小金村真空はチートだった? 7
無事に武器屋に到着した俺たちは早速幸に合う武器を探し始めた。
幸が今持っている武器は騎士団指定の長剣。うちの国の騎士団は年齢体重に関係なく、皆同じものが支給されるので、幸のように小柄な騎士で長剣を使う者は少ないだろう。
なので、小さい武器を探す。魔術主体で戦うであろう幸に一番合う武器は、アシンが持っている脇差のような小さめのものが望ましい。魔術を扱うのに、大きな武器は邪魔になるからだ。
「ハンドガンがあれば、それが一番なんだがなあ」
そんなものを作る技術は今のラトストラのどこにもない。ミリオタですらない俺が銃の構造や製造法を知っているわけもなく、俺のこの台詞はただのないものねだりだ。
道具という広義で捉えていいのなら、魔術の補助目的の杖を買うのもありだが、本人が武器と断言してしまっているので杖を買うことはできない。
小さめの刀剣や小型の弓も探してみるが、どれも幸に合いそうにない。
「ねえ、これ使えないの?」
アシンが俺に提示してきたのは紫乃から俺に、俺からアシンに渡った竜の牙。まだ一切加工されていないようで、渡した時と同じ掌大の大きさのままだ。
「使えるも何も、これ以上ない素材だが……いいのか?」
「構わないわ。元々あたしのものじゃないんだし、あんたの好きに使えばいいじゃない」
本人の言っていた人間嫌いが嘘に思えるほど良い奴だ。こいつ実は他人に迷惑をかけないように他人を拒絶しているだけじゃねえの? いやでも騎士殺しているしな……よく分からん。
アシンの許可を得て竜の牙を受け取った俺は、武器屋の一番奥にあるカウンターに竜の牙を置いた。
「なあ、これでナイフ作ってもらえねえか?」
一瞬怪訝な顔をした店主は、カウンターに置かれている素材を手に取った瞬間に表情を変えた。
「こ、これは……!?」
「お察しの通り、竜の牙だ。こいつを使ってナイフを作ってほしい」
「ナイフなら十数分もあればできますが……」
「なら頼む。確か料金は前払いだったな。こいつから引いといてくれ」
ここの店主も、いくら王都とはいえ竜の牙なんていう代物を扱うのは初めてなのだろう、俺が竜の牙だと告げると、目に見えて冷や汗をかき始めた。
変に緊張してミスられても困るが、俺はアスマリアの技術力とやらを信じている。何せアスマリアはあらゆる都市の中で最も大きく、栄えている。無茶な依頼も数多くこなしてきた、言わば歴戦の武器屋の実力は伊達ではないだろう。
竜の牙を預けた俺は、壁に掛けられた武器を眺めているアシンの隣に立って、アシンが見ていた辺りの武器を見た。
それは脇差。刀よりは幾分か小さいそれは、小回りが利くことが第一の利点として挙げられる。
「そういえばお前の脇差、無茶な使い方して使い物にならなくなってたな」
「原因が何言ってんのよ」
そう、アシンの脇差は俺の頭蓋を貫くという、本来の用途とは違う無茶な使い方をされたせいで、二度とは使えぬ傷を負っていた。
この世界の刀剣は人を数人斬った程度では刃こぼれしないという強靭さを持っているが、流石に頭蓋を貫くのは無理があった。
修復するにも金がかかる。修復すれば武器そのものの耐久力が落ちるので、金があるのであれば新しく買い直すのが望ましい。
「後で買ってやるよ」
「別にいいわよ。今持ってるお金で足りるし」
「あの時ビビらせた詫びだと思って素直に買わせろ」
買うといっても今すぐにではない。ナイフの完成に十数分かかるのなら、その間にどこか別の場所で時間を潰すのが得策だろう。
ちょうど寄っておきたいところもあったので、空き時間ができたことは幸いだ。
「アシンはどっか寄っときたいところあるか?」
「特にないわね。武器眺めてるだけでいいわ」
「俺ちょっと用事あるから、行ってくるわ」
「ん」
アシンに出かけることを伝えておいて、俺は武器屋を後にする。用事があると言っても、そこまで時間のかかる用ではない。ささっと買い物を済ませるだけだ。
武器屋に来るまでに見つけておいた雑貨屋に入り、財布を探す。
さっきアシンが俺に渡そうとしていた薄汚れた袋。それをいつまでも財布代わりにしているのは不便だろうと、着いて来てくれた礼に財布をプレゼントしようと思っている。
おそらく女性用の、可愛らしい財布も多々あるがアシンの趣味がそんなファンシーなものだと思えないので候補から除外する。
こうして考えてみると、アシンの苦手なものは知っていても、好きなものを知らないことに気付いた。というか、うちの女子たちの好きなものを知らない。
クソ生首が貧乳好きだということは無駄に知っている。
下手に気取ったようなものを渡して嫌な顔をされても嫌だし、無難なものを買って行くか。
財布をひとつ手に取り、手早く会計を済ませる。金符だけで、アスマリアで営業しているすべての店で支払いを済ませることができるというのは、実に便利だとつくづく痛感する。
財布を片手に武器屋に戻る。アシンの反応が気になって仕方がない俺は、子供のように速足で歩く。
徒歩約五分。武器屋に戻ってきた俺は変わらず脇差を見つめているアシンの肩を叩いた。
「何?」
「財布、今日の礼だ」
財布の良し悪しなど俺にはわからないが、一瞬アシンが嬉しそうな表情をしたのを俺は見逃さなかった。
すぐに表情を戻したアシンは、俺から受け取った財布を大事そうに懐に仕舞った。
「……ありがと」
今発見したことがある。アシンは他人から物をプレゼントされると、おそらく無条件で喜ぶ。
「お客さん! 希望の品が仕上がりました!」
そこで店主から声がかかる。脇差を片手に俺は再びカウンターへと向かう。
「仕上がりはいかがで?」
店主から渡されたナイフは竜の牙特有の光沢を放っていた。金属光沢ともつかないその輝きは、ナイフの切れ味を物語るとともに、店主の腕の良さも証明している。
「良くできてる。ありがとう」
ナイフを受け取り、脇差の会計も済ませ、俺とアシンの、長いようで短いデートのような何かは終わった。
■
俺は帰って来て最初に、俺の部屋で眠っているであろう幸の元へ向かった。
自室の戸を開けると、ベッドの上で布団に包まって幸せそうにしている幸の姿があった。
「何してんだ」
「匂ってる」
ドストレートに答えた幸に若干呆れながらも、俺はポケットの中に入っているそれを取り出して、幸に見せつける。
「今日、アシンと一緒に武器屋に行って、竜の牙でナイフを作ってきた。お前、武器が欲しいって言ってたろ?」
「……うん」
嬉しさを不服さが入り混じった微妙な表情をしている。
やはり、一緒に行ってやるべきだったのかもしれない。だが、幸と行っていたのなら、竜の牙でナイフを造ることは叶わなかった。
ホルダーに収められたナイフを渡すと、幸はすぐにそれを引き抜いた。
「……きれい」
ヴェスの光を反射して輝くナイフの独特の光に、幸は小さく呟いた。
そして、静かに目を閉じてナイフをホルダーに収める。
「アシンに、ありがとうって、言ってて」
一転して穏やかな表情に変わった幸はナイフを大事そうに抱えて、少し頬を染めながらそう言った。
いつもとは違うしおらしい幸の様子に、俺も思わず口角が上がる。
「今日は悪かった。今度は一緒に飯でも食いに行こう」
妹や娘を愛でるように、優しく幸の頭を撫でてやる。やはり幸は顔が真っ赤に染まったが、二度目だからか今度は気を失わなかった。
恥ずかしさからか掛け布団で顔を隠した幸は、少しだけ顔を覗かせて「うん」と頷いた。




