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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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捕まえたエルフは激強だった? 4

「小金村真空、農家だ」


 ドヤ顔でそう言った俺の後頭部が引っ叩かれる。ただの突っ込みのはずなのに、身体強化が掛けられたその一撃は、見事に俺の首を痛めるに至った。


 俺の不老不死って普通の不老不死よりも使い勝手が悪いから、致命傷以外与えないでくれる?


 そんな俺の心の願いが聞き届けられるはずもなく、鼻を鳴らしたアシンは顎をしゃくった。

 アシンの意図を汲んだ俺は筋が痛んだ首を撫でながら、真面目に自己紹介をする。


「小金村真空、元英雄。さる事情があってこっち――ラトストラに帰って来た」

「な、何を言って……」

「何って言われてもなあ。神に魔王モドキを殺せって言われたから帰省しただけだし」


 あの場では軽く承諾したが、俺としては世界を観光してから殺しに行くつもりだ。ここの雰囲気を見る限りでは魔王モドキはまだ本格的に侵攻を開始してねえみてえだし、多少のんびりしてても文句は言われねえだろ。


 柔らかそうなソファの上で動かないおっさんはいろいろと言いたいことがあるのか、少しの間逡巡した後に口を開いた。


「貴男が本当にあの英雄であるのなら、証拠をお見せいただきたい」

「黒髪黒目の一色、男、左肩に王族の刻印、現行の王族とは血が繋がってねえ。この条件で王立歴史記録館に検索かけりゃあ、引っかかるのは俺だけだろ」


 今でも王立歴史記録館が残っているかは知らないが、残っているならこれ以上ない証拠になる。あそこには誰が創ったか、自動で歴史を記録する魔術が組み込まれている。こと歴史においては、あっちの世界のどの検索エンジンよりも正確な情報が手に入る。


 今からそこに行くとなると軽く三十分はかかるから、行くなら一人で行ってほしいが。


 例によって左肩を露出したままの俺をしばらく凝視していた王はすっと目を閉じた。


「その条件に合致する者は、マソラ・ロイグ=スカイハート様以外に存在しません」


 ……その名前、嫌いなんだけど。感謝の意が込められているのは分かるが、俺は小金村真空だし、マソラ・ロイグ=スカイハートって誰? って感じ。

 まあ、んなことを今の王に言っても意味はねえ。言うなら千年前にタイムスリップして、当時の王に直接文句を言うのが筋だ。


「で、まあ用件なんだが」


 落ち着きを取り戻した王の向かいに座って座談会を始める。内容はもちろん、資金面での援助についてだ。


 俺の隣にアシンが座ったことについては触れず、王は真っ直ぐに俺の目を見、そして耳を傾けた。


「砕けて言うと、金くれ」

「はい?」

「俺、昨日まで異世界で暮らしてたから、こっちの金持ってねえんだよ。千年前とは通貨も違うしさ。今日まではこいつ、アシンに借りたからいいけど、アシンもそんなに金持ってる風じゃねえし」


 ちらりとアシンを見ると、憎しみと憤怒を押し殺していた。拳は血が垂れるほどに強く握り、思い切り歯を食いしばって、憎しみに呑まれそうな理性で必死に耐えていた。


 こいつ連れて来たの間違いだったな。


「具体的にはどの程度でしょうか」


 アシンに目を奪われていた俺は王の言葉で目線を戻した。

 どれぐらい必要か。か……いまいち物価もまだ分かってねえからなあ。ちょっと多めに言っといた方がいいか? でもなあ、それがなくなった時にまた集りに行くのも面倒なんだよなあ……通帳と口座の暗証番号書いたメモとかもらえねえかな。


 口座なんてないものねだりをしても仕方ねえ。ここはドンと、あっちのサラリーマンの平均生涯年収でも言っとくか。


「じゃあ、二億五千万ぐらいで」

「では、二億五千万ロイグを貯金した金符(きんぷ)をお渡ししますので、少々お待ちください」

「ちょっと待て、金符って何」


 あっさり二億五千万を渡す王にも驚いたがそれは今どうでもいい。金符とかいう謎のアイテムは一体何なんだ。


 俺に呼び止められて、腰を上げようとしていた王が再び腰を下ろす。


「金符というのはお金を貯金しておけるカードです。会計時にこれを提示していただければその分だけ貯蓄が減るという仕組みになっております」


 電子マネーじゃねえか。

 いや、正確にはちょっと違うがほぼほぼそれと同じ仕組みだ。口座自体は出来上がってねえが、この様子だと近いうちに出来上がりそうだ。魔術的には進歩してねえが、意外なところが進歩してんだな。


 失礼しますと言い残し、自室から王が出て行ったと同時に、隣で気張っていたアシンの気が解れる。肩で息をするアシンに、目の前にあった紅茶を差し出す。


「まあ、そう恨んでやるな」

「何言ってんのよ……! あいつらのせいであたしは、あたしたちは今まで……!」

「エルフを差別するように誘導したのは今の王じゃねえ。昔の王か政治家だ。あいつはそういう世界(・・・・・・)で生きてきたんだ。エルフが差別されていることが当たり前の世界でな」


 ぶっちゃけ、こんなのはただの気休めだ。聖人でもなけりゃあこんな屁理屈で納得したりしねえ。


「当たり前だから、受け入れろって言うの?」

「そうは言わねえ。ただ、嫌なら嫌なりに何かを成して見せろ。自棄になるでもなく、諦めるでもなくな。俺みてえに」


 紅茶を啜る。流石は王室、飲んだことのねえ上品な味わいだ。まあ、紅茶なんぞ初めて飲んだから、飲んだことがねえのは当たり前だが。


 紅茶を飲んで一息ついた俺は黙るアシンに続けて言う。


「自分でできねえなら誰かに任せろ。頼れる奴がいるってのはそれだけで強さだ」


 コネを使った入社とかな。自分が無能でも周りが有能なら、その繋がりが自分の強さになる。それでふんぞり返る奴は大嫌いだが、うまく周りの人間を使うことができるというのもまたひとつの強さだ。


 空になったカップに紅茶を注ぐ。そして、もう一度アシンに紅茶を差し出す。


 どんな形であれ、幸せは他人に伝播する。逆もまた然り。かっかしてるよりは美味いもんでも食って、飲んで、頭の中を空っぽにして美味いとでも思ってる方がよっぽど良い。


「……っ!」


 俺の手からカップを奪い取ったアシンは、そのまま紅茶を一気飲みする。

 そして、紅茶を飲みほしたアシンは机にカップを叩きつけ、勢いよくフードを外した。


 紅茶って、そういう飲み方するもんじゃねえと思うんだが……?


「誰もがあんたみたいに強いわけじゃないって分かってるの?」

「強さの合計値で生き物の強さが決まるなら、俺は間違いなく最強だがな? 世の中はそう簡単じゃあねえんだよ。不老不死じゃなかったら、俺はお前と初めて会ったあの場で死んでるからな。ま、気休めだが、自分の視点を切り替えてみれば少しだけ世界は変わるぜ」


 経験談から、世界の変え方を語ってみる。これはどこまでいっても経験談だから、人によって合う合わないがあるだろう。

 それでも、先達の経験談は聞いておいて損はない。千年農家やってた経験はともかく、十数年人間やってた頃の経験はこいつにとってプラスになると断言できる。


 思い出した今だからこそ、アシンが大昔の、日向(ひなた)と出逢う前の俺と似ていると気付いた。

 そうなると俺はどうしようもなく、このどうしようもないエルフを更生させたい気分になった。ただの気紛れか、それとも、あの時願われた願いがまだ俺の中で生きているのかは分からないが、今はこれでいいと、そう感じている。


 俺の語りを一応最後まで聞いていたアシンは、またしてもデカいため息を吐いた。


「流石英雄ね。あたしには理解できそうにないわ。人間は悪って視点をそう簡単に変えられるわけないじゃない」

「ああ? 俺が悪だって?」

「初対面の相手に集る人間が、どうして善なのよ」


 集られたと思うんじゃなく、先行投資したと思ってもらいたいね。これでも世界を救おうと思う気持ちが塵芥ほどはあるんだから、そのために財布のひとつぐらいの犠牲は止む無しだろ。


 いや、そのうち返すつもりだぜ? 今は無一文だから方々から借りてるだけであって、事が片付いたらちゃんと返す。昔もそうやって生きてたんだし、信じてくれてもいいと思うんだがなあ……


「とりあえず、王から金貰ったら先にお前には返すわ」

「そういうお金の返し方する人間って、まともじゃないと思うんだけど」

「うっせえなあ、後々返すアテがあるんだからいいだろ」

「どうだか」


 こいつほんとは俺のこと嫌いじゃねえだろと内心思う。本心から嫌いなら、こんなくだらねえやり取りすらしねえだろ。俺だって嫌いな奴とはできるだけ関わりたくねえし、話したくだってねえ。


 殺すぞって脅したからと理由付けるには反抗しすぎている。これが世に言うツンデレかと、俺がアシンの性格について予想を立てていると、部屋の戸が叩かれた。


「父上、用事があるのだが入っていいか?」


 俺とアシンは硬直した。

 この部屋の主は王。それを呼ぶ少女ということはそれ即ち姫。今、部屋の主は不在であり、代わりに部屋で寛いでいるのは怪しい風貌の一色とエルフがひとりずつ。そこから導き出される予想はたったひとつ。その予想に、俺は一秒と経たずにたどり着いた。


 通報不可避。


 その五文字が脳に浮かんだ瞬間、俺の体は動き出した。


「……あんた……っ!」


 アシンの脳裏にも同じことが浮かんだのか、アシンも動き出していた。そして、運悪く俺の体とアシンの体が衝突。アシンはソファに倒れ込み、俺はテーブルに背中から突っ込んだ。


 宙に舞うティーカップ、ポット。それらは一定の高さまで舞い上がると、真っ直ぐにテーブルの上に帰って来た。そして、石を削って作られたテーブルに下りたその二つは、あっけなく砕け散った。


「どうかしたのか!?」


 陶磁のカップとポットが割れた音を聞きつけて、少女が部屋に突入してくる。


「「…………」」


 言うまでもなく、空気が凍った。

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