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ないない尽くしの異世界譚  作者: コルヴァズの使者
序章:戸籍もなけりゃ、信用もないし、言葉も通じない
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001:謎の少年

 気づいたら、剣を一本持たされて、着の身着のままで化け物と相対する最前線に立たされていた。

 それが男の現状であった。それ以上、説明しようがなかった。

 なにせ、彼には、ここがどこであるかも分からない。なぜ、こうなったのかもわからない。

 それどころか、自分が何者であるかさえも分からないのだから……。


 そんな、ないない尽くしでありながら、必要があってこうするしかないということと、逃げることは許されないのだということだけは、事前の説明から理解していた。

 肉壁として用いられる不法滞在者部隊の最前列に立つ男、いや、その少年は燃え尽きた灰のように真っ白な白髪で、一房だけある炎を思わせる深紅の髪が特徴的だった。






 魔法と呼ばれる不可思議な力が存在し、未だ神々の影響力が大きい世界イアルナ。その中でも人が住む三大陸の一つであり、西方に位置するガロック大陸では、四大国と言われる大国が覇権を争っていた。

 ファステ暦1356年、冬も深きエデカの月、四大国のに名を連ねるクォート王国における最前線の開拓都市オクトは混乱の真っ只中にあった。 


 「全くこの非常事態に、正体不明の不法侵入者だと、一体なんだというのだ?」


 豊穣を願い、豊穣神オクトテムにあやかった開拓都市の長であるフアンは、不機嫌も露わにぼやいた。

 髪に白いものが混じり始めている初老の男であり、恰幅がいいと言うよりは些か以上に太っており、冬場にも関わらず、その顔には大量の汗が浮かんでいた。

 もっとも、その汗は、運動のせいというよりは、心中の不安が表出したものなのだが……。


 「まあまあ都市長、奴が何者であれ、どうせこの一戦の後は生きてはいませんよ」


 宥めるように言ったのは、この都市最大の傭兵隊の長であるアリウスである。

 重厚な鎧を身に着けた二枚目で、傭兵隊長でありながら傭兵らしさはまるでない男だが、然もあらん。この男は没落したとはいえ貴族出身であり、元は国に仕える騎士でもあったのだから。

 とはいえ、すでに騎士をやめて久しく、長年の傭兵生活のせいか、鎧には隠しきれない汚れが目立つし、身に着けたマントもどこか貧相に見える。何よりも鎧に刻まれた紋章には、はっきりと不名誉印が刻まれ、彼が騎士ではないことをまざまざと示していた。


 「う、うむ。それはそうだが、万一あれが生き残って、このことが問題にされたら……」


 アリウスの言にフアンは一時安心したようだが、小心者で考えすぎるが故に、次の瞬間には別の不安が彼を襲う。


 「大丈夫ですよ。奴は確かに下民ではないでしょうし、相応の身分であるかもしれませんが、少なくとも大陸の者じゃありませんから。都市長も聞いたでしょう。奴の話す言葉らしきものを」


 「うむ、確かにあやつはこの大陸の者ではないだろう。あやつの特徴的な髪も、漆黒の瞳も近隣諸国では見られぬものだし、何よりあやつの話す言葉は、わしでも全く聞き覚えのないものだ。そこは疑っておらん。

 しかし、しかしな、あれの着ている服や手を見たであろう?」


 「ええ、傷一つない美しい手に日焼けしていない白い肌、しかも着ている服は極上で、縫製も大したものでした。

 しかし、奴が何者であろうと関係ありません。大狂騒の最中にある都市への不法侵入は大罪ですから」


 実は件の少年の対応に苦慮していたのは、都市側も同じであった。

 なにせ、オクトの命運がかかった大狂騒の真っ最中なのである。そこに正規の手続を経ずに、いずこからか現れた少年。しかも、その少年は、身分を証明するものはおろか、言葉すら通じないときた。

 その癖、少年の身なりは良く、肉体の清潔さや金銭を自ら持ち歩いていない辺り、出身の高貴さを感じさせるのだから、都市側が頭を抱えたのは無理もないであろう。


 結果、都市長であるフアンまでその処遇についての判断がまわってきてるあたり、都市側の苦悩が透けて見える。もし、高貴な家の出であれば、下手な対応すれば、彼らの首が飛びかねないのだから然もあらん。


 「なんでここにいるかは分からないと言っておったな。どの程度、信用できると見る?」


 「嘘は言ってないでしょう。意思疎通の魔具を用いなければ、言葉も通じない大陸外の遠方から、わざわざ大狂騒の真っ只中にあるこのオクトに来る意味が分かりません。自殺志願というなら話は別ですが、奴はそういう人間ではない。何より、この厳戒態勢にある都市内に、誰にも悟られることなく突如現れるなんて真似は、眉唾物の転移魔法か、古代遺跡の罠くらいしか思いつきませんからね」


 そう、実のところ、都市側が少年を発見するのに、少年がオクトに現れてよりしばしの時を必要としていた。それも、厳戒態勢で人の出入りには気を使っているにもかかわらずだ。

 なにせ、外部からの侵入の痕跡はまるでなかったのだ。すなわち、通常想定される侵入方法ではないということなのだから、無理もないことであった。

 それでも見つけられたのは、少年が意識を失っていたからであり、早い話気絶して道のど真ん中でぶっ倒れていたが故だ。


 「それだとやはり後者であろうな。恐らく古代遺跡の調査中に、罠にかかったに違いない」


 転移魔法は伝説であり、信憑性は薄いが、古代遺跡の調査での事故はままあることである。

 フアンの祖国であるクォート王国でも、調査隊の一部が手柄に逸って罠にかかり、天空に飛ばされて地面の染みになったというのは、有名な話だった。


 「それにしては、武器も持ってない軽装なのが気になりますが?」


 「大方、父親に連れられて箔付けのために同道したのだろうさ。身の回りの世話は勿論、守りも財布も護衛任せ──高位の貴族連中にはよくあることだ」


 少々汚い手まで用いて、どうにかこうにかこの開拓都市の都市長になることができた程度の貴族である自身には、到底不可能な箔付け手法なだけに、吐き捨てるフアンの声色には苦いものが混じっていた。


 「いいご身分ですな……。とはいえ、今はそんなもの何の意味も持ちませんが」


 没落して今や騎士ですらない己と少年との差に、アリウスの心中にも黒いものが生まれるが、少年の現状を思えばそれもすぐに気にならなくなる。 

 なにせ、件の少年は都市防衛の最前線、それも捨て駒どころか、肉壁として用いられる不法滞在者の部隊に配属されているからだ。


 この肉壁部隊、死亡前提のトンデモ部隊なのは言うまでも無いが、少年が(意図的ではないにせよ)犯した都市への不法侵入及び不法滞在は、安全に居住可能な土地が限られているこの世界では、等しく重罪であるが故に許容されていた。

 それどころか、万が一にも生き残れば、無罪放免となり、都市への居住権も1ヶ月限定ではあるが認められるため、志願する者すらいる始末なのだから、人間とは本当に業が深い生き物であった。


 「確かに、最早気にする必要もないか。一応、出身に配慮した扱いをした証として、剣を与えておいた。これで万が一にも、あやつの親族が文句をつけてきても、いかようにもできる」


 どの道、大狂騒の真っ只中にある開拓都市に不法侵入した以上、死んでいても文句は言えない。

 それがたとえ事故が原因であったとしてもだ。

 武器だってただではないのだ。むしろ、死ぬ前提の相手に曲がりなりにも剣を与えただけでも、賞賛されるべきであるとすら、フアンは考えていた。


 実際、フアンの考えは間違っていない。

 現代で言う懲罰部隊も同然の肉壁部隊だが、本来なら武器など支給されない。

 なにせ、彼らの仕事は囮として、真っ先に食いつかれることにあるのだから、当然だろう。

 まして、大狂騒の間は、外部からの補給は一切望めないのだ。剣一本であろうが、貴重な資源なのである。


 「確かに配慮はしたと言う体をとっておくのは重要です。後になっていらん探りを入れられるのは御免ですから。

 ──我々の本番は、大狂騒の後にこそあるのですから」

 「口を慎め!誰が聞いているかも分からんのだぞ」


 アリウスの言に、フアンは過敏に反応していた。

 不安も露わに忙しなく周囲を警戒して見回すその様は、どうしようもなく恐怖が透けて見えた。


 「都市長、ご安心を。ここには我々しかおりませんよ」


 相変わらずの小物であるという内心の見下しと嘲りを隠し、アリウスはフアンをなだめる。

 たとえ、小物であろうと、今は彼にとって重要なビジネスパートナーなのだ。潰れてしまっては困る。


 「そうだったな……。全く貴様は、思慮が足らん!

 万一知られれば、我らは一巻の終わりなのだぞ!」 


 「お叱りはごもっとも。しかし、落ち着かれよ。そのように怒鳴られては、下々の者が何事かと思うでしょう。

 人払いしているとはいえ、ここの壁はけして厚くはないのですから」


 そう言ってアリウスは宥めるが、フアンには子供に諭すような口調に聞こえ、怒りに火を注ぐだけであった。


 「ええい、もういい!下がれ!」


 「御意」


 堪えきれず吐き捨てるように命令するフアンに、アリウスは忠実に頭を下げ背を向けて退室したが、その顔には忠実とはほど遠い嘲笑が浮かんでいた。

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