魔王軍幹部は転生者だった? 5
亜竜が傷だらけなことから、幸は何らかの魔術で亜竜を撃ち落としたのだろう。
庭に突如として現れた謎の焼け跡、そして旋回する影を見た幸は亜竜を発見し、撃ち落としたということか。
そう仮定するしかねえが、そう仮定するととんでもない魔術の使い手だな。高速で空を舞う亜竜に魔術を当てるなんて、紫乃以外に聞いたことがねえ。
どうやら幸は竜が苦手なのではなく嫌いだったらしい。マゾには堪らない視線を亜竜に注ぎながら、次の一撃のための準備をしている。
「クリスタリア! こっち来い!」
「っ、はい!」
このままクリスタリアを放置しておくと巻き添えを食らいかねない。一旦クリスタリアを呼びつけて彼女の安全を確保する。
「あ、亜竜を見つけた幸さんが、人が変わったように……!」
それはクリスタリアにとってよほどの衝撃だったのか、声を震わせながら俺に報告する。
震えているクリスタリアの両手を握ってやると、安心したのか腰を抜かした。
地面に叩きつけられた食材の安否も気になるが、今気にすべきことはそれではない。
幸は果たして、総司に勝つことができるだけの実力を持っているのか?
「……貴様」
亜竜を落とされ、目に見えて気が立っている総司は幸を睨むが本人とそれを毛ほども気にしてはいない。
とりあえず、状況が悪化しないように俺が出張らなければ。
「はいちょっと待てお前ら。人の家で何ドンパチ始めようとしてんだ」
両者の間に入ると、互いの代わりに俺が二人の視線を受けることになった。
そんなこと構うか。せっかくの家をぶっ壊されるかもしれねえのに、自分の身程度投げ出さなくてどうする。
「真空、どいて。そいつを今から殺す」
いつもの静かな口調ではなく、冷淡なそれで俺にこの場から離れるように促す幸。
「断固拒否する。お前の魔術が一番危ねえんだよ」
なまじどころではない技術力を持っている幸が暴れると、この辺りの地形が変わるまである。もちろん並みの生物は軒並み息絶えるだろう。
生態系の観点から見ても、俺という一個人から見ても、幸に暴れられるのは非常に困る。
「分かった。竜は俺がどうにかしよう。だからここは落ち着け。な?」
「絶対?」
「ああ絶対、必ず、約束する」
俺のできる限りの言葉をかけてやると、幸は依然としてのたうち回っている亜竜を一睨みしてから、屋敷で俺を見守っているクリスタリアへの元へ向かった。
幸の気は収まったが総司のそうではない。幸と会話している最中も、幸のことを、俺のことを睨み続けていた。
「そこをどけ、小金村真空」
「嫌だね。幸に仕返しをしたいなら、アシンが欲しいなら、俺を殺してからにするんだな」
「いいだろう」
かぐや姫でも言わないような無理難題をふっかけると、総司は以前と同じように袖の中に潜む仔竜に火炎を吐かせた。
それを避けるまでもなく〈フリージング〉で凍結させる。凍った火炎が地に落ちると、その影に隠れていた総司が俺に肉薄しようと現れた。
「残念っ」
恐らく総司が手にしている祝福は竜の操作のみと予測した俺は、身体強化を行うことで仔竜が再び放った火炎を回避する。
俺の予測通り、総司は魔術においてはぺーぺーだ。俺のような特殊なケースでない限り、魔術関連の祝福を持たない転生者は大抵こんなものだろう。むしろ、年の割にはよくやっていると褒めてやりたい。
「それ、それ、ほうれ。当たんねえぞ?」
総司を煽りながら曲芸のような動きで火炎を回避していく。正直慣れない動作で危ういところもあるが、煽り耐性の低い総司には効果覿面で、次第に命中精度が落ちている。
この耐性の低さだと、掲示板で培った煽りスキルを活かすまでもねえ。俺の地力で激昂までさせられそうだな。
そう思いながら火炎を回避していると、突然総司が立ち止まった。
何をしでかすのかと思えば、指を咥えて笛の音に似た音を辺りに響かせた。
この音色を俺はよく知っている。竜使いが竜を呼ぶとき特有の音だ。
「かーっ! 面倒だなあ、おい!」
指笛に呼び寄せられた亜竜たちはみるみるうちに夥しい数へと昇っていく。屋敷の裏の森や、空、果てにアスマリアを挟んだ向こう側からも亜竜はその姿を現す。
だが、これではっきりした。
総司は原種を操ることはできない。
祝福を授けるのは基本的に面倒臭がりの神だから、ぶっ壊れ能力の可能性は低かったといえど、懸念していた要素がなくなったことは非常に大きい意味を持つ。
いっそ清々しい気分にすらなった俺はいつぞやのように、〈マナウェポン〉手に取った。
「目に焼きつけときな、自然の脅威ってやつをよ!」
地震を始めとして、台風、噴火、津波、そのどれもが人の手に負える代物ではない。もちろんマナも同じだ。何らかの形で空気中のマナの濃度が異常に高くなれば、そこはもう人類が済めない土地になる。
そう考えると、俺はもう人間じゃあねえのかもしれねえな。どの自然災害をとっても、オーバーロードがあればだいたいなんとかなる。
剣の形をとった〈マナウェポン〉の切っ先を総司に向けて俺はそう言った。
「ほざけ。旧時代の英雄が」
幸により負傷した亜竜に乗った総司のその言葉を皮切りに、俺を取り囲んでいた亜竜が一斉に火炎を吐く。屋敷の中にはアシンがいるかもしれないという気遣いからか、その熱は屋敷に届くことはなかった。
言うまでもないかもしれないが、俺にも。
「〈フレイムスケイル〉」
いくら数が多かろうと、所詮は亜竜の吐いた火炎。であれば〈フレイムスケイル〉で防ぐことができるのが必定だ。
熱の一切を遮断した俺は、〈マナウェポン〉を投げつけて、まずは一匹目を屠る。
火炎が一種の暗幕となり、亜竜の視界を閉ざしているおかげか、面白いように亜竜が断末魔を上げていく。
コントロールにそこまで自信のない俺でも必中ということは、亜竜がそこまで密集しているか動いていないかだろう。
しばらくして火炎が止み、視界が開けて辺りを見回しても、亜竜が目に見えて減っているとは感じられなかった。なんかデジャヴ。
「圧倒的物量で圧せば、魔力路は一般人と変わらぬ貴様はじきに憔悴する」
総司はこの一か月で俺のリサーチも済ませていたようで、俺の弱点を見抜いていた。
総司の言う通り、俺は魔力路や体力は一般的で、特筆して優れてるわけじゃねえ。
俺が英雄と呼ばれるようになったのも、半分は日向の尽力あってこそだ。
「で? 俺今不老不死なの知らねえの?」
千死蛮行がある俺を殺すことなど端から不可能だ。俺の難題に乗っかった時点で、こいつの敗北は決まっている。神や悪魔から授かった祝福は、原則本人にすら取り上げることができないのだから。
神や悪魔ですらどうすることもできないものを、どうしてたかが祝福をひとつ授かっただけの人間がどうにかできる? いいや、できない。できるはずがない。
「俺のことをよく調べてきたお前に見せてやるよ、俺が英雄と呼ばれるようになった所以をな」
掌をかざす。できるだけ、亜竜が密集している場所に。
「〈我が身映す姿違えし鏡〉」
俺がそう告げた瞬間、掌の延長線上にいた亜竜たちが悲鳴を上げた。
「なっ……!?」
総司が驚嘆する。
何を驚いてんだろうな。ただ、掌の延長線上にいたワイバーンがちょびっとばかし死んだだけだぜ?
「効果範囲が掌の延長線上と知って慢心したか?」
攻撃は既に受けている。防御しようと、無傷であろうと、俺はここにいる亜竜たちから身を焦がす火炎を何度も何度も受けた。何も、おかしいことはない。
「誰が、いつ、対象はひとつだけだっつったよ」
俺の〈我が身映す姿違えし鏡〉の真骨頂は初見殺しにある。ちょうど今のように、相手が密集していればいるほど、その実質の効果範囲は広がっていく。
「掌の延長線上」という条件だけを聞いて対象はひとつだけだと勘違いする奴の多いこと多いこと。千年前もそうして死んだ奴がいたっけなあ。
〈我が身映す姿違えし鏡〉の本質を知って狼狽えている総司を見据えながら、俺はドヤ顔で告げる。
「世界は、お前の見たものがすべてじゃあねえ」




