小金村真空はチートだった? 3
亜竜掃討を終えた俺は城に来ていた。理由は亜竜掃討に参加し、多大な戦果を挙げたことによる報酬の授与。一人で城に来るのは初めてなので新鮮な気分だ。
ところどころにトバンの騎士もいる。隣国だけあって、すぐに加勢に来てもらえるのはありがたい。
俺が今回呼び出された場所は前回王から地下への鍵を貰ったあの部屋だ。亜竜がちゃんと届いているか確認するついでに一度屋敷に戻って地図を持って来たので、今回は迷わずに、変な道を通らずに真っ直ぐ向かうことができる。
部屋の前に着いた俺は、先日姫二人がいた部屋を一瞥してから王のいるであろう部屋をノックした。
「どうぞ」
王の声を聞いて戸を開けた俺は固まった。
「こんにちは、真空様」
クリスタリアが王の隣に座っていたからだ。おまけに近いエイクがクリスタリアの隣に座っているのはどうでもいいとして、俺は気温が高いわけでもないのに汗をかいた。
いつまでも立ちぼうけなのもおかしいので、できるだけ平静を装って向かい側のソファに座る。普段通りの王と、可哀想なものを見る目で見てくるエイク、そして熱っぽい視線を送るクリスタリア。三者三様に見つめられ、俺は非常に逃げ出したくなった。
「此度は亜竜討伐に参加いただきありがとうございます」
「俺も思うところがあって参加しただけだし、そう畏まらなくてもいいって」
ただでワイバーンの肉が手に入ると思ったから参加しただけで、大義名分があるわけじゃあねえ。まあ、貰えるものは貰っておきたい。だが、クリスタリアからは何も貰いたくねえ。
前回よりはラフな格好の姫二人を見ると、様子は変わっていなかった。
「ですが、国の面子というものもあります。報酬だけでも受け取ってもらえないでしょうか」
ここで受け取ると、トバンから、ひいてはクリスタリアからも受け取らなければおかしくなる。どうにかして回避したいが策が見つからない。
こんな時に機転の利く日向がいればなあ……
ないものねだりをしても仕方がない。今は俺一人しかないのだから、俺が何か思いつかなければならない。
「いやほんと、いいから。久々に高威力魔術をぱなせて気持ちよかったしさ」
「せめて、お金だけでも。マソラ様がいなければ、民が亜竜に襲われていたかもしれないのです」
どうしてこうも食い下がってくるんだよこの中年は! 性格いいのは否定しねえけどさ、もうちょっと相手の心情を読み取ってくれよ。
馬鹿な俺には得策が思いつかず、肩を落とした。
「……わーったよ。金だけ、金だけ貰う」
金だけということを強調して、渋々報酬の授与を承諾する。これでクリスタリアも下手なことは言えないだろう。
一応の予防線を張ったが本番はこれからだ。俺の話を聞いていない可能性が十分にあり得るクリスタリアの提案を、どうやって躱すかを今から考えておかなければならない。
常人なら見蕩れてしまうであろうクリスタリアの笑顔だが、俺はただただ恐怖していた。
「次は私からですね」
その言葉を聞いた俺は処刑台に上がる囚人のような気分だった。
「我々トバンからの報酬は、私、クリスタリア・ローン=シェイブです」
処刑台に上ったら核弾頭が飛んで来た。
アシンに王族とのコネを作っておくのは悪くないと言ったが、今度訂正しておこう。コネを作る相手は選ばなければならないと。
声も出せずに口を開けて呆けている俺を、エイクは物悲しそうに見ている。そして、口パクで「頑張れ」と俺に向けて告げた。
何をどう頑張るんですか……?
「えっと、継承とか、その辺どうなんの」
「心配御無用です。私には既に王位を継承している兄と、婿を迎え入れた姉がおりますので、不幸が続かない限りは真空様がトバンを継ぐような事態にはなりません」
そういう家族構成なら、王族的に次女は必要ないだろうなあ。
だからって得体の知れない変な奴に娘を丸投げすることはないだろう。
「私のことは真空様の好きにしていただいて構いません。料理を始めとした家事は一通り習得しております。女中のように扱っていただいても、奴隷のように酷使していただいても」
隣の王がドン引きしているんだが、頭の中が花畑になっているこのお姫様は自分の言っていることの意味が分かっているのだろうか。
滅茶苦茶なことをして幻滅させようにも、さっき亜竜から助けてしまったことも尾を引いているせいで上手くはいかないだろう。下手をするとクリスタリアよりも先に、アシンに幻滅される。
「お前はそれでいいのか?」
万が一にも自分の意思でなく、他人の意思で言っているのなら、改めさせなければならない。そう希望を持って質問した。
「もちろんですとも。私は真空様に深く心酔すると同時に、陶酔しております」
頭おかしいよこいつ。俺のどこにそんな要素があるんだよ。
「真空」
「なんだよ急に」
「諦めろ」
今まで見たことのない優しい笑顔で話しかけてきたエイクは、俺に諦めるように促した。
クリスタリアの家族を除いて、この場で最も深く彼女を知っているエイクがこう言っているということはそうするべきなのかもしれない。
諦められるかよ。これ以上厄介事、面倒事の塊を抱え込んだら潰れるわ。今のところ幸はマイペースなだけのロリだが、俺の見立てでは絶対に何かある。
それに加えて王族はいくら英雄サマでも流石に辛い。
「真空様のために尽くします、真空様のためならば何でも致します。ですから、どうか、私を受け入れて下さい」
「絶対に、絶対に面倒を起こさないと誓えるか?」
「はい」
即答しやがった。この世界において、誓うという言葉はあっちよりも数段上の意味合いを持つ。俺は軽く口にするが、一般人ならば一生のうちに一度も言わないこともよくある。俺だってあっちに行く前までは一度も言ったことがなかった。
その言葉をあっさりと呑み込んだクリスタリアの覚悟は本物だろう。俺だって、こっちの人間に誓わせてまで拒否するような鬼畜じゃあねえ。クリスタリアが覚悟を決めているのなら、俺だってそれに見合うように覚悟を決めるのが筋ってもんだ。
「なら、適当に荷物纏めて明後日辺りにでも街外れにある屋敷に来い」
「あ、有難う御座います! 真空様!」
俺の許可を得るなり、クリスタリアは走って部屋から出て行った。王族の割にはお転婆なところもあるようで、畏まった姿ばかり見ていた俺は、クリスタリアの少女らしい姿に少しだけ安心した。
普通に惚れられているだけだと考えればまだ幾分か気が安らぐ。信仰されるなんて経験がない上に、きっとロクなことにならない。そう考えると神に同情せざるを得ない。
「気をつけておけ、真空」
緊張の糸が解けたことで、息を吐いて紅茶を啜った俺に、エイクが話しかけてくる。
「見た感じじゃあ悪い奴には見えねえぞ」
「クリスタリアは本当に貴様のことを好いている。愛していると言ってもいいな。今日ここに来るなり、真空の話を延々としていた。あれは、重いぞ」
まあ、愛が重い女は何度か経験済みだ。一回寝ただけで彼女面する女とかな。
その点クリスタリアはまだ安全な方だ。俺に心酔しているのなら、危害を加えるような真似はしないだろう。無理心中されそうになった俺が言うんだから、八割方大丈夫だ。
「心配ありがとうよ。じゃあ俺はこれで失礼するぜ」
「お金は何時お渡しいたしましょう」
「金符渡しとくから送ってくれ」
「承りました」
王に金符を渡して部屋を出た俺は、また旅に出るのが遅れるかもしれないと、小さな悩みを抱えるのだった。




