魔王軍幹部は転生者だった? 3
だが、俺は主張したい。
俺の怠惰へとの一途を辿っている原因のひとつは、クリスタリアであると。
最初のうちは俺も買い出しや、料理や、掃除を自分から率先してやろうとしていた。その度にクリスタリアが俺の仕事を奪い、俺よりも高い完成度で達成したのだ。
その結果を見ると、俺が動くのが馬鹿しくなる。
「クリスタリアはどうしてそんなにすごいの?」
幸が純粋な疑問をぶつけた。俺からすれば、お前も十分にすごい人間の部類に入る。俺の魔力の操作はまだ常識的な範囲に収まっているが、幸の魔術に関する技術力は常人のそれではない。
突然変異で、全身に極太の魔力路が張り巡らされている紫乃と並び立つまではいかないにしろ、それでもきちんと魔術を学べば歴史に名を残せるだけの偉業を成すことはできるだろう。
それに比べると、クリスタリアの家事スキルは努力でなんとかなる範疇にあると言える。まあ、幸は家事が苦手くさいから、すごいと思うのも仕方ないだろう。
「お話ししたように、私には兄と姉がおります。二人は私とは違い、文武ともに類い稀なる才覚を持っておりまして、私は武の代替として家事を選んだのです」
今のトバンの事情は知らねえが、腹違いとかありそうだな。
いやしかし、クリスタリアのここまでの家事レベルに見合う強さというのは、どれほどのものなのだろうか。個人的な主観では、アシンに勝るとも劣らない実力を持っていると思う。
クリスタリアに頼んでその二人のどっちかだけでも呼びつけて、総司を倒すの手伝ってもらおうかな。
「その心がけが殊勝だねえ。俺は極まってるものがねえからなあ」
俺は魔術をある程度学んだところでそれを打ち切った。俺は極めるタイプじゃなくて、浅く広くなタイプだから、下手にのめり込んで伸び悩むよりも今の方が良かったと自覚している。
勉学にも一色なりに励んだし、人間が学ぶことができる事柄にはあらかた手を出した。その中でも、紫乃と日向の影響か、魔術は比較的深く学んだ。
「物事をそつなくこなすこともひとつの才能だと思いますよ」
「そう言ってもらえるとありがてえ」
自分を卑下した俺を、クリスタリアが即座にフォローする。こういった細かい気遣いも、クリスタリアは学んでできたのだろうか。
俺の周りの天才共は誰も彼もが一転特化型の天才ばかりだった。日向に至っては、魔術の、こと治癒においては紫乃をも凌駕していた。
アシンと幸も、魔術に関しては余裕で俺以上の実力を持っている。
インフレってやつなのか、今の幸でもアシンとタッグを組んで、〈偽・万象宿す隔世の剣〉を習得すればあの時の魔王を倒せそうだ。ありゃあマジで「当たれば勝つ」、「相手は死ぬ」の代名詞のような魔術だ。
超威力魔術にしては消費魔力も少なく、詠唱も短い。神が割と本気を出して創り上げたというだけのことはある。
幸は地頭も良さそうだし、教えればすぐに習得できそうだ。
まあ、俺の立場が半分ぐらいなくなるが。
■
「なあ、総司何してんの?」
「あたしが知るわけないでしょ、あんな奴のこと」
総司が俺を襲撃してから、早一か月が経過していた。俺の予想では一週間もしないうちに襲撃があると思っていたのだが、家に籠って呆けているうちにいつの間にか一か月が経っていた。
準備や俺についてのリサーチをしていると考えても、いくら何でも一か月はかかりすぎだろう。一応一色なら普通の人間と違って情報の収集速度も尋常じゃないだろうに、なにをまごついているんだ。
このままだとアシンが生活習慣病で死ぬ。
「そういえば、総司って異世界人なのか?」
前々から思っていた疑問を聞いてみた。すると、アシンは嫌な顔を崩さずに、
「あいつに関しては名前以外知らないわ。苗字だって知らないし」
そこまで嫌われてるのかあいつ……確かにすかした雰囲気なのは否定しねえがそこまで嫌われてるとは思わなかった。
にしても、いつまでも引きこもっているわけにもいかない。クリスタリアや幸に買い出しに向かわせているが、陽の光にすら当たっていないということは人類としてまずいだろう。
「気分転換に散歩でも行くか?」
「……真空と一緒なら」
億劫ながら頷いたアシンは寝間着から着替えると言って自室に戻っていった。俺は寝間着のままでも構わないが、女子の隣をその恰好で歩くのはアシンが可哀想だという発想に至り、俺も着替えることにした。
手早く着替え終わり、先に玄関でアシンを待っていた俺は、何の気なしに窓から庭を見ていると、玄関先に謎の影を見かけた。
その影は翼竜のそれによく似ており、いまいち高度が分からないがそれなりの大きさであることは予想できた。
「何してるのよ」
総司を警戒してか、動きやすい服に身を包んだアシンは窓から外を除いている俺に声をかけた。
「多分、あいつ待ち伏せしてる」
「きっも」
アシンはゴミを見るような目で庭を旋回している影を見た。
俺もここ最近は玄関に近付くことすらなかったから、この影がいつ頃から現れたのかは分からない。少なくとも、宣戦布告をしに来たあの日には見かけなかった。
相手の家に張りついて、様子を窺っているという総司の行動には俺も嫌な顔をせずにはいられなかった。
「先に俺が出て確認してくるから、アシンはここで待ってろ」
「できれば撃ち落とすぐらいはやって」
「了解」
俺も家に張りつかれるのはいい気がしない。二度とここに近付かないように弱みを握るか、ここでぶち殺すかしておきたい。
ゆっくりと玄関の戸を開け、影の場所から竜の位置を予想して見上げる。
案の定というか、そこにはいつぞやの亜竜が空を駆けていた。
意を決して屋敷から飛び出す。屋敷から数メートル離れたところで、視線を上げた。
「えっ?」
まったく容赦のない大きさ、熱の火球が俺に肉薄していた。
尋常ではない質量をもった火球は俺を呑み込み、一瞬にして体の感覚が消える。
火の中に意識だけが残っているとでも言えばいいのだろうか、体は確かに燃え尽きたはずなのに意識が残っている。
しばらく火中に意識を置いていた俺は、炭になってしまった体から再生を始める。最早致命傷だとかそういうレベルではないが、超再生能力ではなく不老不死なのだからこれで正しい。
「あっ、服!」
服すらも燃え尽きてしまったということに、再生してから気が付いた俺は全力で屋敷に駆け込んだ。
呆れ果てた表情をしているアシンは、局部を隠しながら屋敷の中を走る俺を見ないようにしながらため息を吐いた。
「こんな調子で大丈夫なのかしら」
アシンが屋敷の中にいる以上は屋敷に直接的な被害は出さないにしても、俺が屋敷から出る度にあれが飛んでくるのなら、きっちりと対策を立てておかなければならない。
あの火球は恐らく総司の魔術と亜竜の吐いた火炎を混ぜ合わせたもの。どちらか片方だけなら〈フリージング〉で凍らせることができるが、あれほどに強力となると、俺も少し本気を出さざるを得ない。
具体的には、亜竜大量発生の時ぐらい。ぶっちゃけ、〈アイシクル・アブソリュート〉で凍らないものとか火竜の原種ぐらいしかいねえし。
撃ったこと経験がねえから分からねえが、竜の原種は普通の人類が相手にするようなものではないという話は散々紫乃から聞いてる。
自室に戻って着替えた俺は、依然として玄関に立つアシンに声をかける。
「作戦会議だ」
「仕方ないわね」
先程の総司が放った一撃はアシンの目から見ても相当な威力だったのか、俺が会議を提案すると素直に乗った。
できればクリスタリアと幸が帰って来るまで待ちたいが事態は急を要する。流石に一か月も引きこもってるとなると、そろそろ外に出たいという欲求が出てきた。こっちにはネットもねえし、屋内で暇を潰す方法が読書ぐらいしかない。
未だ庭の上空を飛び回っているトカゲモドキの影を一瞥してから、俺とアシンはリビングへと向かった。
そして、アシンが着席したことを確認してから、俺は宣言する。
「今から、第一回魔王軍幹部対策会議を始める!」




