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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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購入した家は幽霊屋敷だった? 2

 屋敷で一夜を明かした俺は、何も起こらなかったことに対して拍子抜けしていた。


 何か起こればアシンが同衾(どうきん)できたのに、クソッタレが。


 多少埃の臭いが気になった程度で、この屋敷で他に気になる点は見当たらなかった。外から見た雰囲気の重さは確かに異常だったが、いざ中に入ってみると思ったよりは普通だった。


 何も起こらなかったのに、アシンは依然としてビビりっぱなしだった。朝飯を買うついでに買い物に出かけた時も、やたらと屋敷の中を気にしていた。

 何か視えているのかという思いが過ぎりもしたが、視えているならきょろきょろはしないだろうから、やはりアシンはビビりなだけだという結論に落ち着いた。


 まあ、幽霊によく似たものは存在する。対処法がちと面倒だが今の俺なら簡単に祓うなり滅するなりできるだろう。

 それがこの屋敷に住み着いているのなら、家主としてきっちりと家賃を請求するか立ち退いてもらう他ない。


 そんなことを、硬パンを齧りながら考えていた。


「あの家はやめといた方がいいわ。これはあたしの勘だけど何かいる」

「何かいるとしても倒せるから問題なし。さっさと帰るぞ」


 頑なに屋敷を拒否するアシンは甘パンを齧りながらフードを目深に被った。


 パン屋の店長には今度何か礼をしねえとな。不動産屋を紹介してくれたお陰で念願の家を手に入れることができた。それも格安で。

 アシンは何かにつけて文句を言ってくるがこの際それらはすべて無視だ。埃っぽさを除けば非常に快適な屋敷なんだから、悠然と暮らせばいい。


 何か出たら出たでアシンが俺に泣きついてくるだろうし、役としての得を是非いただこうじゃねえか。


 アシンの意見は俺に聞き届けられることはなく、俺たちは寄り道することなく屋敷に戻ってきた。びくびくしながら俺の後ろを着いて回るアシンは普段の刺々しい雰囲気とは違い、小動物のようで非常に可愛らしい。


 買ってきた荷物を整理する。魔力で動く冷蔵庫に生鮮食品を詰め込み、昼飯にチャーハンでも作ろうかと思い、米によく似た穀物と適当な野菜をキッチンの上にまとめて置く。

 料理をするにはまだ時間が早いので、リビングで今後の予定を考えようと地図を広げた。


「ちょっと!! 真空!!」


 俺がまず何処へ行こうか考えていると、悲鳴のような声を上げながらアシンが俺の部屋の戸を開けた。


 どうやらローブを脱いで一息吐いている時に何かが起こったようで、アシンのローブの中身を初めて見る形になった。


 おっぱいはデカかった。


「あ、あたしの! 部屋に! 部屋に!!」

「うっせえ。叫ばなくても聞こえるっつーの」


 窓にじゃねえのか、なんていうくだらねえネタが一瞬過ぎったのを振り払い、半狂乱になっているアシンの話に耳を傾ける。


「勝手にローブが飛んできたのよ! あたしに向かって!」

「風じゃねえの?」

「窓を開けてたらあんたなんかに頼らないわよ!!」


 実際に実物を見たのならともかく、そんなポルターガイスト程度で泣かなくてもいいだろ。どんだけ幽霊苦手なんだよ。


 しかしまあ、何かが起こるはずもない空間で何かが起こったということは、まずあれ(・・)がいるという証明になる。アシンには説明しても依然ビビるだろうから説明しないでおく。

 それに、涙目のアシン可愛い。


 我ながらゲスだとは思うがこういうのは男の性みたいなもんだろ。下半身モンスターとまではいかねえにしろ、見てくれの良い女といれば、好きでなくても何かしら手を出したくなる。


「しょうがねえな。ちょっと見てくるから待ってろ」


 アシンがビビりまくっているので、大人しくローブがひとりでに飛んだという部屋の様子を伺う旨をアシンに伝え、リビングから離れようとすると、腕をがっしりと掴まれた。


「あたしを独りにしないでよ……!」


 そういう台詞は、もっと真面目な状況で聞きたかったなあ。


 悲しみに暮れる俺はアシンの部屋の捜査を始めた。

 床に乱雑に放置されたローブはアシンの性格から考えると不自然に感じた。こいつなら多分、片付けはきっちりやるだろう。ベッドの上にすら置いていないということはあり得ない。


 となるとやはり、俺とアシン以外の第三者がこの家に存在することになる。人類かそれ以外か、生者か死者か、そのどちらかはまだ断定しきれないが大方の予想はこの事件の前からついている。


 デミゴースト。リッチーがこの世に召喚した死者が、何らかのアクシデントであの世に帰られなかった、帰らなかった者。人類かそれ以外かはまだ見当がついていないが、このポルターガイストの原因はそれだ。


 何が目的なのかは本人に問い質さなければ分からない。そもそも姿を現さなければ捕まえることすら難儀な存在だ。適当に虚空を掴めば、俺の右手なら捕まえられる可能性が塵ほどはあるが、壁抜けできる相手である以上、この屋敷で闇雲に腕を振るう程度じゃあ捕まらない。


「なんとかできねえことはねえが……」

「ならもったいぶってないで早く何とかしてよ!」

「アシン、独りで大丈夫か?」


 俺がそう言うと、アシンの顔から血の気が引いていった。

 確かに、この状況でビビりを独りにするのは相当に酷だ。しかし、アシンが狙われている可能性が高い以上、俺が常に傍にいてやるとデミゴーストはおそらく姿を現さない。


 その旨を伝えてやると、アシンは目に涙をいっぱいに溜めながらゆっくりと頭を縦に振った。


 流石にここまで怖がっていると、可愛いとかよりも独りにするのが可哀想になってきた。

 でも、独りにしねえと出てきやがらねえからなあ。捕まえたら、後の処分は全部アシンに任せるか。





 飯時以外はアシンをあえて独りにして丸一日様子を見ていたが、ついぞデミゴーストが姿を現すことはなかった。それどころか、アシンが俺に話したことを知ってか、そいつはあれ以降何も行動を起こさなかった。


 ヴェスが沈み、昇り、夜が明ける。夜の間ずっと、部屋の隅で薄着のまま縮こまっていたアシンは体を冷やしたようで、風呂に入りたいと伝えてきた。

 脱衣所の前で見張っているように願われた俺はその願い通り脱衣所の戸の前で座り込んでいた。


「……まさか、風呂には出ねえよな」


 言ってからフラグだと気が付いた俺は心の中でアシンに土下座した。


 幽霊じゃねえが、そういうことを話していたり考えていたりすると寄って来るという迷信を今だけは馬鹿正直に信じて、まったく別のことを考える。


 アシンって、スタイルいいな。

 最初にアシンが涙目で俺の部屋に突っ込んで来た時から思っていた。見てくれも良い、スタイルも良い、性格も……まあ、うん、悪くはねえ。

 人間からはともかく、エルフからは相当モテるだろ。ちょっとマゾっ気のある奴からすればこれ以上ねえ優良物件だ。


 目を引きつける銀髪と呑み込むような黒い瞳が、アシンという一人のエルフをそのまま如実に表している。

 髪や肌も、手入れをしてねえにしてはかなり綺麗だ。素材の良さってやつだろう。


 クッソ手え出してえ。

 その劣情はぐっと抑え込む。俺はアシンを更生させると決めたんだ。英雄という存在をこれ以上貶めねえためにも、そんな下卑た真似はできねえ。まあ、頭の中でどうするかは思想の自由だ。この劣情は自家発電で自己完結させておく。


 シチュエーション的には真後ろで風呂に入っているっつーかなり良いものだ。耳をそばだてれば衣擦れの音も聞こえてきたし、それだけで十分に捗る。何がとは言わねえが。つーか言えねえ。


 どうせなら出血覚悟で全裸でも拝むかと、最低な決意を固めて立ち上がった俺が戸を開けようと手をかけようとした瞬間、その戸が俺の力ではない別の力で開かれる。


「真空っ!」


 全裸のアシンがタオルを片手に俺に抱きついてきた。一瞬見えたその顔は、涙か湯かで濡れていた。


 えっと……何この状況。


「窓に、首がっ! 首だけっ!!」


 アシンが俺の胸で震えながら言う。その言葉につられて風呂場の窓を見れば、確かに首だけの影が映っていた。

 その影はアシンがいなくなったからか、俺に気付かれたからか、ふっと姿を消した。


 だが、今すべきことはその影を追うことじゃあねえことは確かだった。


「……もう嫌っ、嫌あっ!」


 俺に縋りついているアシンは駄々をこねる子供のように泣きじゃくっていた。どうすることが正解か分からない俺は、頬をかきながらアシンの胸を堪能していた。

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