魔王軍幹部は転生者だった? 6
ぎりと歯を噛み締めた総司は、さっき俺に放った火球を放とうと魔術の準備に取り掛かった。足元の亜竜も、それに呼応して口元に火炎を溜めている。
その他大勢とも言うべき雑魚共は、あるものは火を吐き、あるものは体当たりや噛みつきで俺の動きを止めようと襲いかかってくる。
亜竜の火炎はともかく、総司の魔術が完成することはないと分かっている俺は、モブワイバーンたちの猛攻を躱し、時に反撃を与えながら傍観している。
そいつにアイコンタクトを取って、準備ができていることを確認する。首肯したのを見届けた俺は〈我が身映す姿違えし鏡〉の発動によって、悲しいほどに少なくなったなけなしの魔力で〈マナウェポン〉を再び発動した。
もっても数十秒なので、それの時間を大切にしながら剣を投擲していく。
よくもまあこれだけの数を集めたもんだ。屠っても屠っても数が衰えない。蟻かお前らは。
「散れ、小金村真空!」
そう言って掌を俺に向けてかざす総司。しかし俺はそれを一瞥したのみで、大した興味は湧かなかった。
あれだ。大きな音とかが鳴ったら、ついそっちを振り向くやつ。
総司が魔術を発動しようとした瞬間、うちの二階の窓が光った。
「あたしの前から! いなくなれ!! 〈ボルテクション・ライトニング〉!!」
アシンが発動した雷の魔術は寸分の狂いなく総司の胴を狙って放たれた。相手に確実に当てたいときは胴を狙え、という狙撃のセオリーと変わらず放たれた雷は一撃必殺級の威力を持つ、千年前から存在する由緒ある魔術だ。
アシンの声に反応した総司は咄嗟に乗っていた亜竜を盾に、自分は別の亜竜に飛び乗った。
乗り捨てられた亜竜は雷を回避することすらままならず、〈ボルテクション・ライトニング〉の直撃を受けて絶命した。
某ゲームの恐竜の乗り捨てにも似た光景に、俺はまたもやデジャヴを感じたのだった。
「アシン……っ!」
何故だという表情で二階から覗くアシンを見る総司。総司の視界に入ってしまったことが不快だったのか、アシンは慌てて自室の窓を閉め、続いてカーテンをかけた。
何故もクソもねえだろ。自分の胸に聞いてみろ。
「まあいい。どちらにせよ、まずは貴様からだ」
立ち上がった総司はローブについた埃を払った。この状況で、どこからその自信が湧いて出るのかがてんで理解できない。
頭数は確かに総司たちの方が上だが所詮は烏合の衆。クリスタリアを除いて、この世界でもトップクラスの実力を持っている俺たちに勝てる道理がない。
魔力が切れた俺はデコイにしかなれねえ。だがデコイになれるのならそれだけで十分だ。
最早初歩の魔術を一回発動するのがやっとの魔力しか残ってねえ。まあ、雀の涙ほどでも残ってりゃあ身体強化は使えるから、それでなんとか応戦すればいい。
最悪、オーバーロード以外にも奥の手はある。
「〈フレイムスケイル〉も切れたか……どうやら魔力切れのようだな」
「ハン! 魔力なんざなくとも、俺にはこの拳が」
「やれ」
俺の台詞を遮って亜竜たちが先程と同じように一斉に火炎を吐き出す。防御手段がなくなった俺は仕方なく跳び上がって適当な亜竜の背に乗った。
亜竜に乗るのは久々だから、振り落とされないように細心の注意を払いながら次の亜竜へ、次の亜竜へと跳び移っていく。
俺の思惑を察した総司は乗っている亜竜の高度を上げて俺と距離を取ろうと上昇を始めた。
「待てやゴラアァァ!」
遥か高々度へ逃げられると今の俺では勝ち目がないので、上昇する速度が上がり切る前に手近な亜竜の背を思い切り蹴って跳び上がる。
反動で亜竜が他の数匹を巻き込みながら地に叩きつけられる。その犠牲あってか、俺はなんとか総司の駆る亜竜の翼にしがみつくことができた。
身体強化がかかっていることを加味しても、我ながらとんでもない高さを跳んだものだ。
死んだ亜竜とは違い、並みの大きさであるこの亜竜は男二人が立つには手狭すぎるので、場所を変えてやろうと、俺は動揺している総司に体当たりを食らわせた。
「人間が空で戦うってのは、おかしいよなあ?」
「き、貴様……っ」
総司が下になっているこの体勢のまま着地すると、まず間違いなく総司は死ぬ。できるだけ苦しませて、というアシンの要望には応えられねえが、恐怖を味わわせながら殺すのもそう変わりはしねえだろう。
自由落下をしている総司はここで死ぬわけにはいかないと、身体強化を使って無理矢理俺を振りほどいた。
「落ちるのは貴様だけだ!」
再び指笛が辺りに木霊し、地面に衝突する前に亜竜が総司を拾った。
別に俺はこのまま落ちてもいいんだが、回避できるのならそうした方がいいに決まってる。服も汚れるし再生にも長くないにしろ時間がかかる。その隙に二階に侵入されたらことだ。
なので、俺も総司を真似て指笛を吹いた。
「たかが見よう見真似で!」
「うるせえ猿真似野郎! 黙って見てろ!」
俺の指笛に反応して、この場にいた一匹の亜竜が俺を拾う。信じられないといった様相の総司のために、俺はまたしても説明してやることにした。
「この世界で、竜使いってのはさして珍しい存在じゃあねえ。百人いれば一人はいる程度だ」
千年前はだいたいその比率だった。それだけ人間はあらゆる種族の中で力が下だったということだ。特に、俺たちは。
「亜竜を操るのは、人間が過酷な環境で生きるためにっつー理由が主だ。だったら、迫害されてた一色の俺が、竜を使えるのは当たり前だろ?」
と言っても半ば賭けだった。これは思い出したからといってどうにかなる問題ではない。体が覚えていないと意味がない。幸い、覚えていてくれたようでラッキーだった。
上手くいったことには上手くいったが、神から授かった総司の竜操作も伊達ではなく、俺が従えた一匹以外は唸り声を上げて威嚇している。
総司がしっかりと訓練をしていれば、俺はこの一匹すら従えられなかっただろうな。ガキなだけあって、まだまだ未熟だ。
「くっ……」
亜竜を奪われたことが相当にショックだったのか、らしくもない狼狽え方をする総司。それでもどこか中二チックなのはこいつの個性だろう。
「今回は退く。だが俺は諦めたわけではないということを努々忘れるな」
撤退しようとする総司の台詞を聞いて、二階にいるアシンは即座に魔術を発動する準備に入る。それを手で制した俺は、総司にその理由を問う。
「竜を盗られて悔しいのか? んん?」
煽ることも忘れずに。
しかし総司は俺の煽りに動じず背を向けた。前回と同じパターンかと警戒したが、火炎魔術が飛んでくることはなかった。
まさかこいつ……成長、したのか? この短時間で、精神が……!
最近の子供は成長が早い、なんていう爺臭い考えに浸りながら総司の背中を見つめる。
「今の俺では逆立ちしても貴様には勝てん。そう気付いただけだ」
思っていたよりもはるかに素直な中二病患者の言葉に、俺は言葉を返すことができなかった。
何があって魔王軍幹部なんかになったのかは知ったこっちゃねえが、こいつもこいつで根っこはそこまでの悪人じゃねえ気がする。
「次こそは必ず勝つ。首を洗って待っていろ、小金村真空」
「お前こそ、朝起きたら顔洗えよ!」
「〈紅蓮燕〉」
俺がボケると、即座に魔術を発動した。高速で迫った火炎の燕を亜竜から飛び降りることで回避し、捨て台詞を吐いて去っていく総司を見送った。
ボケにはツッコミを。その精神があるだけで、俺は十分だった。




