捕まえたエルフは激強だった? 6
王の部屋から出た俺たちは、エイクが拗ねた時には自室に引きこもっているという情報を手に、城の中を徘徊していた。
王からその情報と共に城の詳細な地図も渡された俺たちは、迷うことなくエイクの自室を目指している。
アシンがフードを外したことにより、集まる視線の数がとてつもなく増えた。一々突っかかられるのも面倒なので、俺はつなぎの上半身を脱ぎ、肩を露出させている。
上半身タンクトップ、下半身つなぎ、腰には袖を巻いて、右腕は包帯で覆われているという、字面だけでも異常な俺の恰好にも注目の要因はあるだろう。
「もうため息も出ないわ」
「視線ぐらい我慢しろよ」
「そうじゃないわよ」
さっきの視線が我慢できていたなら今の視線も訳ねえだろうな。ていうかこいつストレス溜めこみすぎだろ。俺と会ってから何回ため息を吐いてんだよこいつ。
ま、九分九厘原因は俺だが。
ほとんど俺のせいでストレスが溜まっているとはいえ、今回ばかりは俺は無関係、のはずだ。だって変な恰好で隣歩いているだけだし。
「あたし、あいつ嫌い」
そう言ったアシンの瞳には、人間という種族に対する憎悪ではなく、エイクという一人の少女へ向けられた嫌悪が宿っていた。
「何だってそう嫌うんだよ。エイクはエルフを救おうとしてんだぞ?」
「あいつは自分のためにエルフを踏み台にしようとしているだけよ。そんな慈悲ですらないエゴなんて、こっちから願い下げだわ」
吐き捨てるようにエイクへの愚痴を吐露したアシンは目的の部屋の前で立ち止まった。
そして、荒々しく煌びやかな戸を開けると、部屋にたったひとつだけある椅子に座って一冊の本を読んでいるエイクの姿が目に入った。
タイトルは「全て救う英雄」。俺をモデルにした本なのか、表紙の主人公であろう男の容姿は黒髪黒目だ。
ずんずんと部屋に入って行ったアシンはエイクからその本を取り上げ、顔を近付けてこう言った。
「あたしと決闘しなさい」
■
かくして、ルアニキス王国の姫と、エルフの決闘が開始されようとしていた。
観客は非常に少なく、相当に暇だったであろう騎士が数人、城の中庭にある決闘場に観戦に来ているのみだった。騎士の誰もがエイクの勝利を信じているんだろうが、生憎そうはならないだろう。
エイクがどれぐらい強いかは知らないが、所詮は人を殺したこともないお姫様。対してアシンは、騎士すらも楽々殺せるだけの実力を持っている。完全にアウェーとはいえ、アシンが負けるはずがない。
という考察を一人でしていると、俺の右隣に一人の騎士が座った。
甲冑こそ着込んでいないが胸に付けた勲章はルアニキス王国のそれと一致していた。風貌は至って普通の好青年。銀と蒼の髪と目が、爽やかさを生んでいた。
「貴方がマソラ・ロイグ=スカイハートさんですか?」
「そうだが?」
「やはりそうですか。城内で噂になっていたので、もしやと思いまして。申し遅れました、俺は王国直轄騎士団で副団長を任されているレオン・リウムという者です」
レオンと名乗ったその好青年が握手を求めてきたので、渋々右手で返す。
やはりと言うべきか、俺のことは早速城の中で広まっているようだ。そりゃあつなぎ着た黒髪黒目とか、こっちじゃあ激レアも激レアだろう。目についたそいつが俺だと思ってまず間違いねえ。
決闘場の中央に立つ二人を視界に戻す。レオンもそうしたようで、隣から感じる視線は消えた。
「エイク様が勝利を収められた場合にはマソラさんの旅の同行、あのエルフの少女が勝利した場合にはその拒否、ということで確かですか?」
「そうだが?」
「エイク様がマソラさんと同行される場合に、護衛として俺が同行させていただくことになりました。よろしくお願い致します」
「あっそう」
相手がまともな返事を返してねえのによくもまあ喋るこった。こいつは空気ってもんが読めねえのか? 読まねえ俺と違って、ナチュラルだから余計に面倒くせえ。
まあ、護衛がつくならそれは俺にとって好都合だ。適当なところで蒸発して、以降ルアニキスに近付かねえようにすりゃあ何とかなるだろ。できればアシンとは打ち合わせをしときてえが、無理なようなら仕方ねえ。後からアシンに接触する方向で計画を練るべきだ。
つーか、そもそもアシン負けねえけど。
こいつもエルフだからってアシンのことを雑魚だと思っているクチだな。
いやあ、どうなるか楽しみだぜ。
ゲス顔を浮かべる俺のことなど誰も露知らず、決闘の開始を知らせる鐘の音が辺りに響いた。
決闘の開始は鐘の音が鳴り終わってから。空気が静まり返った瞬間を、この場の誰よりも早く感知したアシンは全力の身体強化を以てエイクに肉薄した。
弾かれるように迫ったアシンに反応が送れたエイクは驚きからか、恐怖からか後退しようと片足を浮かせる。
その重心移動の瞬間を見逃さなかったアシンはエイクの重心が後ろに偏ったのを利用して、エイクの肩を掴んで地に叩きつけた。
エイクが呻いたのは一瞬。目を開けたエイクの首筋にはナイフが紙一重の状態で寸止めされていた。
数秒で片が付いたこの決闘は、俺の予想通りアシンの勝利で幕を閉じた。
騎士たちはこの結果が予想外だったようで中には席を立っている者もいる。その光景が滑稽で、俺はいつの間にか口角が上がっていることに気が付いた。
「じゃあな」
隣に座るレオンに別れを告げて、俺は席を立った。
■
決闘場の出口には怠そうに首を回すアシンが立っていた。
「お疲れさん」
「ん」
労いの言葉に対する素っ気ない返事はいささか不満だったが不機嫌なことは間違いねえ。下手に突いて藪蛇ってのも面倒だから、必要以上に絡むのはやめておく。
忌々し気に虚空を睨むアシンはそれ以上俺と会話することはなく、城の出口に向かって真っ直ぐに進んでいく。その足取りは男の俺からしても早く、競歩かという突っ込みを入れたくなるほどだ。
そのまま禁止区域を抜けて一般区域に戻り、俺たちは相変わらず視線を一身に受けながら城から出て行った。
城を出て街を抜け、森に戻ってきた俺たちは、もといアシンは漸く足を止めた。一度、大きく深呼吸をしたアシンは大きく息を吸い込む。
「あの程度で世界を救う? 笑わせないでよ」
嘲るように笑いながら、アシンは言った。
「才能があるクセに、恵まれた環境にいるクセに、どうしてあたしなんかに勝てないのよ……!」
それはきっと、救われたいと思うアシンの心からの叫びだった。
普段は斜に構えたような態度のアシンでも、人並みに人並みに暮らしたいという思いがあってもおかしくはない。俺がそうだったように、アシンも普通というものを求めている。
俺は普通を通り過ぎてしまったが、こいつにはまだチャンスが残っている。普通になりたいという願いがアシンにあるのなら、俺はその手助けをしてやる。俺がした失敗を、誰かがもう一度犯すのは見ていられない。
それを、本人に言うつもりはない。言ってしまえば、英雄という存在が自分の味方であるという慢心が生まれてしまう。
ほんとマジで。これも経験談だ。何度も言っているように、俺は日向がいなかったらとっくに死んでいる。
苛立ちを発散するために、樹にナイフを突き立てているアシンの肩を掴む。
邪魔をするなと言いたげな目が俺を睨むがそんなことは気にせずに、
「昼飯、食いに行くぞ」
俺がそう言うと、アシンは憑き物が落ちたかのように力を抜いた。
「あんた、本当に馬鹿じゃないの?」
「そうだって言ってるだろ」
汚物を見るような目に戻ったことに、何故か安堵した俺はアシンを引き連れて昨日晩御飯を食べた定食屋に行くことにした。