捕まえたエルフは激強だった? 3
鼻歌を歌いながら街道を行く。ここはアスマリアの、いわゆるメインストリート的な通りで、中央には馬車が走り、道の端には様々な店が構えている。
適当な店でパンを|(アシンの金で)買い、軽く朝食を済ませた。欲を言えばもっとがっつり食いたかったが急ぎの用なので仕方がない。
フランスパンを太くしたような硬いパンを齧りながら街を眺める。俺が凱旋した時とは大まかな街の作りは変わってないが景観は大きく変わっていた。
中世ヨーロッパとも言えないレベルで旧い街が中世後期レベルまでは追い付いた。そこまで発達するのに何年かかってんだか。
俺の隣で甘ったるそうなパンを頬張っているアシンは呆けながら歩いていた。
「よく食えるな、そんな胸焼けしそうなパン」
「あんたこそ、よくそんな硬いパン食べられるね」
「顎の出来が常人とは違えんだよ」
このパンはアスマリアでは有名なパンらしく、三十分以内で食いきれたら報酬が出ると大々的に宣伝していた。興味ねえから無視して食べ歩きしてるが。
朝早いだけあって気温もやや低め。目が覚めやらぬアシンは欠伸をしながら身を軽く震わせた。
体温が低いと、筋肉は固まっているらしい。
だからか、アシンは背後から迫る馬車に気が付いても、咄嗟に回避することができずにその場に立ち尽くしていた。
「えっ」
アシンの肩を引いて道の端に寄せる。間一髪で馬車は俺の目の前を通り過ぎて行った。
「テメェどこ見てんだ! 前見て走れボケが!!」
あっちの世界なら通報モンだぜ。ナンバープレートでも付いてりゃ、用事済ますついでに王にチクってやるのによ。
俺の罵声を聞いても馬車は無視して走っていった。何か反論してくれば返り討ちにできたのに、意気地のねえ奴だ。
目を剥いているアシンは俺に抱かれているような形になっていることに気付き、慌てて振り払った。
「可愛くねえ奴」
「……一応、今ので御飯代はチャラにしてあげる」
あくまでも礼は言わないつもりらしい。まあ、飯代をチャラにしてもらっただけで俺としちゃあ十分だ。何せ、約一万が浮いたんだからな。
死人に口なしというか、エルフは相当下に見られている。避けようと思えば避けられただろうに、あの馬車はアシンがエルフと見てわざと進路をずらさなかったように見えた。俺も似たような経験があるから、分からないでもない。
きっと、アシンが轢かれてても、エルフだからっつってあいつは無罪になるんだろうな。世知辛えなあ。
さっきの今なのに、一人で先行するアシンは背中だけ見てもイラついていた。
「あれぐらいでイラついてたらそのうち憤死するぜ?」
「うっさい」
「俺が真ん中側歩いてやっから、そう怒んなって。な?」
「……っ」
あの馬車に相当腹が立っているのか、俺がそう言うと俺の腕を引っ張って自分の隣に寄せた。
そのままずんずんと歩いていくアシンの横顔は怒りに歪んでいた。
経験上そうかっかしてると、大抵ロクなことにならねえんだけどなあ……しょうがねえ、そうならねえように俺がフォローしてやるか!
■
城の前にはとある看板が掲げられていた。
『入城料一五〇〇ロイグ。なお、一般の方は行動範囲に制限があります』
「今の王は織田信長か?」
「誰それ」
「俺が前いた世界の魔王的な奴」
自分で第六天魔王名乗ってんだからこういう紹介でも大丈夫だろ。面識こそなかったが城なら何回か入ったことあるし。
「じゃあ、そいつを倒しに行ってたの?」
「いんや。俺があっちに行ったのは神をぶち殺して神罰食らったせい」
「あっさりとんでもないことを言うわね」
「そりゃあ現界した神とか雑魚だしな」
まさか〈我が身映す姿違えし鏡〉で死ぬとは思ってなかった。殺すつもりで使ったことは否定しねえが賭けだったからな。あの場で死んでもらうには、一番神がおあつらえ向きだったからありゃ仕方ねえ。あの場にいたあいつの自業自得だ。
城に入ることは金さえ払えば容易なので、俺はまたしてもアシンに借金をすることになったのである。
「あたしの財布も有限って分かってる?」
「分かってる分かってる。王から金借りれたら返すから」
クソでかい門の前に立っていた騎士に三〇〇〇ロイグを払って入城する。アシンの耳を見た騎士が露骨に俺たちを睨んできたが、睨み返してやると目を逸らした。
それでいいのか王国騎士よ。
ったく、現代の騎士は弛んでるな。俺がいた頃はエルフに負けるような騎士はいなかったのに、今はあっさり負けてやがる。まあ、アシンが馬鹿みてえに強い可能性があるが、それにしたって傷のひとつぐらい付けろってんだ。
いかん、いかんねえ。魔王モドキを倒す前に王国騎士共をどうにかしねえといけねえな。
このままだと万が一他国に攻められた時に成す術なく陥落する。エルフを入れたくないならそう言えばいいのに、睨むだけってのも警備としては落第ものだ。あの騎士がコミュ障なら仕方ないが、コミュ障をあんな人目につく場所に配置するはずもない。
どういう強化メニューを組むか考えながら、入ってすぐに立てられていた地図を眺める。ご丁寧に、どこから立ち入り禁止区域かが記されているおかげで、目指すべき部屋のおおよその場所が分かった。
「アシン、フード被っとけ」
「分かった」
立ち入り禁止区域にエルフが入り込んでいることに気付かれると、即殺される可能性がある。最悪、俺の奴隷ってことにすればなんとか通りそうだが、ばれないようにできるならそうするに越したことはない。
今日はあっちで言うところの平日なのか、観光らしき客がちらほらいる程度で、警備の騎士も欠伸をしている。
国の顔とも言える騎士がこうもだらけ切っていると、魔王モドキの存在の有無を疑っちまうな。
王国騎士の腐敗具合に嘆息しながら、目的の場所に立っていた騎士に話しかける。
「ちょっとそっちに用があんだけど、通してくんね?」
「何を言っている。いくら一色といえど、一般人を立ち入り禁止区域に入れるわけにはいかん」
ダメ元でいけるかどうか試してみたが一蹴された。あんまり自分が王族だって言い触らしたくねえんだけどなあ……俺、王族嫌いだし。
「じゃあ、これでいいか?」
「っ!? そ、それは王族の……!」
つなぎを脱いで左肩にある赤い刻印を見せると、騎士はそれを一目で本物と見抜いたのか言葉を詰まらせた。
急に畏まった騎士を見て、俺は再び嘆息した。
「通るぞー」
肩を隠して騎士を通り抜ける。アシンも俺に続いた。
アシンを見た騎士が一瞬眉をひそめたが、俺が王族だということを考慮してか何も言うことはなかった。
公開区域と違って、禁止区域はえらく煌びやかだ。無駄に高そうな花瓶やら絵画やらが壁に並んでいる。ロクに城内を見ていなかったからこれは憶測だが、公開区域は歴史博物館的な役割を果たしているんだろう。
時折、すれ違う従者や騎士が俺たち――特に俺――を怪訝な目で見てくるが、あまりにも堂々たる俺の風貌に誰も口を挟まなかった。
「ザルだなあ、オイ」
「王族の刻印は本物なんだから、ザルにもなるわよ」
まるでそこ以外は偽物とでも言っているかのようなアシンはフードの下から行く人々のことごとくを睨んでいる。その目に憎悪が宿っていることは誰の目にも明らかだった。
地雷だってことは流石に分かっているが、アシンが今まで人間に何をされて生きてきたのかが非常に気になる。仮に地雷だったとしても、ずっと踏んでりゃ爆発しねえだろ。グレネードなら詰むが。
だだっ広い廊下を歩くこと約五分。内装は千年前からまったく変わっていないことに安堵しながら、俺はとある部屋のドアノブに手をかけた。
その、ただでさえ豪奢な造りの城の中でも特に気合の入った扉に書かれた札を見て、アシンは特大のため息を吐く。
「な、何者だ!」
その部屋で優雅に紅茶を飲んでいたおっさんは、部屋の戸がノックもなしに開かれたことに対して非常に狼狽えていた。
まあ、何者だ。と尋ねられたのだから、答えるべきだろう。
「小金村真空、農家だ」