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ないない尽くしの異世界譚  作者: コルヴァズの使者
全ての始まり
1/2

プロローグ:神々の戯れ

 2018年のある寒い冬の日、現代日本であるまじき事件が起きた。

 10人以上の人間が、白昼堂々射殺されるという前代未聞の事件だ。犯人である男は、実の父親を皮切りに、その部下であった秘書の女性、運転手の男性、偶然通りがかった通行人など実に11人を、いずこからか手に入れた拳銃で射殺した。挙げ句、犯人である男は、取り押さえられる直前、自分の頭を撃ち抜いて自殺し、全ては闇の中となった。

 多数の老若男女が犠牲になった、あまりに救われない白昼堂々の惨劇は、しばしの間、日本の茶の間を震撼させたのだった。






 わけも分からず死んだと思ったら、目の前には男のようにも女のようにも見える超常の存在がいた。

 男の現状を述べるなら、そんなところだろう。


 「君には異世界に転生してもらう。但し、あげるものは何もないが」


 乱射された拳銃の弾丸に、運悪く頭を背後から撃ち抜かれて死亡した男の前で、超常の存在は心底愉しげにそんなことを宣った。


 「いやー、君は運が悪いのにも程があるね。あの醜悪極まりない愚者が乱射してそれた流れ弾が運悪く跳弾して、君の頭を撃ち抜いたんだからね。ちなみに11人の犠牲者の中で君1人だけが狙われたわけでもない、純粋な事故の犠牲者だよ。加えて、ボクが用意した12枠中唯一のハズレ枠に当選するなんてね。いや、中々凄い確率だよ」


 内心で辟易している男の心中を知ってか知らずか、超常の存在は頼んでもいないのに嬉々としていかに運が悪いかを解説する。


 「フフフ、本当に愉快だ。あっちに送り出す前からここまで愉しませてくれた人間はそういないよ」


 別にお前を愉しませる為に死んだ覚えはないし、死後までお前の思惑通り言い様に使われてたまるかと口を開くが、不思議なことに男の声は全く出ない。仕方なく内心で毒づくすることしか、男にはできなかった。


 「そんなに心底嫌そうな顔をしたって、ダメダメ。これはもう決定事項さ。他ならぬボクが決めたんだから絶対さ。

君は異世界に転生する。異世界である以上、戸籍は勿論、親類縁者すらいない。当然ながら職もないし、財産もない、完全な無一文だ。それどころか、君の場合は言葉すら通じない。

 さあ、そんなないない尽くしの状況で、君はどんな風に生き足掻いてくれるんだろう?ボクは今から愉しみで仕方ないよ」


 超常の存在の独白は続く。

 男に聞かせているようで、その実そうではなく、聞いていようがいまいがどうでもいいのだと男は感じた。

 なぜなら、超常の存在の目は男を見ているようで、実際には何も見ていないからだ。


 「じゃあ、いってらっしゃい。精々、必死に生き足掻いておくれ」


 そんな言葉と共に、男は突如落下した。まるで、真下に突如、穴が空いたかのように。


 「まあ、今回はそれすらも無理だけど……。ああ、本当に何て君は運が悪いんだろう」


 超常の存在────無貌の神は、意味深に呟くのだった。






 いずこかへと落とされた男が次の瞬間に感じたのは、凄まじいまでの熱だった。

 その熱さと言ったら、灼熱という言葉ですら足りぬ。まるで世界そのものが燃えているかのようであった。

 あまりの熱さに耐えかねて目を開ければ、視界に入ったのは中央に鎮座する巨大な炎だ。


 「ーーーーーーーー!!」


 何かを言おうとして、男は言葉に出せなかった。

 なぜなら、男は一瞬にして恐怖に支配されていたからだ。


 男は一目で理解してしまったのだ。存在としての圧倒的な格の差というものを。

 巨大な炎が内包する凄まじいまでのエネルギーは、男に本能的な恐怖を抱かせるには十分過ぎたのだ。


 はっきり言って、男と巨大な炎との間には比べるのもおこがましい隔絶した差があった。

 月とすっぽんどころの話ではない。すっぽんを蟻に、いや、ミジンコにしたところで、男と巨大な炎の正確な対比は成立しないだろう。


 そんなわけで、男の全身が恐怖で震え、歯の根が合わないのも当然であった。

 むしろ、糞尿を垂れ流していないのが奇跡であった。

 

 ────残念ながら、それは奇跡でも何でもなく当然だ。なにせ男の肉体はとうに焼失しているのだから。


 恐怖に震え、怯えているのは、剥き出しの魂だけとなった男であり、反応しようにも肉体はないのだ。

 だが、男には直ぐさま取り繕う必要ができた。口も目もない巨大な炎が、自分の無様に不快感を露わにしたように感じられたからだ。

 実際には天敵にいいようにやられたことを不愉快に思っているだけで、男のことなど歯牙にもかけていないのだが、恐怖に支配された男は知るよしもない。


 そう、巨大な炎が如き存在は、かの無貌の神の天敵であった。

 天敵のやることなすこと全てが気に入らない彼は、天敵が最近執心している箱庭たる世界に異世界の人間の魂を放り込んで遊んでいるのを見て、今回も邪魔してやろうと横槍を入れたのだ。

 具体的には、無貌の神が能力マシマシにした挙げ句、境遇も最高クラスというまさに異世界転生チートの名を欲しいままにするだろう存在、つまり天敵が最も手をかけたであろう存在を台無しにしてやろうと企んでいたのだ。


 だが、目の前にいるのは狙っていた標的ではなく、何も与えられていない恐怖に支配された人間の魂があるだけだ。折角、天敵が使った力を無為にしてやろうと思って招いたというのに、何も与えられていないのでは意味が無い。

 唯一、天敵から与えられたものと言える肉体も、天敵の気配が不愉快でこの空間に招き入れると同時に焼き払ってしまっていたが、異能や才能、事象に干渉して境遇を良くすることに比べれば、肉体の形成使う力など微々たるものである。これでは嫌がらせにもならないだろう。


 八つ当たりで、目の前の魂を欠片も残さず消し去るのは身じろぎするより簡単だが、それをやれば、むしろ、横槍を読んでいた天敵にまんまと一杯食わされただけになる。前回の被害者(召喚時に死亡)によって召喚されて以来、この機会を待っていただけに、やられっぱなしのは癪であり、許容できなかった。


 故に、それは単なる思いつきだった。

 天敵の箱庭に、奴の思い通りにならない異物を放り込んでやるのはどうだろうかと?

 あの箱庭は天敵がふんだんに手を加えており、およそ奴の思い通りにならないことはないと言っていいだろう。

 だが、そこにこの魂を放り込んでやるのは、天敵への嫌がらせになるのではないかと。


 無論、異能を与えるつもりもないし、己の力を分け与えたりもしない。

 単にこの魂は、天敵に干渉・操作されることが絶対になくなるだけの話だ。

 滅ぼしてしまった肉体はサービスしてやる必要があるが、己からすればさしたることではない。

 むしろ、その程度の労力で、少しでも天敵の邪魔をできるなら、最高に愉快なことであろう。


 結論を出した巨大な炎の如き存在は、必死に恐怖を抑え込もうとしている魂を問答無用で包み込むのだった。



 ────暑いとかそういうレベルではない。内側から爆ぜるように熱い、いや、溶けるとでも言うべきだろうか?


 男が炎に巻かれたと思った瞬間に感じ取ったのは、己が認識を超えた凄まじいまでの熱さであった。

 そして、巨大な炎だと思っていた存在が、実は燃えているのではないということに気づいた。

 それはどこまでも暴力的なエネルギーの奔流だった。

 周囲のものが過剰に注がれたエネルギーによって、結果的に燃えているだけであり、炎は本質ではないのだと。


 無論、そんな中に放り込まれた男の魂が無事あるはずがない。限界以上のエネルギーを注ぎ込まれて爆ぜる直前であった。というか、男的にはさっさと爆ぜて消滅したかったに違いない。

 なにせ、男は現在進行形で魂を無理矢理拡張中だったからだ。


 それは想像を絶する痛みであった。どんなに我慢強い人間であろうとも絶叫していたであろう。


 いや、はっきり言おう。男はその痛みだけで精神を壊されていた。それも何度もだ。

 何度も壊されているのはおかしいと思われるかもしれないが、巨大な炎の如き存在が壊れるごとに直しているだけの話なので、何もおかしくはない。


 酷い話になるが、別に巨大な炎の如き存在に、男の魂を拡張する意図は欠片もない。

 ただ、肉体の形成している間に、己の暴力的なまでのエネルギーの奔流に晒された結果、そうなるというだけの話なのだ。


 もっと言うと、男の魂が爆ぜていないのは、偏にやられっぱなしになるは癪だからだし、精神が修復されるのは、また待つのは面倒だし、代替を探すのも手間がかかると言うだけの話であった。

 そんな理由で、地獄の責め苦すら生易しい痛みを受け続けるのだから、男としてはたまったものではない。 

 客観的に言って、いっそ殺してやるのが慈悲と言いたくなるレベルであったが、彼の存在にとってそんなことは知ったことではないのであった。


 限界の限界まで魂を拡張され、魂さえもすり切れかねない痛苦を伴った肉体の形成は終わった。

 その間に男の精神が壊れた回数は、5桁を超える。最早、なぜ正気でいられるか分からないレベルである。

 男はまさに精も根も尽き果てたという体で、成形されたばかりの肉体にもかかわらず、本来黒いはずの髪は老人の如く真っ白になっていた。まるで、燃え尽きた灰の如く……。


 巨大な炎の如き存在は、そんな様子を満足気に見つめ、己の試みが成功したことにご満悦であった。

 容姿や身体的特徴などは、特に天敵のデザインから変えていない。自分の人形のままと思わせるのが肝要なので、当然と言えば当然だが、そのままと言うのも癪なので、己の存在を暗示するように白髪に一房、紅を加えた。


 ────察しのいい天敵のことだ。直接対峙すれば、必ずや己が手を加えたことに気づくであろう。


 思うがままにならぬ人形に、業を煮やして直接降りたって対峙したその時、必ずや天敵は歯噛みする。

 その時が来れば、多少は力を貸してやってもいい。万が一にもそこまで辿り着けばの話だが。


 万事整えた後は、形成した肉体ごと天敵の箱庭に放り込む。後は彼の存在の知ったことではない。

 別に上手くいかなくても問題は無い。これは悠久の時を生きる彼らにとっての戯れ、単なる手慰みに過ぎないのだから……。

神様の名前はあえて出しません。まあ、丸わかりかと思いますが……。

天敵たる神様の方は独自解釈があります。原典だと炎の神とされていますが、この神様、眷属に冷気を操る神がいるんで、熱を操るのが正しいのではないかという説があります。私はこれをエネルギーをプラスにもマイナスにもできると解釈しました。これが正しいというのではなく、この小説の中ではそういう存在とするということですので、余所への持ち出しは止めてください。

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