捕まえたエルフは激強だった? 1
やっぱ服貰っとけばよかったなとか何とか、くだらねえことを考えながら、扉の中の真っ暗な道を進んで行く。
真っ暗と言ったが、自分の服装や姿はちゃんと視認できる。暗い、というよりは黒い空間にいるような感覚だ。
歩き始めて五分と経たないうちに、出口であろう光が見えてきた。
さっき格好つけて世界を救うとか言ったが、正直魔王モドキをどうにかしようという気はあんまりしねえ。そりゃあ、地は割れ、空は重く、海は赤いとかいう世紀末も真っ青な情景になってりゃあ別だ。だが、出口から見える光を見るに、その心配は必要なさそうだ。
黒い空間を抜け、光を浴びる。太陽のそれによく似た光に少しだけ目を閉じる。
「お、おおう……」
これといって、何もなかった。
森というよりは林に近く、背の低い雑草が見渡す限りに生えている。
一瞬神がしくりやがったかと思ったが、俺は自分の年齢を思い出して納得する。
そりゃあ、千年以上経てば地形も変わるわな。
しっかしこうも面影がねえとどこか分からねえな。地図でも貰っとくんだったぜ。
つなぎのままってのはこの状況的には若干プラスだな。変な虫に血を吸われたりしねえ。
誰もいない中、一人で移動するのはサバイバル的にはやめといた方がいいだろうが、どうしようもない俺はこの草原とも森ともつかない元故郷から旅立つ。
誰かいるなら道でも訊けたんだけどなあ。常識があってもここがどこか分かんねえんじゃあ意味がねえ。
とりあえず、与えられた常識を掘り起こしながら林の中を歩いて行く。
……あの野郎、サボって俺の記憶思い出させただけじゃねえか。マジで使えねえ神だなあのクソッタレ。次があるかは分からねえが次会ったら一発殴ってやる。
しっかし何もねえ。こうも何もねえ誰もいねえと、人類が全滅したのか、というあり得ねえ疑問が浮かんでくる。
こんな平和な人類滅亡があるかっての。人類のみを消滅させる、なんていうふざけたドチート魔術なんざ未来永劫生まれるわけがねえ。できたとしても、生命すべてを消し飛ばす、文字通り世界を滅ぼす魔術だ。
まー、魔術学者共は千年経っても頭は硬えだろうから、そんな超威力魔術は生まれてねえだろう。
背の低い草々を踏み抜きながら、誰かいないかと辺りをきょろきょろと見回しながら林を歩いていた俺は、薄っすらと漂ってきた血の臭いに気が付いた。
こりゃあ新しい。それも人間の血だな。どの程度離れてるかまでは推測しきれねえが、だいたいの方向は分かる。
もしかしたら生きているかもという期待を寄せて、俺はその血が漂ってきた方向へと進路を変えた。
俺の進行方向は正解だったようで、進んで行くにつれて血の臭いは濃くなってきている。辺りの草木にも血糊がべったりとはりついている。遠目には樹にもたれ掛かって絶命している人間の姿も視認できた。
恰好は甲冑、兜をなくして露わになった顔の様相は金髪碧眼。十中八九王宮の騎士だろう。千年経ったクセに、あっちと違って特に進歩してなさそうだなこっちは。
点々と草を染める血の跡を追っているうちに、どんどん辺りが暗くなっていく。野宿は構わねえが空腹は勘弁だ。とりあえず、誰か見つけて奢ってもらわねえと。
「おっ」
漸く第一人類を発見した。銀の髪を腰辺りまで伸ばした少女だろうか、黒いローブが暗くなっていく景色に溶け込んでいる。本気で隠れる気なら髪をローブの中に仕舞うだろうから、恐らくはそういう考えはないんだろう。
俺が声をかけようと小走りで少女に向かって駆け出すと、少女が手に持ったナイフらしき短剣を投擲してきた。
「のっべ!」
これといって意味のない叫びを上げて横に回避。
なんだこいつ、初対面の相手にナイフ投げるとか快楽殺人者かよ。走っただけなのに親の仇みてえに睨んでくるし。
いや、薄暗い人気のない場所で怪しい男が走って来たら警戒ぐらいするか。
とりあえずここは、誤解を解いておくべきだ。
「待て、俺は怪しい者じゃあねえ。どこにでもいる普通の農家だ」
「は? 何言ってんの」
「いや、だから農家」
「何語?」
あ、つい日本語で喋ってた。
聞こえる分には大丈夫だが咄嗟に話すとなるとこっちの言葉が出ねえな。
兎に角、こいつを逃せば今晩の飯は雑草になる。それは嫌だ。俺は神によって掘り起こされた記憶を辿ってこっちの言語――アラズ語を話す。
「すまん、俺は怪しい者じゃあねえ。どこにでもいる普通の農家だ」
「会話する気ある? 何が農家よ。この辺りに人間がいるわけないでしょ」
「いやあ、何て言うか? にわかには信じられねえかもしれねえけどよ、俺異世界から来たんだよ」
「……異世界って頭がおかしい人間しかいないの?」
その言葉から察するに、異世界人はこの世界にも存在するらしい。それが魔王のことか、それとも別の誰かかは置いといて、俺の素性を半分ほど理解してもらえたことは大きい。
依然として眉をひそめている少女は異世界人を偏見たっぷりの目で見ている。耳を見たところエルフかハーフエルフっぽいし、頭が固そうだ。
こいつが知ってる異世界人がどんな奴かは知らねえが狂人扱いされてるとは不遇な奴だな。
「俺今無一文で腹減っててさ。晩飯奢ってくんね?」
「ふざけるなら殺すわよ」
よっぽど人間に対して恨みが深いのか、この少女は俺の額に脇差を突きつけてきた。
まったく断然ちっとも怖くねえし、俺に対しては脅しにもなりゃしねえ。いやあ、こういうときに不老不死って便利だねえ。
少女は脅しが効いていない俺に対して、さらに警戒心を高める。それもそうだろう。人間、もとい知能を持つ生き物であれば、生命の危機の直面した際にそれを守ろうとする。それが本能だ。
んなもんとっくに消し飛んでるがね。生存本能なんぞ何年前に消えたか分かんねえぜ。
だから俺は、至って冷静に、かつ図々しく、台詞を吐いた。
「怖い奴だな。後で返すから晩飯奢ってくれってだけだろ?」
俺がそう言うや否や、俺の後頭部から刀が生えた。
うん、これ完全に貫通してる。クッソ痛え。
少女は俺の頭に生えた脇差を放置してローブを翻した。どうやら「殺った」と確信したようだ。
馬鹿な奴め。相手が死んだときには瞳孔の開閉、心臓の鼓動、呼吸の有無をきっちり調べた上で一週間は様子を見るべきだ。
まあ、そんなことをしている余裕はこの少女にはなさそうだ。人間嫌いがひしひしと伝わってきた。何があったのかは知ったこっちゃねえが相当なもんだ。
逃げられると困るので、一歩踏み出した少女の肩を叩く。
「ひゃっ!」
誰にも叩かれるはずのない肩を叩かれた少女は可愛らしい悲鳴を上げる。
「な、何、何で、何で!?」
腰を抜かしてその場にへたり込んだ少女は幽霊でも見たかのような怯えた表情で俺を見た。そして、恐怖からか数十センチ後退って樹の幹にぶつかって涙目になっている。
ちょっと楽しくなってきたので、わざと威圧感のある笑顔を浮かべる。すると、少女はついに涙を流し始めた。
いやはや、ここまで霊的存在が苦手だとは思わなんだ。こっちもあっちと同じで、霊的存在がオカルチックな扱いを受けてるから分からねえでもねえがな。
そんなこと、今の俺には関係ねえ。腹が減ってんだから飯を食う、当たり前のことだ。
腰を抜かして立てない少女に目線を合わせてしゃがみこむ。
「なあ、晩飯奢ってくれよ」
「……! ……!」
涙を散らしながら、少女は首を激しく縦に振った。