魔王軍幹部は転生者だった? 4
「今から、第一回魔王軍幹部対策会議を始める!」
そう宣言すると、アシンは欠伸をした。
誰のためにわざわざ時間取ってやってると思ってんだこいつ。
「対策も何も、あんたが〈我が身映す姿違えし鏡〉使えば終わるんじゃないの?」
そりゃあそうだ。当たれば一撃必殺だ。だが、あんなところで高速移動している的に当たる気がしない。
加えて、二つある発動条件のうち、まだひとつしか達成できていない。
流石に〈我が身映す姿違えし鏡〉の詳細までは知らないアシンに説明をする。
「まず、〈我が身映す姿違えし鏡〉は自分の掌の延長線上にあるものにしか当たらないということがひとつ。そして、発動に条件があって、対象の名前を知っていることと、対象から攻撃を最低三度受けねえと発動できねえ」
「固有魔術のクセに面倒な条件ね」
「当たり前だろ。それだけ性能が良いってことだ」
一人につき一度しか使えないなんてこともなく、魔力さえあれば誰に何回発動するも自由だ。まあ、消費がデカいからそんなことはできねえ。
自身のバフも相手に移す点は玉に瑕だが、俺にバフをかける必要なんざほぼないおかげで、そのデメリットはあってないようなものだ。
「だからまず、あれをどうやって地面に引きずり下ろすかだな」
「難しいわね。あいつ、祝福がどうのとか言って、竜を操るのは上手かったはずだから……」
何か今、聞き慣れたワードがアシンの口から聞こえた。
「すまん、もう一回頼む」
「竜を操るのは上手かったはずだから」
「そこのちょい前」
「祝福がどうのって……そう言えば、あんたも時々そんなこと言ってたわね」
はい確定。水嶋総司は転生者だ。なるほど通りであの年であれだけ竜が扱えるわけだ。
神か悪魔、どっちから授かったかはどうでもいい。問題は、総司の授かった祝福の程度だ。
基本的に、祝福や呪いは効果が単純であればあるほど、その効力が強くなる。だから、俺の呪いは即死系ばかりだ。
竜を操る。なんていう漠然とし過ぎた祝福だと、原種まで操ることができるなんていうチートにもほどがある祝福になる。
運が良ければというか、あの神が祝福を授けているのなら、この世界の竜使いの最上位と同じレベルに落ち着く。逆に悪魔が授けているのなら詰み。原種が出てきて、最悪この国が滅ぶ。
「祝福ってのは神か悪魔が人間に授ける、その人間にとってプラスになる能力のことだ。呪いはその逆。俺の右腕が呪われてるって話はしたろ?」
呪いの話を持ち出すと、アシンはあの時の俺の指を思い出したのか軽くえづいた。
直視して気を失ったのに、思い出してえづくだけというのは呪いに対してかなりの耐性がある。もし本人にやる気があるのなら、俺の腕を見慣れるなんてこともあるかもしれない。
「その話はもういいわ。気持ち悪い」
「なら話を戻すか」
苦しそうに首を横に振ったアシンを見て、やはり俺の腕は金を出されても他人に見せるものではないと確信した。
「題は『水嶋総司をどうやって空から落とすか』でいいな?」
「ええ。異論はないわ」
参加者全員の賛成が取れたところで、第一回魔王軍幹部対策会議の議題はそれに落ち着いた。
議題が決定したのはいいが、対策が見当たらない。空中を高速移動する相手は今まで紫乃に丸投げしていたせいだろう。
アシンも考えがまとまらないようで、唸りながら考え込んでいる。
「あの、亜竜なら閃光はどうすか?」
始まって早々にどん詰まりになってしまったかと思われたその時、光明が差した。
「あんたいたんだ」
「酷いっすね……」
霊故か、ナチュラルに存在を忘れ去られていた協司の名案を俺は聞き逃してはいなかった。
「光か。アリだな」
翼を持つ亜竜は遠くまで見渡す必要があるために、総じて視力が非常に優れている。スタングレネードを投げつけるか強力な光を放つ魔術を撃ってやれば、目が眩んで落ちてくるだろう。
なんかハンティングゲームみたいだ。
そんな感想は言っても伝わらないので心の中で留めておき、協司の名案を受け入れる。
「あの、霊と言っちゃあなんすけど、幸ちゃんに抱き締められてえなあって……」
「お前、ほんと救いようのねえ奴だな」
生前にいくら善行を積んでようと、こりゃ仏も見捨てるぜ。貧乳ならロリにすら目を向けるのか。
ドン引きしているアシンの視線には気付かずに、協司は鼻息を荒くして俺の返事を待っている。
そんなもの決まっている。
「お前は生きていていけない人間なんだ!」
「あっ、やめっ、すんません! せめてアイアンクローじゃなくて魔術で――!」
悪は滅びた。
「協司には容赦ないわね」
「お前が俺をボコるのと同じだ」
咎めながらもどこかスカッとした表情のアシンは肘をつきながら小さく笑った。
協司の破片が完全に霧散してから会議を再開する。といっても今回の問題は尊い犠牲により解決した。次は総司が落ちてきた後にどうするかについてだ。
「触りたくもないから、真空ができるだけ惨たらしく殺して」
「無理だな。俺が使えるの、一撃必殺系ばっかだから」
一番苦しむとしても〈マナウェポン〉だろう。あれは武器によって相手を倒すのではなく、マナの毒によって殺すことを目的としているから、よっぽど貧弱でない限りはマナの毒で死ぬ。
一撃必殺を除くと、俺が使えるのは補助と初歩しか残っていない。幼い幸に人殺しをさせるわけにもいかない。久々に魔術の勉強をするべきなのだろうか。
「じゃあ撲殺」
よくもまあ次から次へと人を殺す方法を思いつくものだ。それだけ嫌いなのか、慣れているのか。
どちらにせよ、俺はこの計画に便乗している身。アシンが案を提示するなら、俺はそれを頭の中でシミュレートする必要がある。
撲殺なら俺の持つ手段の中で最も相手に苦痛を与えることができるだろうが、竜を操る祝福を持つ総司相手に通用するだろうか。
マウントを取れても竜に妨害される可能性もある。先に竜をすべて駆除しておけばその心配はない。総司がどれだけの竜を従えているか分かれば、その手段を取れるのだが……
「俺がアシンに魔術教えてもらった方が早くね?」
惨たらしく殺すという条件がある以上、今の俺ではそれを実行するのは難しい。
様々な手段を模索している時間があるのなら、アシンに魔術の構成や式、効果を習って習得する方が手っ取り早いのではないか。
俺がそう尋ねると、アシンは不思議そうな表情になった。
「あたしがあんたに教えることってあるの? あんたなら難しくない魔術なら全部使えるでしょ?」
「いや、ここ千年間で新しくできた魔術とかあんじゃん」
「あ、そっか」
俺の指摘に得心がいったアシンはリビングにあった適当なメモ用紙とペンを持って何やら文字を書き始めた。
流石に千年間で魔術がひとつも生まれていないとなると、俺があっちで知った技術や道具を紹介しなければならなくなる。魔術の進歩が千年前で止まっているのなら、次は科学技術の出番だ。
ああでもない、こうでもないとぶつぶつ呟きながらメモに文字を書き上げたアシンは、俺にそれを突きつけた。
「あたしが日影さんから聞いた限りではこんな感じね」
アシンから渡されたメモには、およそ十の魔術が効果と共に記されていた。そのどれもが毒や呪いの類いであり、えげつない効果のものばかりだった。
「できるだけ簡単なものを選んだから、多分真空でも使えるはずよ」
「ん、ありがとう」
礼を言うのは何かおかしい気がしないでもないが、教えてもらうのだから礼を言うのが筋だろう。
早速アシンから魔術式を習おうと、自分の部屋から紙を取ってこようとしたその時、何か巨大な質量を持ったものが落下する音が屋敷の中に轟いた。
アシンはその音を聞きつけるや否や身構えて臨戦態勢に入った。
「嫌な予感しかしねえ……」
肩を落としながらアシンに待機命令を出して、リビングから玄関へ向かう。今度は火球に当たらないように、飛び出すのではなく駆け出す。
すると、庭には唸り声を上げてもがく亜竜と地に片膝をついている総司、買い物袋を両手に持ったクリスタリア、そして――
「気持ち悪い……」
汚物を見るような目で亜竜を睨んでいる幸がいた。




