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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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フラグ建設

「ちょっと真空! そろそろ起きなさい!」

「ぐぼえっ」


 朝一番――いや、昼一番にアシンに叩き起こされる。ベッドのシーツごと引き剥され、俺は部屋の床に転がった。

 昨日何時頃まで起きていたかは分からねえが、今のままで眠ってたってことは、少なくとも日付は変わっていたことは確かだ。


 総司を撃退したあの日こそアシンは何故総司を殺さなかったのかと俺にブチギレたが、時間の経過とともにその怒りも徐々に収まっていった。

 自分ではどうにもできないことを他人に投げたからなのか、後日礼まで言ってきた。


 その時に頭を心配したら、俺の頭が心配されるような事態になった。


「今日は昼ご飯を奢ってあげるって言ってたでしょ!?」

「んあ? そうだっけ」

「あんたねえ……!」


 あ、やべ。青筋浮かんでら。


「まま、今から特急で着替えるから、ちょっくら待っててくれよ」

「早くしなさいよ!」


 なんだかんだで、あいつも約束を楽しみにしていたようで、俺がそう言うと肩をいからせながら部屋の外へ出て行った。


 個人的に、総司を撃退してからアシンが俺に直接的な暴力を振るわなくなった気がする。

 故意か不意かは問わずとして、セクハラする度に飛んで来ていた暴力がなくなっているのか最も顕著な例だろうか。

 他にも、ボケに対するツッコミが人並みになった。


 一番長い付き合いでありながら、完全に打ち解けるのに一番時間がかかった。それが何故かとても感慨深い。


 ここ数か月間のアシンとの思い出を振り返りながら着替え終わった俺は、ベッドの上に寝間着を放置したまま部屋の戸を開けた。


「おっすお待たせ」

「さっさと行くわよ!」


 出てくるや否や、俺の腕を引っ張ってずんずん先を行く。何がアシンをここまで駆り立てるのかがまったく分からねえ。


 一回へ降りると、クリスタリアと幸が早くも昼食を摂っていた。


「そう言えば、今日はお二人の約束の日でしたね」

「いってらっしゃい」


 二人とも俺に惚れている割には、女と二人きりで出かけるのに反応が薄い。確かに、三人の中では可能性は一番低いだろうが、それでも何の不満も見せないのはおかしいのではないだろうか。


 そんな疑問を抱えながら、俺は引きずられるようにしてリビングを出て行った。





 流石に半年近くもこの二人の組み合わせでアスマリアをうろついていると、旅人以外はアシンのことを気にかけなくなっていた。宿屋は依然としてエルフお断り状態だが利用しないので関係ないだろう。


 アシンに連れられるままにいつもの飲食店にやって来た。アスマリアには他にもいくつか飲食店はあるが、顔を覚えられているここがどの店よりも心地いい。


「好きなもの、好きなだけ食べていいから」


 アシンのその言葉を聞いた俺は瞳を輝かせた。


「……言ったぜ? 言っちゃったぜ? 良いんだな? 食うぞ? それはもう食うぞ?」


 今までは節約やら気遣いやらで満腹になるまで食ってなかったが、奢りプラスあの一言が加われば話は別だ。ここ千年間、満腹になったことがない俺の胃袋を、アシンは甘く見ている。


「あんた、本当にあたしより年上なの?」

「当ったり前よ! 今年で一一五四歳になる、正真正銘の成人だ」

「よく覚えてるわね……あたし、もう自分の歳覚えてないわよ」


 自分の年齢とか気にしてられるだけの余裕が、俺にはあったってことだろう。転生した時が二三歳で、不老不死になったことに気が付いたのが二五歳の時。馬鹿の俺でも、流石に二年で自分の歳が分からなくなることはない。


 最悪西暦と元号を覚えてればちょちょいと計算して割り出せるしな。


「じゃあ、満足行くまでたらふく食わせてもらうぜ?」

「ええ、好きなだけ、頼みなさい」





 優に二万ロイグを超え、若干震えていたが、アシンは苦言を呈することなく支払った。

 ひとりだけいつも通りにいつもの量を食べていたアシンに、非常に申し訳ない気持ちになった。


 アシンの奢りで飯を食った後に俺たちが最初に出会った森まで着いて来てほしいとアシンが言うので、二万も出させた手前断れずに了承した。


「なんだよわざわざあんなとこで。話なら俺の部屋とかでもいいだろ?」

「万が一にも盗み聞ぎされたら腹立つから」


 防音結界でも張ればいいと思うんだがなあ。あんな虫々したところに自分から出向くなんて、それ相応の報酬でもない限りは嫌だ。


 今回は報酬を前払いしてもらったと考えて、大人しく着いて行く。街道を抜け、道から外れ、人なんざ自殺志願者以外いないであろうほどに静かな森へ。


 寝惚けたアシンが放ったナイフが刺さった痕跡のある樹の前まで来ると、アシンは一転した。


 何か話しにくいことなのか、口元が不自然に動いている。


「あ、あの、ね」


 漸く口を開いたアシンは、少し寂しそうな表情だった。


「あたし、ひとりで旅に出ようと思うのよ」

「断る」


 即断。アシンは相当の覚悟を決めて今の台詞を口にしたのだろうが、俺にその覚悟は関係ない。手前だけひとりで旅に出ようって気概が気に食わねえ。


「旅に出るなら俺も、俺たちも連れてけ。元々の目的はそれだろうが」


 それに付随して、エルフの社会的地位の向上や竜の捜索及び討伐が、俺がこの世界に来た目的だ。魔王モドキの討伐? んなもん知るか。あいつ今のところ何もしてねえだろ。


 吐き捨てるように言った俺にアシンは信じられないと言った様相で噛みついてくる。


「あたしはね! 真空に、あんたたちに迷惑をかけると思って!」

「お前がやろうとしてることは、絶対にひとりでどうにかなるもんじゃねえ。ただの独りのエルフが声を上げたところで、世界は生憎と変わらねえ」

「だから、あたしが魔王を倒してっ!」

「幹部ひとり殺せない奴がか?」

「……っ」


 事実を突きつけてやると、アシンは唇を噛んだ。

 いくらエルフの魔力路の容積が人間より高くとも、総司の竜操作には魔力を要さない。前回のような物量で圧される戦いになれば、アシンは疲弊してまず負ける。


「俺だって、別にひとりで魔王をぶっ殺したわけじゃねえ。日向――親代わりに固有魔術を教えてもらって、神の魔術を見よう見真似で造って、借りれる手は全部借りて……それで、やっとだ」


 俺ひとりじゃあ、小金村の隅っこで何も成せないまま、何も成そうとしないままに死んでいただろう。

 やっぱり、仲間って大事だよ。


「迷惑ぐらいいいだろ。お前は俺を利用してんだろ? だったらクリスタリアの地位も、幸の才能も利用すればいい。文句を言われたらすっぱりと利用するのは諦める。少なくとも俺は、お前に利用されてやるよ」

「……っ! どうしてよっ、どうして!? 何でっ!? あたしは、あたしは真空に何もしてあげられないのにっ!!」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺の胸倉を掴みあげる。

 無償で施しを受けるということをアシンは今まで体験したことがなかったんだろう。何か返そうと、返そうと思ううちに、自分の良心に押し潰されそうになった結果が今回の旅宣言だ。


 やはりアシンは知らない。俺とアシンの関係のことを何と呼ぶかを。


「だって俺たち、友達だろ?」


 フラグが折れる音が聞こえた気がしないでもないが、俺としてはどうでもいい。アシンが俺を好いていようが、愛していようが、俺はアシンのことが好きなんだ。ただただ、一方通行に。


 泣きじゃくるのをやめて、呆けた顔になったアシンの手を、俺の胸倉からそっと離す。


「前にも言ったろ? 俺はお前のことが好きなんだよ」


 一聞するとただの告白だが、この言葉にそんな気持ちが込められていないことはアシンにもきっと、きっと伝わっている……と思う。


 俺の告白モドキの台詞を受けたアシンは目にもとまらぬ速さで顔を伏せた。しかし、耳まで真っ赤になっているので、その意味はあまりないだろう。


「……あたしも、真空のこと……ちょっとだけ…………好き」


 あ、これ伝わってねえやつだ。

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