いわゆる「なろうテンプレ」批判への、一ユーザーとしての考察と提言
「なろうテンプレ」の是非論争がまた盛んになっている様なので、私なりに考えた事を書いてみたい。
まず、いわゆる「なろうテンプレ」自体は成功したストーリー類型の一つでしかないのだが、これが何故に批判を浴びるのかと考えてみる。
要は、総合ランキングがほぼ一色に染まっている、テンプレの商業コンペ受賞率が高い(つまりデビューしやすい)辺りを快く思わない人が、結構いるという事なのだろうか。
これについてだが、ジャンル別ランキングがもっと着目されれば良い様に思う。運営も無策ではなく、夏にホラー、冬に童話の公式企画を毎年行っていたりするのだが……ジャンルの多様化という面では、現状、効果が今ひとつの様に思う。
そこで、こういったジャンル限定企画を、商業出版に結びつく様に出版社とタイアップ出来ない物か。
「ホラー」「童話」に限らず、例えば「SF」「学園」「伝奇」「架空戦記」「推理」等々、ジャンルを特定した商業コンペを誘致していけば、作品の多様化に大きく効果があると思う。
また、それと併せて、既存会員外からの新たな読者を、もっと誘致・開拓出来ないか。 例えば推理物コンペを開催すれば、その様な書き手と共に、推理小説を愛好する読者もまた、新規会員として集まって来る事が期待出来る。
その為には、タイアップした出版社を通じ、「小説家になろう」の存在をアピールする事も重要だろう。
無論、「なろうテンプレ」を好む既存会員に、嗜好を変える事を促す必要は無い。「こういう物もある」というメニューの提示を超えて強く推奨するならば、それはただの大きな御世話、押しつけでしかないのだから。
これはパイの奪い合いでは無く、拡大である。故に「なろうテンプレ」を好む層の脅威にはならない。
面積や仕入れ数に限りのある実店舗の書店なら、特定ジャンルのコーナー拡大は、別ジャンルのコーナー縮小に繋がってしまう。しかし投稿サイトである「小説家になろう」はゼロサムではないのだから。
但し、「総合ランキング入り、あるいはコンペ受賞狙い」で、自分の好みを二の次にして「なろうテンプレ」を執筆する書き手は減っていくだろう。元より自分の好みを棚上げして、流行を追ってランキング入り出来る才能のある人は、少数派であろうとは思うが。
ジャンルの多彩化が進んでも「なろうテンプレ」を好きな人は書き続けるであろうし、多くの人が支持しているのだから、あえなく消滅してしまう程に脆弱な物とも思えない。
さて、「なろうテンプレ」を否定する意見の理由として今ひとつ考えられるのが、「内容に対する嫌悪」。ぶっちゃけ、「さえない男が異世界に行ってチーレムでウハウハ」という展開が不愉快という物だ。
これについては「好みの問題であり、他者の嗜好を否定すべきでない」と思う。
これが理由で「なろうテンプレ」を批判する人の場合、他に理由がないならば、仮に現状とは違う他のテンプレが台頭したとしても、それに対しては内容に嫌悪感を感じない限り批判しないと思われる。
むしろ、新たなテンプレが自らの好みに合致したならば手放しで賞賛し、それに沿わない作品は「余所へ行け」「場違いだ」と言い放つ人すら出るのではなかろうか。
「多様性の観点から、なろうテンプレばかりが注目される現状をどうにかしたい」という意見には、皆で知恵を出し合おうと言える。先に述べた私の提案もその一つだ。
だが、倫理的な面からのゾーニング要請(これにも自分は疑問だが、社会との折合いでやむなしだろう。性的な作品が一般扱いだと、バナー広告主からのクレームもあると聞く)以外で、「内容が不愉快だから問題」という批判はいかがな物か。
無論、「不快である」という意見の表明自体は自由なのだが、「なろうテンプレ」の存在その物を否定するのは行き過ぎであろうと考える。
表現者としても読者としても、「表現の封殺」だけは厳につつしみたい。




