏れている部屋に気がついた。就寝時間がとっくに過ぎているため声を掛けようとその部屋に近づき、中を覗いた。

 シスターは悲鳴を上げた。そして、顔は青くなり、部屋の前で座り込み、ガタガタと震えている。遠くから何事かとシスターが何人かやって来た。


 部屋の中には生気を失った人が横たわっていた。


 ―――――――――


 翌朝、シスター達がドタバタ、ざわざわと落ち着かない様子であった。

「おい、昨晩何かあったのか。」

「いやー、俺は爆睡してたししらねぇなぁ。お前はどうだ。」

 そんなシスター達の様子から旅人達が囁き合う。本日の天気も生憎、朝から雨が降っていて、旅人は足留めを食らっている。

 サトミは食堂の掃除をしながら旅人達の会話を聞いていた。そんな旅人の中に焦げ茶色の短髪の少年を見つけた。

「コウタさん、おはようございます。昨晩は眠れましたか。」

「おはようございます。ゆっくり休めました。あの、朝から慌ただしいので何かあったんですか。」

 コウタからの質問にサトミは眉を寄せながら答えた。

「夜中に少し騒動があったので、気をつけるようにとしか知らされてないんです。一部のシスターだけが何が起きたか知ってるみたいです。」

「サトミさんは聞かされてないんですね。」

 コウタはそう言いながら、視線を忙しそうなシスターへと向けた。サトミもコウタの視線の先を見て、呟いた。

「そうなんです。こんなに騒がしくては気になってしまいますよね。」


 サトミはシスター達が忙しいため、持ち場に戻って行った。

「今日も足留めか…」

 コウタは窓の外を見ながらテーブルに頬杖をついた。

「しばらくは教会から動けそうにないな。」

 強風で窓がガタガタと音を立てる。


 コウタは本日の予定を考えることにした。

 腕を組んで頭を捻る、足を組んでは戻す、そんな様子がしばし見られたが、何も考えつかない。窓に視線をやり、外の景色を見る。草木が雨風に打たれて激しく揺れていた。

「…(天気はいつ回復するのだろう。)」


 しばらく呆けていると、ひそひそと話し声が聞こえてきた。

「前もありませんでしたか?」

「何かあるのでしょうか?」

「怖いですわね…」

 一体何があったのだろうか。シスターの話し声に耳を傾けていると声を掛けられた。

「よう、坊主、どうした。」

 後ろを振り返ると、昨日、話をしてくれた旅人達だった。


「本当に朝から慌ただしくしているよな。」

「そうそう、なんか顔色も悪いシスターもいるし、何があったのか気になるよな」

 コウタは旅人たちとシスターの挙動がおかしいことについて話をした。


「きゃあああああああ!」

 いきなり女性の金切り声が教会中に響き渡った。

「いったい、今の悲鳴はなんだ?」

 冒険者が集う食堂内は皆が警戒しているのか、シンと静まりかえった。神経を研ぎ澄ませている冒険者が多い、そこへシスターがやって来た。

「皆さま、お騒がせして申し訳ありません。シスターが一人階段から足を滑らせて、落ちそうになりました。その時にあげた悲鳴でした。命に別状はありません。」

 シスターは悲鳴についての説明をして食堂から去っていった。食堂は賑やかさを取り戻していったが、コウタは引っかかるものを感じた。


「足を滑らせたシスターは大丈夫なのかな?」

「気になりますか?」

 独り言を呟いたコウタに返事が返ってきた。後ろを振り返ると少女が立っていた。

「えっと君は?」

「私はしがない旅の占い師です。よろしければ、なにか占いましょうか。例えば、今の悲鳴を上げたシスターについて、とか。」

 少女は水晶玉を机に置き、占い始めた。水晶玉が淡く光りだし、何か水晶玉に映る。ローブを深く被った少女の顔は見えない。

「シスターは大丈夫とは言い切れないですね。治癒が間に合わないと…」

 少女は語り、食堂から出ていってしまった。


 占い師の少女が言った言葉でシスターの説明の違和感の答えがわかった。説明に来たシスターは階段から落ちそうになったシスターは命に別状はないと言った。無事なら無事とか、軽傷でしたとか、と言うと思うのだが、いきなり命に別状はないだった。無事ではなく、命に別状はないが重症ということ。命に別状がなく重症だけど無事という場合もあるかもしれないけど、重症じゃあまり無事でしたとか言えるか、コウタは間違いなく重症じゃ無事とは言わない。それに、落ちたなら今の所大丈夫でも暫くは様子見が必要だりだけど、落ちかけたわけだから落ちていないのだ。


「おっ坊主、占い師に占ってもらったのか?結構他の冒険者達も占ってもらったみたいだぜ。…ん、どうした坊主…?呆けて…」

 一緒にいた冒険者が他の冒険者との会話を終わらせて話しかけて来た。

「階段から足を滑らせた人、どうして滑らせかけたんでしょうか。」

 気になっている事が口から出た。

「足を滑らせて落ちかけて、命に別状はない。占い師さんは治癒が間に合わないと、と言葉を濁した。水晶で何を見たんだろう。」

 コウタは続けて呟いた。冒険者の男はコウタの呟きを黙って聞いていた。そしてコウタの頭をわしゃわしゃ撫でた。

「坊主、首を変に突っ込んで危険に晒されるのは止めたほうがいい。だが、今、この教会で起こっている事は、もしかしたら自分達も襲われるかもしれないから、用心は越した事はない。」

 冒険者の男は優しい声で話した。その表情は優しかった。この成り立ての旅人をいきなり変な事件に関わらせたくなかった。


 サトミは、子供達と絵本を読んだりして遊んでいた。孤児院担当のシスターの一人が体調を崩した為、急遽、お手伝いに回された。修道女見習いの服を着ているが、サトミは修道女見習いではない。見習いではないのは、どうしてなのかはサトミ本人も知らないが、シスターや見習いではないか、あくまでお手伝いなのである。


「ねぇ、サトミお姉ちゃん、今日、シスターメアリーは?」

 男の子が三人、何時ものシスターが居ないことについてサトミに聞きに来た。

「シスターメアリーは、体調が悪くて、今日はお部屋で休んでいるです。お部屋には行かないようにとシスターヴィオラが言っていました。」

 と、サトミが言うと、

「ちぇ、シスターメアリーと今日、勇者ごっこする約束してたんだけどな。」

「仕方ないから、俺たちだけでやろうぜ!」

「サトミお姉ちゃんは?」

「サトミお姉ちゃん、今、チビ達の相手してるじゃん!後、メアリーだったら蹴り入れても心痛まないし!」

 そう言いながら走って行った。離れた場所から、シスターヴィオラが三人組の発言を聞いて、怒っている声がする。エドワード神父が孤児院へと来て、シスターヴィオラを窘めている。

「おねぇちゃん、しすたぁめありは、コンコンなの?ぽんぽん、いたいいたいなの?」

 小さな女の子がサトミを見上げて、心配そうに眉を垂らしている。

「大丈夫ですよ。コンコンも痛い痛いもしてないですよ。少し辛いからお部屋でおねんねしてるだけです。」

 女の子の目線に合うようにしゃがんで、優しく声をかける。別の小さな女の子が、

「明日、しすたぁメアリーに会える?」

 と聞いた。そこにエドワード神父が入って来て、

「それはシスター次第ですが、皆んながこんなに心配していますから、きっと早く元気になりますよ。」

 と、幼い子供達に微笑んで言ったのだ。


 遊び疲れた子供達が昼寝をしている間、サトミは一部のシスターが何処か忙しなかった事を考えていた。

 夜中に一体何があったのだろうか。そして、休んでいるシスターが何人かいるのだ。それらの事について知っているだろうサトミの親とも言えるシスターマリーに聞いても教えてはくれないのだ。シスター達が他に話さないと言う事は不安を広めない事もあるだろうが、関わらせない為にだろう。だが、詳細を知らないシスター達は気をつけるようにとだけ言われて、詳細を知らされないから逆に気にしてしまっている。お昼前のシスターが階段から滑り落ちた件もそれだけだ。何か隠蔽されてる気がしてならないのだ。



 ―――――――――


 夜、一室から一筋の光がもれ、物を投げつける音がする。

「…………のかっ!くそぉっ!!この……の中に…はずな…だが…………が…!!」

 焦った声が漏れ聞こえた。焦った声の持ち主は部屋の扉を見た。誰かがそこにいた気がしたのだ。だが、扉の外には誰もいなかった。



 ―――コンコン―――

 コウタは部屋で休んでいると部屋をノックする音がした。部屋の扉を開けるとシスターマリーが蝋燭の火も灯さず立っていた。

「少しいいですか。」

 承諾すると、マリーはコウタの部屋に入って来た。

「折り入ってお願いがあります。サトミをこの教会から連れて出して頂きたいんです。」

 マリーは頭を下げて来た。意味がわからない。コウタは、この2日間、歳が同じくらいだから少し話していただけなのだ。好感はあるが、凄く仲良しではない上に旅人初心者だ。屈強な冒険者ではない。

「あの、それって…」

 コウタが困惑して返事をした。マリーはコウタに構わずに話を続けた。

「昨夜と昼間の件が絡みます。詳細には箝口令を引いているのですが、サトミを貴方に託したいのです。事情を貴方にお話しさせて頂きましょう。途中までですが、護衛に依頼した冒険者も付けます。」

 どうかお願いしますと、マリーは必死に訴えてきたのだ。


 マリーは事件について話し始めた。


 まず、昨夜のことだ。この教会には、夜に訪ねて来られる方や体調が優れない人の為、就寝時間後に部屋から出たり、仕事以外で起きている者がいないか警備の為に夜勤を担当しているシスターが当番制で数人いるのだ。その内の一人が、巡回中に明かりが漏れている部屋を見つけて、声をかけた。返事が無く、扉を開けると、そこには生気の無い女性が倒れていた。シスターは悲鳴を上げ、一緒に巡回していた者たちが集まった。シスター達は女性の意識の確認をしたり、上司のシスターや神父に報告、指示を仰いだ。女性は意識を失っていたが、外傷はなかった。但し、生気が大分失われていて、命を落とす程ではないが、二日は目が覚めないだろうと診断された。因みにこの倒れていた女性は18歳のシスターで、聖属性の回復魔法が使える。


 そして、昼間の事件、シスターが足を滑らせ、階段から落ちかけたというものだ。

 昼間の事件のシスターは昨夜、生気が無く倒れていた女性を空き部屋に運んだ後の部屋を調査していた内の一人である。そのシスターは、夜中から朝にかけて調査していた為、休憩に仮眠を取る為に部屋に一人で戻っていた。時間になっても戻って来ない為、部屋に見に行くと急所は外れていたが血塗れになっていた。回復魔法が間に合わなければ、死んでいた。この血塗れになったシスターの年齢は19歳で、この教会の若手のシスターの中で、一番強力な聖属性の回復魔法が使える。


「二人に共通するのはシスターであり、若手シスターの中でも回復魔法を使える事です。教会に勤める者は聖属性の回復魔法や軽い光魔法を覚える事ができます。それ以外で聖属性や光魔法を使用できるのは、聖グロリア国の王族と勇者、エルフ族の一部です。」

「以外に多い!」

 思ったより多い事にコウタは突っ込みを入れた。

「この年齢のシスターでも二人は有力株です。その二人が狙われたのです。実は一年前にも似た事がありました。」

 マリーは思い出す様に目を伏せる。

「もしかして、前にもあったんですか?昼間、一部のシスターが話していました。詳細は分からないけど、気をつける様にと言われたと前にも言われたと…」

 マリーは、覚えていたのねと呟き、話を続けた。


 一年前、年若いシスターが狙われた。当時18歳のシスターで、生気を抜かれて自室に倒れて居るのを同室のシスターが見つけたのだ。その時も一命は取り留めたのだが、一日中目を覚まさなかった。見習いからシスターに成り立ての子で、回復魔法も漸くと言った子であった。今では、すっかり元気になり、事件の事はよく覚えていないという。


「これが、今、教会で起きている事です。」

「それにサトミが巻き込まれ無いようにって事ですね。」

コウタはマリーに確認した。

「そうですね。他にも理由があるのです。」

マリーは意を決して言った。

「…サトミは孤児ではなく、預かっている娘なのです。」

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