捕まえたエルフは激強だった? 2
少女に連れて来られた飲食店は実に庶民的で俺の舌に合っていた。
大食漢な俺は遠慮なく量が多い料理を注文した。少女は周りから注がれる視線に、居心地が悪そうに表情を歪めながらちびちびとハンバーグに似た料理を食べていた。
そんな風に食って腹が膨れるのかね? 俺とは相容れないタイプの人間だな。
これだけ食ってりゃそりゃあ注目もされるだろうよ。特に、俺は一色、髪と目の色が同じ人類だ。俺が生まれた当初は迫害の対象だったが、俺が魔王をぶち殺してから少ししてからは、信仰とか尊敬の対象に変わった。
掌返しも甚だしいと自分でも思う。それでもちやほやされるってのは悪かねえ。それも底辺から頂点へ、シンデレラレベルの登りようだ。
今でも一色がそういう対象だから、こうやって大食い以上に注目されてんだろう。
「食わねえなら俺が食うぞ」
「うっさい。食べるってば」
俺が食い意地を見せると、少女は鬱陶しそうに返事をして早口で食べ始めた。それを見た俺は、追加でハンバーグのような料理を注文した。
■
俺たちが晩飯を食べ終わった頃には、もう既に陽は完全に落ちていた。街々はランプに火を灯して道を照らしている。城下町であるここ――アスマリアは夜になって一層の賑わいを見せていた。
マジで千年前と技術が大して変わってねえ。一回大戦が起こって技術が衰退した、とか言われても信じられるぜ。
「よっしゃ、寝るか。オススメの宿とかあるか?」
腹が膨れれば次は寝床。アスマリアのことを知っていそうな少女にどこかにいい宿がないかと尋ねてみた。
「この筋を真っ直ぐに行けば木の看板を掲げた店があるから、そこで寝ればいいわ」
「これは?」
少女は掌に金を乗せて俺に向かって差し出していた。現代の物価等々はまったく分からねえが、金色の硬貨が多めだから結構な額はいくだろう。
昔は金貨銀貨で通ってたからなあ……通貨に数字が刷ってあるなんて、こっちじゃあ見ることはねえと思ってたぜ。流石にその辺は進歩してるか。
「エルフが泊まれるわけないでしょ。御飯ならまだしも、寝床なんてエルフが寝たら穢れるなんて言われるに決まってる」
「あん? どういうこったよ」
「ああ、あんた、異世界人だったね。エルフは迫害されてるの」
「一色の次はエルフか……」
まあ、あれだけ迫害されて、人体実験も黙認されていた一色が唐突に信仰の対象になると、代用品が必要になるに決まっている。それで選ばれたのがエルフか。
まったく、何時の時代も、何処の世界も、そういう存在は必要みてえだな。残念極まりねえ。
「何であんたがため息を吐くのよ。あんた一色じゃない」
「英雄サマとしては悲しいなあってよ」
「は?」
「俺、小金村真空ってんだけどさ、知ってる?」
それを言った途端、少女は目を剥いて黙り込んだ。この反応を見るに、俺は相当有名な存在になっているらしい。
人も一色も動物も皆隔てなく滅びかけた、先の魔王のとの戦いは人類史に残るレベルの大事件だった。世界が終わるのを食い止めたんだから、逆にそうでなきゃおかしい。
何にせよ、千年前の人間が生きてたらビビるわな。
「は、はあ? 千年前の人間が生きてるわけないでしょ!? 不老不死とでも言うの?」
「そうだけど」
あっさりと不老不死を肯定する。隠す必要もねえしな。
「脳天刺されても死なねえとかそりゃあそうだろうよ」
「う、じゃあ、王族の刻印はあるの?」
ちょっと待てよ……それっぽいのは聞いたことあるぞ……
確か、魔王殺して凱旋した時に王族としての名前と刻印をもらった。記憶が正しければ、左肩にあった赤い刻印がそれのはずだ。
着ていた半袖の袖をまくって左肩を確認する。もしかしたらこっちに来た時に消えてるかも、という不安があったがそんなことはなかった。
「本物みたいね……信じたくないけど、あんたは小金村真空に間違いない」
「だろ? 信じてもらえて何より。で、お前は何つー名前なんだ?」
「アシンよ。ただの、アシン」
「オッケー覚えたぜ」
諦めたような笑顔で答えたアシンは先に森へと進みだした。俺も数歩遅れて彼女に着いて行く。その後ろ姿はさっき見た後ろ姿よりは軽やかに見えた。
真っ暗な森の中を迷わずに進んで行くアシンは夜目が効くらしい。それがエルフの特性なのか、何かの魔術なのかは分からない。俺は種族の特性に明るくねえからな。
夜となると魔物も活発化する。そんな中、魔除けの結界の外で寝るのは一般人からすれば自殺行為もいいところだ。俺だって生きたままむしゃむしゃとか嫌だぜ。
そんな危険地帯で眠るんだから、ある程度の備えか対策はあるんだろうと、勝手に期待して後を着いて行く。まあ、最悪俺が簡易的な結界を張ればいいか。
ある程度進み、街の明かりが遠くに見える場所でアシンは足を止めた。
「この辺りでいいかな」
適当に場所を決めたアシンはその場に横になった。
「手、出さないでよ」
「いやいやいや、お前、魔物の餌になりてえのか?」
「あたしの持ってるネックレスが小さい結界なの。ほっといて大丈夫だから、寝るわよ」
「へー、案外技術革新ってのは起こってんだなあ……」
「そりゃあ千年も経てばね」
野宿って久しぶりだな。魔王ぶっ殺すための旅に出ていた時とか、あっちに転生してすぐの頃はずっと野宿していたが、ある程度経つと家買ったからな。野宿自体は嫌いじゃあねえが虫に襲われるのは嫌いだからなあ……虫除けの魔術ってあったかね。
この辺りの気候は確か一年を通して穏やかだったはずだ。四季なんてものが生まれてないことを願いながら、俺はつなぎを着直して眠りに就いた。
■
農家の朝は早い。
日本の夏とは違い、気持ちの良い朝を迎えた。ここの気候は俺が生きていた頃と何も変わっていないとすると、一年を通して少し肌寒い程度の気温だ。
まだ隣で眠っているアシンを一瞥してから大きく伸びをする。
「かーっ、いい天気だねえ」
雲がまばらに浮かぶ快晴。俺的に一番いい天気だと思う天気だ。雲一つない快晴は、すっきりしすぎていて逆にあまり好きじゃない。
眠っているアシンを起こすのは気が引けるので、水を生み出す初歩の魔術を使って軽く洗顔する。タオルがないのが心残りだが洗顔ができただけでも上々だ。
「あ……ふ、んん……ああ、起きてたんだ……」
「元農家なめんな。これでも遅い方だぜ」
寝惚け眼を擦りながら俺を見て、少しだけ困惑したような表情を浮かべている。
「犯さないんだ」
「犯すか。お前が今までどんな人間に遭って来たかは知らんがな、俺とそいつらと一緒にしてくれるなよ? 俺がやるのは精々弱い者虐めぐらいだ」
「十分屑じゃん」
ぐうの音も出ない。
いやしかし、夜這いはとっくの昔に廃れている。リアル平安時代の人間の俺でもドン引きするレベルだ。夜這い仕掛ける知り合いを一人知っているだけに、マジでアレは他人にやろうとは思わねえ。
あいつも確か不老不死だったからなあ……そのうち見つかりそう……
俺が価値観ごと千年前の人間だということに安心感を得たのか、アシンはその場で二度寝を始めた。
「おいコラ寝るな」
「久しぶりに安眠できるんだから少しぐらい寝させて」
「予定はさっさと済ませたいんだよ」
折角城下町にいて、曲がりなりにも王族な俺が、王族を利用しない手はない。何しろ大英雄だからな。恩着せがましく図々しく、支援を受けるつもりだ。
王族の刻印って風習が現代まで残ってりゃあ万々歳。なけりゃあ正面突破でもしてやるつもりだ。うちの城は堅牢さを売りにしてたが今の俺なら突破は楽だし、逃げることも簡単だ。
雑にもほどがある潜入計画を練りながらアシンの肩を揺する。
「……予定って何よ」
「王族に恩返ししてもらう」
「はあ……着いていけない。あんた一人で行ってよ。あたしはここで寝てるから」
「死にたくなかったら着いて来い」
さっきの今でド屑発言をする俺。もちろんただの脅しだ。敵ならともかく、敵でも味方でもない奴を殺すほど俺はイカレちゃいねえ。だが、真に迫るために結構な威力の魔術を発動する準備もしておく。
ジト目で俺を見るアシンは、クソデカいため息を吐いてから言った。
「あたし、あんたのこと嫌いだわ」
「俺はお前のこと好きな方だぜ?」
あくまでも俺は正直にそう言った。きっとアシンも本心だろう。俺が好きだと言うと、アシンは露骨に嫌そうな顔をした。
流石に傷付いた。