永遠の魔女は自己中だった? 6
地上に戻り、城を出た俺たちは未だに焦げ臭い空気に触れた。
いくら臭いと言っても城の中の窮屈な空気よりは幾分かマシで、城から出るなり解放されたような気分になった俺は大きく伸びをした。
「これで吾の仕事は終わりじゃ。付き合うてくれてありがとうの」
「礼なら言葉じゃなく金品で頼む」
礼を言った紫乃に、無慈悲に現実的な礼を求める。クリスタリアには適当なことを言って誤魔化したが、身内にはめっぽう厳しい俺は紫乃にも容赦はしない。
紫乃なら現金はともかく売れそうな鉱石は持っていそうだ。金に余裕があるとはいえ、それもまた消耗していく。金はあればあるだけ損はない。
金品をくれという俺の言葉を聞いた紫乃は服の袖をごそごそと漁り始めた。
「ふむ、なれば竜の牙なぞどうだ? ちと小さいが、その道の者に売れば金になるはずじゃ」
紫乃が差し出してきたのは掌大の大きさの牙。その言葉をそのまま信用するのならそれは竜の牙だ。高く売れるどころか、竜の種類によっては国宝にもなりかねない、とんでもない希少品が飛び出した。
しかし、紫乃が持っているのならばまだ違和感はない。それよりも、竜の牙を持っているのならと、俺はひとつ質問をした。
「竜の肉は持ってねえのか?」
竜を討伐できる力を持っていることは千年前の時点で知っている。たかが百年程度世界を見ていただけの生首とは年季が違う紫乃ならば、そう思って質問した。
「生憎持っておらんな。ここに来るまでに食ってきてしもうたわ」
間の悪い。ここで手に入れば一番面倒な約束が早くも片付いたんだが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
ないのなら仕方ない。貰えるものだけ貰っておこうと、俺は紫乃から竜の牙を受け取った。
竜の牙や鱗は並の金属よりも遥かに固く、しかし削って加工を行う分には簡単という特性があり、牙は武器、鱗は防具として使用される場合がある。だが、現存している、竜を元に造られた武具は御伽噺の英雄が使っていたと言われている一式があるだけだ。
一応注釈として、その英雄は俺とはまったく別の人間で、千年前から現代に至るまで伝わっている、俺なんかとは比べ物にならないほどに知名度が高い英雄だ。
とにかく、そんな激レア中の激レアアイテム、竜の牙の大きさは竜のそれにしては確かにやや小さめ、加工できてもナイフになるのが精一杯だろう。
俺や紫乃は武器を使うタイプじゃねえし、幸は腰に剣を差しているが魔術主体で戦うはず。だとすれば、この牙の持ち主は必然的に決まっている。
「ほい」
「あたしが欲しいのは肉なんだけど」
「どっかで加工してナイフにでもしとけ」
この場にいる四人の中で、唯一武器を使うのがアシン。脇差やナイフといった短めの刀剣を扱うアシンからすれば、竜の牙という素材はうってつけだ。
俺の提案に納得したのか、アシンは俺の手から牙を受け取った。
「なら、まあ、貰っておくわ」
懐に竜の牙を仕舞い込んだアシンは少しだけ嬉しそうだった。
「じゃあ、吾は予定があるからここでさよならじゃ」
「予定? 珍しいな。お前が予定を立てるなんて」
行き当たりばったり、不測の事態は起きてから対策を講じることが基本の紫乃が、予定や計画を立てて動いている姿は初めて見た。
何か心境の変化があったんだろうか。俺とは違って、環境はさして変わっていないはずだし、この千年で紫乃に何があったんだ?
「世界中の結界を回るのに、流石の吾でも時間がかかるのでな。予定を立てて順に張っていかんと寿命に間に合わんのじゃ」
「どうして、お前がそこまでして」
「吾にしかできんからのう。ほれ、日向も言っておったろう? 自分にしかできんことが、自分の使命だと」
……ああ、こいつは知っているのか。俺が殺されたことを。
知っていて、その上で今の俺と接している。何があったか、必要以上に詮索することはせずに、はぐらかそうとした俺の姿を見て、そうすべきではないと判断したんだ。
からからと笑う紫乃は、俺が知っている紫乃と何ら変わっていなかった。
「結界の寿命は短く、せいぜい一年しかもたん。一日たりとも無駄に浪費するわけにはいかんのじゃ」
「の割には俺の部屋に忍び込んでたよな?」
「あれは久々に全力を出したからじゃ。余った時間で、愛しい者との時間を過ごしたいと思うのはおかしいか?」
「おかしくはねえよ」
紫乃はえらく機嫌が良さそうだった。俺が地下に同行すると言った時から、紫乃を取り巻く雰囲気は非常に明るくなっていた。紫乃の気持ちは気色悪いが本物だろう。
あの状況で手を出さなかったことから、恋愛感情がなくなっているということも。
普段から仏頂面なアシンはもちろん、幸も面白くなさそうな表情をしていた。幸にフラグを立てた覚えはねえんだが、どこかで勝手に立ったんだろうか。
「世界を回ってんなら、またどっかで会うかもな」
「旅をするのなら、根には気を付けろ。人類は結界に、容易に入ることができる」
「おーけー、忠告ありがとうよ」
根とやらは紫乃が忠告を必要とするレベルで強力らしい。紫乃が包み隠さずに忠告をするということは、先代魔王と変わらない危険度を誇っている。
それだけ強力な存在が世界中に張っているとなると、厳重な注意が必要だろう。
「吾は、もう行かせてもらう。引っ掻き回してすまなんだ」
そう言い残して、紫乃は街の外に向けて歩き出した。転移魔術なんていう都合の良い魔術があれば、紫乃ももう少し楽できるんだろうな。
紫乃の背中が街の雑踏に消えてから、漸く嵐が去ったと、俺は安堵の息を吐いた。
しかし、面倒事はまだ控えている。アシンの隣に立つ幸は、面倒事を起こさないだろうが、本人が面倒事を孕んでいそうだ。
「帰るか」
「そうね」
帰ろうと提案した、俺の独り言にもとれる呟きに、アシンが同調する。
屋敷に戻ってゆっくり休もう。幸も荷造りがあるだろうから、帰りに適当な店に寄って、腹を満たしてから屋敷で昼寝だ。
アシンと並んで歩き始めると、俺たちの背後にひとつ足音が響いた。
「お腹空いた」
騎士の宿舎とは逆方向にある屋敷に向かっているはずなのに、何故か幸が着いて来ている。
「お前の家はこっちなのか?」
「? ううん」
何故そんなことを言っているのかとでも言いたげな表情の幸は、相当に腹が減っているのか小さい手で腹を擦っている。
自宅がこっちでないのなら、着いて来る理由は思いつく限りではひとつしかない。
こいつは、この足で俺の屋敷に向かおうとしている。手ぶらで、何の荷物も持たずに。
「金は持ってんのか?」
これは聞いておかなければならなかった。金を持っているのなら家賃を取るべきだ。アシンは俺の都合で、俺の勝手で住まわせているから家賃を取りはしないが、てめえの勝手で移住してくるのなら話は別だ。
物価は日本とさして変わらないようだから、ここは良心的に月二万ロイグでどうだろうか。
「金符がある。これに今までの給料が全部入ってる」
「具体的にいくらだよ」
「だいたい、三百万ロイグ」
騎士の宿舎に入れば飯代と宿代が浮くとはいえ、すげえな騎士の給料。何年務めていたかは知らねえが、幸の歳はどう見たって十三から十五だ。騎士団に入る年齢に下限がないとはいえ、この年齢での入団は異例そのもの。
〈我が目に映るはこの世すべて〉を構築できるということが、その実力の裏付けになるにしても異常だと断言できる。
「子供が大金を持つとロクなことにならねえから俺が没収します」
「ん」
冗談半分に言ったのに、幸は一切の逡巡もなく金符を俺に渡してきた。
アシンはその流れを冷ややかに見つめていた。いや、俺もマジで渡されるとは思ってなかったから。