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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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小金村真空はチートだった? 1

 幸が屋敷に住み着いたことで食糧の減りが早くなり、旅立ちの時を間近に感じ始めた今日この頃。俺はやたらとパンを食べる幸のせいで底をついたパンを追加で買いに来ていた。


 パン屋の店長であるヒョロガリのおっさんは、今日は客が少ないからか店先に置かれているテーブルに肘をついて暇そうに欠伸をしていた。


「おっす店長。常連様が来てやったぜ」

「ああ、君か。久しぶりだな。この前馬鹿みたいに買って行った以来かね?」

「そうだな。あれ以来だ」


 俺が来たことで、店長は立ち上がって凝り固まっていた体を解す。店長とはかれこれかなり長い付き合いだが、まだ名前すら聞いていない。お互いに代名詞で呼び合っているので、名前を知る必要性を感じていないということが理由のひとつだ。


 関節が鳴る音を聞きながら、どんなパンを買うかを考える。

 名物の硬パンを食べられるのは俺だけだから、今屋敷にある分で十分足りる。何でも食べる生首とロリの好みを知らないので、どれが正解かが分からない。


「オススメとかあんの?」

「スケイルパン」

「それ俺以外食えねえから」


 オススメを尋ねると超硬度パンを紹介された。超人的な顎を持っていないと食えないようなものを何故客に勧めるのか、店長の心情が俺には分からない。

 余談だが、このパンの売り上げを支えているのは俺だと勝手に思っている。


 呆れたように息を吐いた店長は、店の奥に入って行った。

 準備でも始めたのだろうと、俺はさっきまで店長が座っていた場所に座りながら、パンのメニューを眺める。


 この店のパンはすべて買い尽くした。買っていないパンはこの店にはなく、幸がどのパンを好んで食べているか思い返そうにも、もっきゅもっきゅとあらゆるパンを頬張っていた光景しか浮かばない。

 好き嫌いしないことはいいことだが、好きなものがないというのも困りものだ。


 新商品でも出ていないかと目新しいものを探してみるが、見たことのないパンは並んでいなかった。


「よっそい」


 デカい籠いっぱいのパンを抱えて店の奥から店長が出てきた。籠に山盛りになっているパンはメニューに記載されているそれらの中のどれとも違う形、色をしていた。


「新しいのを作ってみたんだが、味見係がいなくてね。よかったら持って行ってくれないか」

「へえ、どんな味なんだ?」

「近頃亜竜がこの辺りで頻出しているみたいでね。それの血を混ぜ込んでみた」


 亜竜っていうとワイバーンか。確かに、ワイバーンなら本物の竜種より幾分か味は落ちるが味はいいと聞く。

 血が混ぜ込まれているからか赤いパンをひとつ手に取って齧る。


「おっ、結構イケんじゃん」


 臭さはまったくなく、亜竜本来の濃い味が生地に練り込まれることで、ちょうどいい具合に薄まっている。これなら十分商品になるだろう。

 昼飯を食った後だからそう多くは食えないが、満腹の状態でも美味いと感じるならかなりのものだ。


 亜竜パンを食べながら今日の晩飯の献立を考える。亜竜が下町のいち店舗にも出回っているほどに湧いているのなら、適当な店で亜竜の肉を仕入れて竜の肉の前座にでもしよう。


 今日の晩飯の内容が決まったところで、肩を何者かに叩かれた。


「マソラ様、すみません、レオンです」


 人が気分よく飯を食っているとこに割り込んできたのは爽やかイケメン。

 何やら深刻そうな表情なので、話だけでも聞いてやろうと「なんだ」と当たり障りのない返事をする。


「この辺りにワイバーンが多く現れるようになったことはご存知ですか?」

「ああ、今さっきここの店長から聞いた」

「その数があまりにも多く、トバンにも協力を仰いだのですが、曲がりなりにも竜である彼らは強大でして、トバンの騎士たちにも負傷する者が増えてきたところでマソラ様にお声をかけさせていただきました」


 なっげえ。だがまあ、そんな長い説明のおかげで事の顛末は理解できた。トバンがいるってのはちょっと不安だが、期待されている以上、答えてやる必要がある。


 わけねえだろ。俺は慈善事業者じゃねえ、ただの一介の人間で、何かの間違いで英雄に仕立て上げられただけの田舎の農民だ。何かしらの報酬もなしに動くわけがねえ。


「ワイバーンを何匹かちょろまかす。それをどうにかして誤魔化せ。そうしてやったらワイバーン退治に参加してやってもいい」

「うっわゲスだなあ君」


 討伐した魔物は生態系の観点から、討伐した数をギルドに報告しなければならない。魔物の死体が残っている場合は経済を回す目的か、適当な店に卸される。それらは法によって定められており、違反は結構な罪になる。


 というのが千年前の法律。店長の反応を見るに、この法律は今でも生きている。


「……っ、何とかすれば、助けていただけるのですね?」

「もちろんだとも。神に誓ってやってもいいぜ?」


 ポンコツかつ雑魚の神だが、あれはあれで有能な時もある。誓ってやって悪い相手ではない。

 苦悶の表情を浮かべたレオンは騎士の誇りと皆の命を天秤にかけているのだろう。答えは、言うまでもない。





「振り落とされないように気をつけて下さい!」

「なあ、走った方が速くねえ?」


 相当焦っているのか俺の言葉を聞き入れず馬を加速させるレオン。レオンが人の言葉を聞き入れないほど焦っているとは、俺が思っていたよりも状況は悪いらしい。


 森のロクに整備されていない道を、俺とレオンを乗せた馬がひた走る。俺の言った通り走った方が速いだろうが、体力を気にしてか馬を手配した。アスマリアから森なんぞさして遠くはない。そこまで体力も消費しないだろうに、心配性な奴だ。


 森の奥へと進んで行くにつれて、人の声と人ならざる者の声入り混じった喧噪が聞こえてきた。


「森を焦土にしていいなら一瞬でケリが付くんだがなあ」


 神造魔術の型落ちを使える身としては、大量の雑魚を相手にするのは非常に面倒だ。

 叫喚が近付いてきた頃合いを見計らって、俺はレオンの駆る馬から飛び降りた。


「マソラ様!?」

「ここから先で見つけたワイバーンを全部ぶっ殺す。お前はそのうち冷凍された二、三体を拾って、街外れにある寂れた屋敷に送れ」

「う、承りました!」


 レオンの返事を待たずに、魔力路が焼けない限界の身体強化で駆け出す。


 左の掌で魔術を発動する準備を行う。この状況に最も見合った魔術を記憶の引き出しから選び出して、必要な魔術を構築していく。


「さあ、行くぜえ! 〈マナウェポン〉!」


 〈マナウェポン〉。それはマナを魔術に変換せずに、空気中のマナをそのままあらゆる武器に転用する、魔術であって魔術でないもの。魔術の技術を持たない俺だが、魔力、マナの操作には秀でた俺が他人に誇ることのできる要素のひとつ。


 固有魔術なんていう狡い手ではなく、真っ向から他人と張り合える俺の突出した技能だ。


「小金村真空様のお通りだ! 巻き込まれねえ自信のねえ奴は黙って退けえい!」


 俺の声かけに応じて言われた通りに退く者が半数、退かぬ者が半数。最前に立っていた者のほとんどがこの場に残った。


 定まった形状をもたない〈マナウェポン〉の形状は俺の意思によって変化する。俺はそれを剣に変化させた。

 しかしその剣は本来の用途で使用されることはなく、投擲によってワイバーンの眉間に突き刺さった。


「まずひとおつ! ふたあつ!」


 〈マナウェポン〉は発動していれば、その間半永久的に武器を作り出すことができる。そして、本来ならば眉間に剣が刺さった程度で息絶えることのないワイバーンは、マナの毒性によって死んでいく。

 晩飯用に何体か毒殺せずに殺しておかなければならないことを忘れずに、時折〈アイシクル・アブソリュート〉を使って凍らせておく。


 ここまでの大立ち回りは千年振りだから腕が鳴るぜ。年甲斐もなくテンションが上がってきた。

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