旅人の少年
元は子供の時に描いていた漫画を小説に直したものです。いい加減完結させてあげたい。
長閑な草原を一人の少年が歩いていた。
「・・・なんだろう、何か目線を感じたんだけど、気のせいかな?」
少年は、視線を感じて、後ろを確認した。だが、そこには誰もいない。少年は首をかしげてまた歩き出した。
草原を歩いていると白い建物が見えてきた。白い建物の屋根の上には十字架が見える。教会のようだ。少年は持っていた地図を確認した。地図を確認するにとこの近くには、この白い建物以外ないみたいであった。近くても最低後1日は歩かないと行けない距離に街がある。そろそろ日も傾いて来る頃だ。少年は、先に進むのは止めて休むために教会に向かうことにした。
少年は教会の扉をノックし、誰かいないか声をかけた。
「すみません、誰かいませんか?」
中からは返事がないが、教会の庭から鈴の様な綺麗な声で話しかけられた。
「こんにちは、此方に何かご用でしょうか?」
その声に少年が振り向くと、空の様に青く長い髪を後ろで束ね、ルビーの様に赤い瞳の少女が立っていた。
「とてもお若いですが、旅の方でしょうか?」
少年は少女に見惚れていたのか、我に返って質問に答えた。
「急に訪ねてきてすみません。僕はコウタと申します。貴女の言う通り旅をしていて、そろそろ陽が沈みそうなので、寝泊り出来る所を探していました。」
「宿を探していたのですね。でしたら、当教会にお泊りください。どうぞ、中へ。」
コウタは教会の扉をくぐって中へ入った。中は机や椅子、教壇が綺麗に並んでいた。そして、窓は十字架を意識した枠組みになっている。入って来た扉の正面の窓は天使の絵のステンドグラスになっており、神秘的であった。
ステンドグラスや教壇がある場所の傍に扉があった。
「此方へどうぞ」
入り口から右側の扉に案内された。扉を開けると廊下があり、左手側に3部屋ある。廊下の突き当たりにも部屋があるのか扉がある。右側の窓から外が見える。空は茜色に染まっている。風がそよそよと木や草花を揺らしていた。
「…(静かな所だな…)」
コウタが窓を見てぼんやりしていると、少女が1番手前の部屋をノックした。
「失礼します。旅のお方をお連れしました。」
「どうぞお入り下さい。」
部屋の中から男性の低い声が聞こえた。少女は、こちらを振り向き、
「一緒に中へ」
と声をかけて来て、扉を開けた。
中には黒い聖職者の服を着て、十字架のネックレスをした50代くらいの男性が、窓に背を向け、机に向かっていた。男性は、書類を書いていた手を止めて言った。
「こんにちは。貴方が旅のお方ですか?教会へようこそいらっしゃいました。私は、この教会の神父、エドワードです。」
「僕はコウタと申します。旅の途中でして、宿を探していました。」
コウタは、エドワードに向かい自己紹介をした。
「でしたら、ここにお泊り下さい。教会は困ってる方の憩いの場です。サトミ、彼を客室に案内して差し上げなさい。」
サトミと呼ばれた青い髪の少女はエドワードに返事をし、案内すべくドアの方へ移動した。
「コウタさん、どうぞ此方へ」
コウタは、ドアまで行くと、エドワードにお礼を言って、サトミの後に付いて部屋から出た。
廊下に出ると、サトミが口を開いた。
「改めまして、コウタさん、お部屋へ案内させていただきます。私の名前は先程、エドワード様がおっしゃってた通り、サトミと申します。よろしくお願いします。」
サトミはそう言うとお辞儀をした。
「此方こそよろしくお願いします。サトミさん。」
コウタもつられてお辞儀をした。
「あの、すみません。私、年が近い旅人さんを見るのが初めてでして、お話を聞いてもいいでしょうか?」
サトミは恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながらコウタに尋ねた。コウタは、一度キョトンとすると微笑みながら快諾した。サトミはコウタの答えにほっと胸をなでおろした。
「良かった。ありがとうございます。あの、お部屋へお連れする途中でしたね。歩きながらでもいいでしょうか?」
そして、2人は部屋へと歩きだした。
「コウタさんは、旅をされて長いのですか?」
サトミが質問をする。
「えと、実は旅を始めてそんなには経ってないんです。」
コウタは正直に答えた。サトミは、立ち止まると、廊下の突き当たりにある扉を開けた。中は何個か扉と階段があった。
「こちらは居住スペースになってまして、神父やシスター、教会関係者や客室が設けられています。」
そう説明して、サトミは階段へと歩いていく。その後をコウタは付いて行った。
「あの、聖堂にあるこちら側じゃない扉は…」
コウタの村には小さな教会しかなかったので、気になり質問した。
「聖堂のあちらにある扉は懺悔室や催事で使う物等を置いている部屋が並んでいます。」
コウタは居住スペースと教会の仕事スペースで分かれていることに感心していると、サトミがそう言えばと先程の話に戻して来た。
「旅を始めてから日が浅いと言っていましたが、差し支えなければ、いつぐらいから旅を始めたのでしょうか。」
「うん、そうだね。本当に最近で、だいたい一週間とかかな?本当に初心者なんだ。」
コウタは頬を赤らめて答えた。サトミは、少し興奮しているのか、目を輝かせて話を聞いてきた。
二人が話しているうちに部屋についたようだ。
「こちらがコウタさんの部屋になります。夕食時間は6時になります。時間になりましたら、迎えに上がりますのでごゆっくりとお過ごし下さい。食堂やお風呂などはその時にご案内させて頂きます。」
サトミは礼をして去って行った。コウタは部屋に入り荷物を置いた。部屋は窓際にシングルスのベッド、その近くにローチェスト、一人用のテーブルと椅子が置いてあった。
「(夕食まで二時間あるし、少し寝ようかな…)」
コウタはベッドに横になった。少し経って、余程疲れていたのか寝息が聞こえ始めた。
サトミは、廊下を歩きながら、項垂れていた。少しはしゃぎ過ぎてしまったのでは?と反省してる様子に見える。
「(コウタさんが歳が近いからと、はしゃぎ過ぎました。若い方ですし、旅を始めて長くはないことはわかりそうなものですのに、私とした事が失礼を働いてしまいました。)」
サトミは食事の準備を手伝いに食堂へと向かった。
食堂へ向かうとシスター達が慌ただしく厨房や食堂で作業をしていた。サトミは一人のシスターに声を掛けた。
「マリーさん、遅くなりました。」
マリーと呼ばれたシスターはサトミに気がついた。
「サトミ、良いところに、芋の皮むきに時間がかかってるの。手伝いをお願い。」
サトミはシスターの指示に従い、厨房に行った。
夕食の準備も終わり、サトミはコウタを呼びに行くため食堂を後にした。
部屋の前に辿り着くと中から呻き声が聞こえてきた。
「コウタさん?お食事の時間になりました。」
サトミはノックをして声を掛けた。しかし、返事はなく、小さい悲鳴が…
慌てて扉を開けて中に入る。
「コウタさん?!どうされました?!」
コウタはさっきまでベッドに横になって寝ていたみたいで、ベッドの上で荒い息を繰り返していた。
コウタは、落ち着くとサトミが入って来たことに気がついた。
「すみません。いつのまにか寝ていたみたいで、もう夕食の時間になってるとは…」
「いえ、お気になさらずに、たった今来たばかりですから…」
少しの間沈黙が続く。
沈黙を破ったのはサトミであった。
「凄く魘されていたみたいですけど、大丈夫ですか?」
サトミはコウタを心配している様子だ。
「すみません、少し夢見が悪かったのです。」
コウタは申し訳なさそうな顔をした。そして、その表情は疲れているように見えた。
「(あの時…俺は…)」
「あの、コウタさん、取り敢えず、食堂へ行きましょう?お腹空いてませんか?」
コウタの暗い顔を見て、話題を変えようとサトミは、食堂に誘った。コウタは、一旦、夢の内容を考えるのは止めて、食堂へ移動することにした。
食堂は一階にある為、階段を降りていく。一階に下りると廊下の先にドアがあった。そのドアを開けると、教会な神父、シスターが奥のテーブルに座り、教会に宿泊していると思われる人達がドア側に座っていた。コウタ達も席に座り、全員着席するとお祈りが始まった。
「今日も我々に、こうして天の恵みがあり、食事が出来ることを心より感謝申し上げます。アーメン。」
エドワードがお祈りの言葉を主に捧げ、十字を切った。
「皆さん、どうぞお召し上がり下さい。」
エドワードの合図により、食事が始まった。食事は、パン、シチュー、野菜サラダ、フルーツの盛り合わせであった。給仕係と思われるシスターがお代わりもあると呼びかけていた。
「いただきます。」
コウタはシチューを掬って口へ運んだ。
「最近、携帯食ばかりだったから久しぶりだな。温かい。」
コウタはそう呟き、頬を緩ませた。
食事も終わり、部屋へ戻ろうとするとサトミがやって来た。
「先程、お風呂の場所にご案内してなかったので、今、お時間良いですか?」
コウタは、サトミに浴場へ案内して貰い、部屋へと戻った。
「(お風呂の場所に折角案内して貰ったし、ゆっくりお風呂に浸かって疲れを取ろう。)」
コウタは、浴場へと向かった。
お風呂に浸かり体を癒したコウタは、部屋に戻る為、廊下を歩いていた。廊下は暗く、壁にある蝋燭の灯りが頼りだ。ふと、コウタは聖堂に足を運んだ。
聖堂は誰も居なく、静かであった。ステンドグラスが月明かりによってキラキラ輝いていて、とても美しい。
「あの子はこういうの好きだったな。」
コウタは独り言を零した。椅子に座り、聖堂内を見渡し、ポケットから何かを取り出した。コウタはそれを見つめた。
「誰か居るんですか?」
コウタが入って来た方から声が聞こえた。そちらに目を向けるとサトミが立っていた。
「コウタさんでしたか。」
サトミが側までよってきた。コウタは手に持っていたものをポケットにしまい、立ち上がった。
「すみません。聖堂に勝手に入って。」
サトミに頭を下げて謝った。
「謝らなくていいですよ。聖堂の玄関の施錠さえ開けなければ大丈夫ですよ。貴重品などは片付けてありますから。基本夜は皆さん寝ていますが、たまに夜にもお祈りしたいと部屋から聖堂に来られる方もいるので、そこの入り口は開けてあるんです。」
サトミは説明をすると、ステンドグラスを見上げた。
「綺麗ですよね。私も夜に来るんです。」
その瞳はステンドグラスを写しキラキラ輝いていた。
「どうしても眠れない時に来てしまいます。すみません。勝手に自分の事話し始めてしまって…」
コウタの方を見て、苦笑いをした。コウタはそんなことはないと首を振った。
「サトミさんはいつから教会に?」
何か話題はないかと話を振ってみた。
「私は、小さい頃から此方にお世話になっているんです。物心がついた時にはもう教会にいて、毎日シスター達と過ごしていました。」
淡々と話すサトミに聞いてはいけない内容であったかと心配になっていくコウタ。そんなコウタに対し、サトミは微笑み言った。
「だから、両親が居るかはわかりませんが、この教会の方々は私の家族です。」
その笑顔はコウタには眩しく見えた。
部屋に戻ったコウタは布団に入り、眠りについた。しかし、その表情は苦しげである。いったいどんな夢を見ているのだろうか。
「…や……、み……」
なにか寝言を繰り返しているが、部屋の暗闇に溶けていった。
朝、目を覚ますと外は嵐だった。これでは流石に旅の続きなんてできないと、昨日泊まった旅人達は、もう一泊宿泊する事となった。コウタもそのうちの一人である。朝ご飯を済ませた旅人達は、部屋に戻る者もいれば、意気投合した者同士、情報交換や歓談している。
「(…野宿しないで良かったよ。してたら今頃、ずぶ濡れじゃ済まないよね。)」
窓の外を見たコウタはそう思うと、ほっと胸をなでおろした。今日一日何をして過ごそうか、朝食をゆっくりと食べながら考えていた。
部屋に戻って地図でも見て次の行き先の確認をしても良いし、次に行く場所について他の旅人から何か情報が得られないかお話してみても良いかもしれない。とりあえず、次の目的地はここから一番近い町である。地図の距離からみても一日掛かると思われる場所である。
そうと決まると、周りにいる旅人達に話しかけようと立ち上がった。
「なんでも、この先の村で事故があったらしいぞ?」
「俺は、魔王の手先が現れたとか聞いたぞ。」
五人で会話をしているグループから聞こえて来た内容に足を止めた。
「その話、詳しく聞かせて頂いても良いですか?」
コウタは、五人組に話しかけた。
五人組の旅人は話しかけて来たコウタを見て全員きょとんとした顔をした。その中の一人が我に返り言った。
「坊主、旅人にしては随分と若いな。」
すると周りの男達も我に返り、発言した男に同意し頷いた。
「坊主は一人か?」
先程とは違う髭の生やした男からそう聞かれ、一人であると答えた。
「坊主はここから東に向かうのかい?なら、フォールリバーに行くのは止めといた方が良い。」
そう言って、男達は自分達が聞いた噂を話した。
フォールリバーになんでも魔王の使いが表れ、魔王の封印が解けただとか言って、これから世界中に進軍し、世界を自分達、魔族の物にするとか宣言して、村を攻撃したらしい。村は壊滅こそしなかったが、ダメージが大きいため復興に時間が掛かる。もしかしたら、まだ、近くに魔王の使いが潜んでいて、また攻撃してくるかもしれない。
そんな内容であった。
「俺達はさ、これから東に向かうのさ。その村を避けて行こうと考えてる。」
そう語った男達にコウタは西から来たのか聞いた。
「坊主、西に行くのかい?東の村について聞いたのに?」
笑いながら坊主頭の男が言った。
「実は東から来たんです。貴方方の話が、もしかしたら、西にある村の話かと気になりまして。」
これから向かう西の方角について情報を集めようと考えていた時に耳に挟んだから気になったのは本当だ。東の村について噂が流れていたことを知らなかった。
「東から来たのに知らなかったのか。旅をするにあたって情報を集めるのは大切だぜ、坊主。」
いっちょ俺が教えてやろうか。と豪快に笑いながら言い合う男達。それから、男達はここから一番近い西の町について教えてくれた。その町の特産品や宿の平均額、どこの雑貨屋が品揃えが良いやら、質が悪いやら、ぼったくりだやら、親切な人たちであった。その町以外に最近気になった噂も教えてくれた。
最近、魔王の封印が弱まり始めているらしく、復活が近いと言われている。
先程の東の村の話の噂がこの噂に拍車を掛けている。
東の村の事故。
事故の噂は内容までは語られていない。魔王の使いに攻撃された噂話と同じなのか。
コウタはお礼を言い、五人と別れ、食堂を後にした。そして、窓から雨風が吹き荒れる外を見た。
「フォールリバー…」
一言呟いた言葉は、風の音に消されてしまい、誰の耳にも届くことはなかった。