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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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魔王軍幹部は転生者だった? 1

 俺が半引きこもり生活を始めてから数週間が経過した。


 金があるせいで仕事をする必要もない。亜竜大量発生事件のような、魔物が大量発生するような事件が起これば俺にも声がかかるんだろうが、今のところはそんな大それた事件は起こっていない。


 金を手にするとここまで人は堕落するのかと思いつつ、俺はベッドの上で転がりながら読み物を読んでいた。

 あっちでは趣味イコール仕事イコール農業だったから、帰って来た俺は無趣味人間になっていた。旅をしようにも当初の予定以上に大所帯になってしまったことと、姫がいるせいで迂闊に動けない。


 そんな俺が最近手を出し始めたのが本だった。本はあっちと比べるといささか高めだが、内容の濃いものが非常に多い。もっと砕けて言えばはずれが少ない。


 世界そのものの影響か、SFなどの科学が絡む物語は一切ない。ミステリーやラブコメに近しいものは時折見かけるにしろ、やはり科学はこの世界に浸透していない。

 その穴を埋めているのがファンタジー。まあ、当たり前と言えば当たり前だ。こっちではファンタジーと呼ばれてはいないが俺は勝手にそうカテゴライズしている。


 時間に縛られない読書は、今の俺にとって趣味とするに最適かもしれない。


 欠伸をしながらページを捲ると、部屋の戸がノックされた。読んでいた小説に栞を挟んでから、そのノックに返事をする。


「なんだ?」

「兄貴、なんか変な奴が兄貴に用があるって来てますぜ」

「丁重にお帰りいただけ」


 協司が変な奴と言った時点で、俺はそいつと関係を持つ気が失せていた。


 戸越しに対応を命じた俺は再び物語の世界に入っていこうと、栞からさっき開いていたページを開いた。


「何でも、アシンちゃんの知り合いらしいっすよ」


 もう嫌な予感しかしねえ。アシンに用がある変な奴って、この前あいつが言ってた総司とかいうストーカー以外いねえだろ。

 あいつの交友関係のすべてを知ってるわけじゃねえが、あの話を聞いた後にアシンに用がある奴と言われると、どうしてもそいつが浮かんでしまう。


 協司が応対したことから、女子組は今買い物に出かけていると予測し、凝り固まった体を伸ばしながら起き上がった。

 重い体を引きずって、酷い猫背のまま戸を開ける。


「分かった。何かしでかしそうにない奴ならリビングに通しといてくれ」

「ういっす」


 戸の前で浮いていた協司に、変な奴とやらの案内を言いつける。


 流石に寝癖のままだとなめられかねない。最低限寝癖を直してから話をしようと、まず洗面所へ向かった。


 最近は昼まで眠って夜遅くまで読書に耽るという毎日がほとんどなせいで体がまともに動かない。階段を下りるのも億劫だ。


 寝癖かついている場所だけ直すのも面倒なので、水の勢いを強めにしてそのまま頭ごと突っ込む。目覚ましの意味も込めてそのまましばらく水を浴びる。

 数十秒は浴びていただろうか、水を止めて、手近にあったタオルで髪をテキトーに拭いた。


 肩からタオルをかけて、欠伸をしながらリビングの戸を開ける。そこには、テーブルの上に乗っている生首と、黒髪黒目の少年がいた。


「お前が小金村真空か」


 外見だけならアシンとそう変わらない年齢の少年から漂っている雰囲気は中二病系のそれだった。袖付きの黒いローブに身を包み、ローブから出ているのは頭部だけで、サイズが合っていないように見える。


 尋ねた少年に「そうだ」と答えた俺は、少年の座っている位置の正面に座った。


「で、誰お前」

水嶋(みずしま)総司(そうじ)魔王半田(はんだ)(たくみ)の部下の一人だ」


 少年――総司の言葉を信じるのなら、魔王モドキの名前は半田巧というらしい。名前を知ったところで見つかることはないと思うが、情報は手に入れておくに越したことはない。俺は魔王モドキについては何の情報も持っていないに等しい。


 足を組んでふんぞり返っている少年に若干腹が立つも、ここは大人の余裕というやつで我慢してやる。こんなクソガキに一々突っかかっていくような奴はそれだけで程度が知れる。


「アシンを、取り返しに来た」


 そう言った総司は袖を俺に向けた。何をするのかと思えば、暗い袖の中から小さな竜が顔を出した。子竜の甲高い鳴き声は地を響かせるような成竜の咆哮とは違い、非常に可愛らしい。


「おっ、可愛――」


 そう言い切る前に仔竜が火球を吐く。小さな体にしては中々の熱と大きさだ。良く育てられていると感心しつつ、俺はテーブルの上に転がっていたちょうどいい大きさの生首を掴んで、それを盾にした。


「あああっづああぁぁ――っ!!」


 不意の出来事に反応できなかったのか、幽体化できずに火球の直撃を食らった協司は凄惨な悲鳴を上げ、俺の手から飛び出して床をのたうち回った。俺の指も軽く火傷したが、この程度なら数日もすれば治っているだろう。


「よくも俺の舎弟を焼き打ちやがったな!」

「どの口が言う」


 ボケに対して突っ込みができるというのは将来有望だが、本人の意思を無視して無理矢理連れて行こうとするのは良くないと俺は思うな!


 まさしく火達磨になっている生首のことは最早俺すらも気にせずに、総司は俺に背を向けた。


「逃げんのか? ビビったか? うぇーい! かかってこいやー!」

「〈双連炎爪〉」


 帰ろうとした総司を煽ると、背を向けたまま無言で魔術を放ってきた。今回の炎はふたつに分けられているので、協司を盾に防御をしても、もうひとつの炎を食らってしまう。

 だったらこいつのプライドを真っ向から折ってやろうと、俺は敢えて相性の悪い氷の魔術を発動する。


「〈フリージング〉」


 〈フリージング〉は対象を凍らせるという、氷系統の魔術の初歩中の初歩。しかし、魔力の量や込め方によって、その効果は天と地ほどの差が生まれる。事実、炎が凍るという奇妙な光景が俺の目の前に広がった。


 目的は俺を殺すことではなかったのか、総司は自分の魔術が防がれたにも関わらず目視することもなく、屋敷の扉を開けて出て行った。


 追って屋敷の外に出れば、庭には亜竜が羽ばたこうと翼をはためかせていた。種族としての平均的な大きさより遥かに大きく、人を乗せるのに適している。

 今回の目的はただの宣戦布告だったのだと理解した俺は、亜竜の背に乗る総司に目を遣った。


「アシンは俺のものだ。必ず取り返す。覚えていろ、小金村真空」


 小物が吐くような捨て台詞を吐いて、総司は空へと消えて行った。


 馬鹿正直に見送ったが、これ多分撃ち落とした方がよかったな。

さっきの魔術を見るに、あいつの魔術の腕はアシンどころか俺にすら及んでいない。一旦魔術戦に持ち込めば、なし崩し的に倒せただろう。


 しかし亜竜を移動手段に使っているとなると、奴らの潜伏場所を特定することは非常に難しい。こちらから奇襲をかけるのは考えから外しておくべきだ。


 亜竜による奇襲性の高さは俺も良く知っている。乗り手の技術が高ければ、戦艦を撃沈させた某撃墜王のような馬鹿げた真似ができなくもない。あんな子供にそんなことができるとは到底思えないが、警戒はしておいた方がいいだろう。


 それよりも、総司の姿を知った俺の中には、とある懸念が渦巻いていた。


 黒髪黒目、水嶋総司という姓名、そして、あの年で亜竜を操るという技量。


 俺はどうにも総司が転生者であるという可能性を拭うことができなかった。

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