小金村真空はチートだった? 2
十数は倒したはずだが亜竜の数は留まるところを知らないのか、目に見えて数が減ったとは思えない。それどころか、仲間を殺されて怒った亜竜が凶暴さを増している。
「火吐きの亜竜なら!」
耐火炎魔術、〈フレイムスケイル〉を使って亜竜の吐く火炎に対応する。毒を以て毒を制す理論で、火炎を以て火炎から身を護る。
この場にいる全員にそれを使えればいいのだが、生憎人間はそこまで魔力路が太く、長くない。せめてアシンを連れて来ればよかったか。
〈マナウェポン〉で無双していると、亜竜たちも俺が危険だと判断したのか、俺に構わずに騎士たちを狙い始めた。
勝てない相手と見て、一切の干渉を断つことは間違っちゃいねえが、魔物にはそこまでの知性はないはず。こりゃあきな臭くなってきたぜ。
「貴方が小金村真空か!」
亜竜に囲まれている男が俺の名を呼ぶ。その声は、先日聞いた団長の声だった。
「助太刀しようか?」
「それには及ばん!」
俺の提案を両断した団長はその覇気のまま、亜竜を一体縦に割った。体力がちと心配だが、こいつなら数体のワイバーン程度ならなんとかなりそうだ。
二体目の亜竜を横に割った団長は、続けて俺に言った。
「この奥の、小金村が存在した辺りでトバンの騎士が姫を護りながら亜竜と戦闘を行っている! そちらに急いでもらえないか!?」
「俺の故郷を荒らすたあ、いい度胸してんじゃねえかトカゲモドキ。良いぜ、行ってやる!」
草っぱらしか残ってねえ、村とも言えねえただの野原だが何年経とうと俺の故郷であることに変わりはない。そこを荒らそうってんなら容赦の一切はいらねえ。あそこを荒らしていいのは今や俺だけだ。塵も残さずに消し去ってやる。
再び加速した俺は一度アシンと通った景色を思い出しながらあの光景を探す。
ここから小金村跡地はそう遠くなかったはずだ。辺りを見回しながら疾駆していると、遠目に人影が視認できた。
慣性を押し殺しながら方向転換し、トバンの騎士を援護するために、相変わらず剣の形を取っている〈マナウェポン〉を握り直した。
「ここで死ねっ!!」
順手に持った〈マナウェポン〉で亜竜の翼を叩き切る。即座に毒が回り、亜竜は身悶えながら絶命する。
亜竜の耳障りな断末魔をBGMに、小金村に急ごうと身を屈めた俺の腕を、柔らかい手が掴んだ。
「真空様でいらっしゃいますか?」
クリスタリアに捕まった。瞳はキラキラと煌めき、羨望の眼差しで俺を見ている。近くに騎士の姿は見えず、助けを求めることは叶わない。
「私を、助けに来てくれたのですか?」
違うと断言したいところだが、ここまで輝かれると流石の俺も事実を突きつけにくい。サンタクロースを信じ切っている子供に、正体は親だと吹き込むようなものだ。
確かに、形的には亜竜からクリスタリアを助けたことになっている。その時俺はクリスタリアの姿が視界に入っていなかった。例え入っていたとしても、騎士が助けるだろうと放って行っただろう。
俺、こいつ苦手だし。ぶっちゃけあんまり関わりたくねえ。
俺のそんな気持ちは露知らず、クリスタリアはもう一度口を開いた。
「エイクちゃんが言っていたことが嘘だとは思いませんが、やはり真空様は英雄でした」
「あのさ、急いでるからとりあえず手え放してくんね?」
「なんと礼を申し上げればよろしいでしょうか。金品では私の気持ちが収まりませんし……ああ、どう致しましょう」
言葉だけで十分だから俺を解放してくれ。俺は一刻も早くワイバーン共を殲滅せにゃならんのだ。
「真空様、真空様は何をお望みですか?」
「金」
「他に何か御座いますか?」
「飯」
「他には?」
「……こ、恋人……?」
何言ってんだ俺。顔が熱くなってきているし、クリスタリアもきょとんとした顔のまま固まっている。
「ええいままよ!」
「きゃあっ!」
「捕まってろバーカバーカ!」
恥ずかしさで居ても立っても居られなくなった俺は、〈マナウェポン〉を一旦解除してクリスタリアを抱えた。そのまま、目的地である小金村に向かって走り出す。
クリスタリアは何が起こったのか分からないといった様相で俺の顔を覗き込んでいる。俺だって何が起こっているのか分からない。なんであんなこと言ったんだクソッタレ!
そりゃあ欲しいさ。だが、不老不死が恋人を作った末路は俺が身を以て体験している。ありゃあ空しいって知っているから、俺は恋人を作るのをやめたんだ。
セフレは作ったが。
まあとにかく、小金村跡地を襲っているワイバーン共を殲滅するという俺の目的が変わったわけじゃあねえ。
「ま、真空様? これは……」
「下手のところに逃げるより俺の傍にいた方が安全だ。小金村に着いたら適当な騎士に預けるからな」
「は、はい」
ああクソ。なんで姫を抱えて森の中を駆け回ってんだ俺は。これじゃあ駆け落ちみてえじゃねか。何かクリスタリアも顔赤くしてるしよ。
草木が焦げる臭いが漂ってくる。それと同時に、草原で亜竜と戦闘を繰り広げている騎士たちの姿が目に入った。
「おい、そこの騎士」
「ん? なっ!? く、クリスタリア様!? キオルと共に逃げたはずでは!?」
「途中ではぐれてしまいました。そして亜竜に襲われていたところを真空様に救われ、ここまで連れて来ていただきました」
前線から退いている適当な騎士に話しかけ、何があったのかをクリスタリアが説明する。それを聞いた騎士は俺を一瞥して礼をしようとする。
それを手で制して、俺は森の中とは比べ物にならない数の亜竜を睨んだ。
「騎士を全員退かせろ。今からここにいるワイバーン共をまとめて消す」
「はっ!」
騎士は拡声魔術で一帯に退避命令を出す。騎士を追うように亜竜が何匹か射程から外れるが、二桁にも満たない数なら何とかなるだろうと、俺は前に出た。
神造魔術。それは神が現界した際に創り上げた、人知の域を超えた、魔法とも呼ぶべき代物。これも本来なら多人数、それも百人単位で発動する類いのものだが、俺はそれを改造というか改悪することで、個人で発動できるレベルにまで落とした。
もちろん威力は落ちるし、周りの仲間を巻き込むリスクも高くなる。威力は型落ちでも魔王を倒せる威力が出ることは実証済み。範囲も覚えている。そして、状況は整っている。であれば必定、使わない理由は、ない。
「――地を裂き、海を割り、空を切り、世界を絶つ。此れぞ天地神明の威光也――」
必要な詠唱は短く、簡潔にまとめる、実にあの神らしい詠唱。それを終え、腰を落として刀を抜く直前と似た体勢を取る。
騎士たちは息を飲み、亜竜たちは何かを感じ取ったのかこっちに向かって突進してくる。
だが、今更遅い。
「人の庭を荒らした責任は取ってもらうぜ、トカゲモドキ共!」
言って、腰に据えた左手を抜く。
「〈偽・万象宿す隔世の剣〉――!」
振るった左手をなぞるように光の奔流が放たれる。それは、神の光と等しく輝く人々の光。
その光は亜竜の群れを呑み込み、呑み込まれた亜竜は形を成すことができずに霧散していく。断末魔すら聞こえない、静寂の光。その光を目の当たりにした騎士たちは呼吸も忘れて魅入っていた。
光が去り、すべてが終わった後、呑まれた亜竜は影すら残らず消え去り、生い茂っていた草たちもどこかへ消えてしまっていた。
残っているのは数匹の亜竜と捲られた地面のみ。その残り少ない亜竜も、仲間が消えたことに戦き、散り散りになって逃げて行った。
聞こえるのは、風の音だけだった。




