購入した家は幽霊屋敷だった? 1
アシンがエイクに決闘で勝利してから約一週間が経った。俺も服を新調し、心機一転でアスマリアの観光をしている。
だが、俺の心の中にはとある欲望が蓄積していた。
「なあ、家欲しくね?」
唐突に口にした欲望に、アシンは怪訝な目で答えた。
「文句あんのかよ」
「エルフが暮らせる家なんてあるの?」
「事故物件とかならいけるいける。最悪奴隷って言えば何とかなるだろ」
「嫌よ。あんたの奴隷になるぐらいなら舌を噛み切って自殺するわ」
嫌われ過ぎだろ。今までの半生で自殺しなかったアシンが自殺を選択肢に入れるって相当だぞ。俺がやったことって、集って脅しただけで他はフォローとか入れてやってるだろ。
前者二つで第一印象が決まってしまったと言われればそれまでだが、ここ一週間はちゃんとアシンを女として扱ってるし、チャラにすると言われた分の飯代も返した。
男を見せたというのにこの扱いはいかがなものか。
寝起きのアシンはとても機嫌が悪く、ナイフが眉間目掛けて飛んでくる日まである。痛い以外に実害はないが、そのたったひとつの実害がデカすぎる。
それはともかく、俺は今、非常に家を欲している。理由は単純、虫が嫌いだからだ。
昆虫らしい昆虫ならいいんだが多足系の虫となると途端にきもく感じる。目が覚めた時に百足のような虫と目が合い、即座に炎系の魔術で焼きを入れてやったことは記憶に新しい。
こんなことを繰り返していたらそのうち森を焼きそうだ。だから、俺は早急に家が欲しい。
「分かったから、とりあえず家買おうぜ家。金は俺が出すし、家賃も取らねえからさ」
最大限の譲歩をして家の購入を提案する。路上で寝るという選択肢もあるにはあるが、どうせなら家を買った方がいい。ゴキカブリみてえな虫がいねえと断言もできねえしな。幸い金には困りそうにねえ。適当な売り物件を探して、そこを拠点にここから世界旅行を始めればいい。
これといった荷物も家具も持たない俺たちなら、家を買ったその瞬間から住み込める。だから、一刻も早く家を買って、害虫共からおさらばしたい。
「あんたは、どうしてそこまであたしと一緒にいたいの?」
俺の気持ちと質問をガン無視して、アシンは自分の疑問をぶつけてきた。
「どうしてって、そりゃあ一人より二人の方が楽しいだろ。特に、気に入った相手とならな」
「あたしはあんたのこと嫌いって言ったわよね?」
気持ちが一方通行すぎる。俺はこんなにも気にかけてやっているのに、アシンはそれに応えようとはしない。返って来るのは罵詈雑言だけだ。
こいつ、マジで自分の立場をどうにかしようとする気があるのか? この一週間は俺にアスマリアの説明をしてるだけで、他に何もしてなかったぞ。
俺がアシンの行動を制限していると言われればそれまでだが、それならそれでちゃんと反抗すればいい。こいつが俺に反論反抗することは日常茶飯事なんだから。
「でもまあ、あたしに手を出さないって約束するなら、一緒に住んでやってもいいわ。雨風も凌げるし」
「ツンデレじゃねえか」
この世界に「ツンデレ」という単語が存在するとは思えねえが、つい俺の口から突っ込みが飛び出す。
しかし、アシンのツンデレ台詞の口調からは呆れたような、仕方ないといった感情がひしひしと伝わってきた。結構俺も頑張ってるんだし、そろそろ多少のデレぐらいあっても悪く言われねえんじゃねえの? このままだとエルフ救済のモチベ上がんねえよ。
こいつにはフラグ建たねえなと思いつつ、俺たちはアスマリアに繰り出した。
■
アスマリアにある不動産屋は意外にも一件しかないらしい。
アシンも流石に不動産屋の場所までは知らなかったので、世話になっているパン屋の店長からの情報だ。
あの店長は良い奴だ。エルフに対する軽蔑も他の人間と比べるとマシだし、何より常連になるとパンをひとつおまけでもらえる。餌付けされている感が否めねえが安く多く良い飯を提供してもらっているのだから、信用に足る人物なのは違いねえ。
エルフでも住める家を紹介してもらったところ、街外れにある小さめの屋敷がそうだと言われた。いわゆる曰く憑きで、事故物件ではないものの「出る」という噂が絶えず、時折物好きが買っては一月もせずに手放すということで格安で売り出されていた。ここ数年間はその噂が尾ひれを引いて購入者がいなかったらしい。
アシンがローブ越しでも分かるほどに隣で震えていたので、嫌がらせの意味を込めて即買いした。俺との出会いの時といい、アシンはどうもオカルトに弱いようだ。
「あの店員も意地が悪いわね。私がエルフと知って、嫌がらせみたいな家を紹介してきたじゃない」
「震え声で言われてもなあ」
俺の手を掴むほどビビっているわけではないが声が震えていては誰にでも強がりだと見抜ける。店員だって、客である俺の要望に応えて物件を紹介しただけにすぎない。それで文句を言っていいのはクレーマーだけだ。
俺たちが野宿していた場所の正反対の位置にその屋敷は建っていた。城の背がよく見える屋敷から見える景色は、この世界に来てから見たものの中で最も美しかった。
屋敷から漂う雰囲気は相当に鬱屈したそれだったが。
「ね、ねえ、本当にここで合ってるの? 店員が嫌がらせで別の屋敷を紹介したとかじゃ――」
「――たのもー!」
店員にもらった鍵を使って正面の扉を勢いよく開ける。
ここ数年間誰も住んでねえだけあって屋敷全体の空気が淀んでいる。扉を開けた途端にその重い空気が俺を舐めるように過ぎ去っていった。
その風を俺の後ろで受けたアシンは冷や汗を流していた。
「先に好きな部屋選んでいいぞ」
「あ、あんたの隣でいいから!」
デレ期だと思いたいが、涙目で言っているせいで素直に喜べねえ。まあ、この状況でアシンを独りにするほど俺は鬼畜じゃあねえ。あわよくばビビったアシンが俺の部屋に来ることを狙っているだけだ。
俺のすぐ後ろにぴったりと引っ付いて、しかし俺には触れない距離を保たれていることにそこはかとなく落胆しながら、屋敷の見取り図を片手に手ごろな部屋を探す。
景色を見るならやっぱ二階だろ。窓があるお陰で城の背面が見えるからな。あっちで言うところの太陽――ヴェスの沈む方角的に、赤く焼ける城がよく映える。
あまり長居はしねえかもしれねえがそういう景色は心を落ち着けるのにちょうどいい。アシンがボロカスに言われた日には綺麗な景色を見せてやろうという、俺の聖人的な判断だ。
屋敷の正面から見て左側の一室の戸に手をかけた俺は符振り返ってアシンに声をかける。
「じゃあ俺ここにするから、両隣のうち好きな方の様子見とけ」
俺が気を利かせてそう言うや否や、アシンはトイレに近い方の部屋の中へ消えて行った。
……子供かあいつは。