捕まえたエルフは激強だった? 5
凍り付いた空気がそう簡単に溶けだすことはなく、一色とエルフと少女の三人は状況を飲み込んでいながら、状況を変えることができない。
無理だろ。これ。
お約束テンプレート的にアシンを押し倒さなかっただけマシだが、これでも十分まずい。何が起これば、見知らぬ一色が親父の部屋のテーブルで寝転がってるんだよ。
弁解しようにも説得力がねえし、城の立ち入り禁止区域にエルフがいる時点で通報はほとんど確定してる。ジジイとの将棋以外で詰まされるのは久々だぜ。
俺とアシンが何もできずに硬直している中、一番最初にアクションを起こしたのは他ならぬ少女だった。
「何者だ、貴様たちは」
少女が半歩後退りながら問いかける。いざとなればいつでも騎士を呼べるようにという、悲しくも正しい判断だ。
流石の俺も、こんな状況でふざけて農家とか答えられるだけの胆力はない。物理的な死は超越しているが社会的な死は勘弁願う。
しかしあくまで、緊張を解す目的でユーモアを込めて俺は答えた。
「小金村真空と愉快なエルフ?」
疑問符を付けながら少女に向かって答えると、視界の端から殺気が飛んできた。その殺気の発生源に視線を注ぐと、脇差に手をかけたアシンがこっちをえらい顔で睨んでいた。
そりゃあもう、さっきまで王に向けてたような殺気だった。
当の少女はと言えば、俺の答えが納得いかないのか、アシンほどではないものの俺を睨んでいた。
「貴様のような怪しい者が、小金村真空であるはずがないだろう」
何故か血も繋がっていない赤の他人に自分自身を否定される。驚きすぎて思わず「は?」と口をついて出た。
失言だったかと思ったが少女はそんなことを気にする素振りはなく、悠々と語り始めた。
「小金村真空はこの世界を救った英雄だぞ? 皆を想い打倒魔王を誓い、行く先々の人々を救い、世界を救った後に行方を眩ました、皆が一度は憧れる英雄の中の英雄だ。貴様のような怪人が名乗っていいような名ではない」
事実が歪んでいるんだが?
確かに、魔王をぶち殺して世界を救った後、早々に消えた俺は政治に使いやすかったろうが、まさかここまで英雄然とした英雄にされているとは思わなんだ。この設定最初に考えた奴、絶対内心俺のこと馬鹿にしながら考えただろ。
それでも怪人扱いってのはねえだろ。怪人って、あっちで言うところの悪役だぜ? 悪役ってのは否定しねえがそれを初対面の相手に言うのはいささか育ちを疑うぜ。
しょうがねえ、真空さんが直々にクソ長ったらしい自己紹介をしてやろう。
「小金村真空が世界を救ったのは確かだが、理由は好きな女に振り向いてもらおうとしたからだし、行く先々の奴らはそもそも救ってねえし、行方を眩ませた理由は単純に一色を差別してた奴に刺されたからだし、死んだ後のことはよく分からねえが、俺の死をもみ消したお上が、英雄って肩書きを手にした俺を政治に利用した結果が今の『小金村真空』像だろ。多分」
結局フラれるし、何のために俺は血反吐吐いて魔王倒したんだろうな。挙句逆恨みで刺されて死ぬし、神からも逆恨み食らって呪い受けて異世界に転生だ。悪魔から不老不死をもらってなきゃどういう風に死んでたか、想像もしたくねえ。
後悔こそしてねえが、一歩間違えれば魔王ルート一直線だったと思うと少し身震いする。マジで、日向がいなかったら俺はどうなってたんだろうな。
俺の昔話はさておき、闇に葬られた歴史の真実を告げてやると、少女は鼻で笑った。
「どうしてそんな与太話を信じなければならない? 貴様が小金村真空であるという根拠はなく、その話が真実だという証拠がない。貴様が小金村真空本人なのであれば話は変わってくるがな」
こいつのドヤ顔うっぜえ……!
痺れを切らした俺が遠山のゴールデンさんばりに肩の刻印を露出しようとしたところで、少女の背後に王が現れた。
流石に親父の話なら真面目に取り合うかと考えた俺は左肩にかけた手を放して、ソファに腰を下ろす。
「ふん、負けを認めたか不審者め」
「どうかしたか? エイク」
「おお、父上」
エイクと呼ばれた少女は帰って来た父を一瞥すると、より一層のドヤ顔を俺に向けた。
どうしてここまで俺に対抗心を向けるのかが理解できない。どうやらアシンが視界に入ってないようだから、相当にヒートアップしてるのは間違いない。
王はフードを外したアシンを見て一瞬眉を顰めたが、俺のツレであることを考慮してかやはり何も言わなかった。
「父上、この不審者は何者だ? 浅ましくも父上の部屋で暴れているようだったが」
「小金村真空様とそのお連れだ」
王がそう言うと、少女の表情がみるみるうちに曇っていく。
自分を馬鹿にしてた奴が不幸な目に遭った時のような爽快感が俺の胸中に満ちた。
「まあ、お前には俄かに信じられないだろう」
「こんな、馬鹿げた男が……?」
嘘だと思いたいエイクの問いに、王は黙って頷くことで肯定の意を示した。
震えながら視線を俺に向けたエイクが青い目にいっぱいの涙を溜めていたので、俺はちょっと意地の悪いことをしたくなった。
「どうも、馬鹿です」
俺がそう言うと、エイクは身を反転させて部屋から出て行った。
「あんた、どうして英雄なんて呼ばれてるのよ」
「知らん。当時の王室に聞け」
俺を英雄として祀りあげたのはあいつらだ。理由は聞いてねえが大方王族に一色が産まれたとかだろう。今度記録館にでも行ってみるか。
エイクが去った後、少しの間廊下を見ていた王はため息を吐いてからソファに座った。
テーブルの上は紅茶が零れ、カップとポットの残骸が散乱している地獄絵図だった。純白だった高そうなテーブルクロスには、とっくに紅茶が染みついていた。
このまま話を再開するのは厚顔無恥にもほどがあるので、謝罪を入れる。
「ふざけてたら壊れた。すまん。金は金符とやらから引いといてくれ」
「いえ、お気になさらず。それよりも、娘がご迷惑をおかけしたようで……」
「ガキとしちゃあ、あれが当たり前の反応じゃねえの?」
エイクは小金村真空に相当憧れてたみたいだからな。現実がこんなちゃらんぽらんなら、目を背けたくもなるだろう。
でもなあ、英雄って総じてロクでなしな気がするのは俺の気のせいかね? 俺のイメージとしては、完璧超人だと英雄じゃなく聖人にカテゴライズされてる。
この世界に、それこそ昔からある御伽噺の英雄も、原典を見れば全員どっかぶっ飛んだような性格をしている。むしろ、イカレてる方が正しい英雄像だと言えるまである。
まあ、「皆」はそんな英雄を求めちゃいないって、分かってるんだけどな。
「あの子は、昔から貴男に憧れておりまして……今回現れた魔王も、私が倒すと言ってきかなくて」
あんまり憧れすぎるのもよくねえと俺は思う。自己を見失いかねねえ上に、身の丈に合わねえ無茶をする。そいつが成したことを自分も成そうと馬鹿やって、そして大抵の奴は死んでいく。
そういう奴を知ってるから、俺は自分に憧れてほしくないと思う。
特に、俺は固有魔術あってこその俺だからな。俺みたいに、なんて端から無理なんだよ。
本当に、一色が嫌いなんだな、あいつらは。
俺が物思いに耽っていると、王は続けてエイクについて語り出す。
「真空様が一色という立場をものともせず英雄になったから、私はエルフたちを救ってみせると意気込んで、城の中でも孤立しているんです。あの子は」
あ、これ、面倒事ふっかけられるパターンのやつだ。親が息子娘の身の上について語り出したってことは、俺の経験上百パーで面倒事を任される。
案を求めてアシンを見れば、怒りを抑えるためか、それとも面倒事の気配を感じ取ったのか、そっぽを向いていた。
なるべく自然に、面倒だと思っていることを覚られないように王の目を見る。王の真摯な目がとても痛い。
「……エイクを、貴男の傍に置いてはくれませんか」
役満じゃねえかクソッタレ。
どういう意味でこのおっさんが今の言葉を口にしたのかはどうでもいい。問題は外側だ。変な暗喩でもねえ限り、俺の世界旅行に同行だと? 曲がりなりにも姫を?
責任重大すぎるだろ。万が一途中で死んだら全力で行方眩ましてやる。
頭を抱えていると、隣から視線を感じたので首を動かす。
ざまあみろと言いたげな表情のアシンがそこにいた。