永遠の魔女は自己中だった? 5
ぎゅっと手を握られながら、最早感情を抑えていないクリスタリアに言葉を返す。
「まあ、千年前の国関係はそこそこな」
千年前から存続する国は数少ないだろうが、残っているなら俺との関係が残っているかもしれない国もある。もちろん、悪い意味でだ。
そんな国の中でも、トバルは比較的友好的な関係を築けていた。やらかしたこともままあるが、他の国と比べれば些細なことだ。
「千年前、我々国の長が討伐すべき存在であった魔王を討伐してくださり、誠に有難う御座います」
「いや、別に。エイクから聞いてるだろ? 俺はただの私利私欲で」
「理由はどうあれ、結果としてこの世界は救われたのです。何か、謝礼をさせてはいただけませんか?」
俺に憧れていたという割には俺の意思をストレートにシカトしてくる。これもう憧れじゃなくて、崇拝とか信仰とかのレベルじゃね?
謝礼とやらも適当に金で済ませられればいいが、無茶を言わない限り解放されなさそうなところがある。
「それはまた今度会った時にでも話せばいい。とりあえず今は、王がどこにいるかを教えてくれ」
「ゼフィルス様ならこの部屋の正面にある部屋にいらっしゃいます」
「そうか、ありがとう」
ダクトの二人に目線を映して、出てくるように促す。紫乃、アシンの順でダクトから出てきたことで、そこまで広くないこの部屋の人口密度が一気に上がった。
「貴様……」
「久しぶりね。元気だったかしら?」
皮肉たっぷりにエイクに社交辞令を送るアシンはとても居心地が悪そうだ。降りてきた後の一瞬だけ目を合わせただけで、それからはずっと明後日の方向を向いている。
エイクはそんなアシンを真っ直ぐに見つめている。
「この前の件は気にしないでくれ。私も私で意固地になっていた。世界は広いと、知ることができたんだ。礼を言わせてくれないか」
手を差し出したエイクを一瞥したアシンはぶっきらぼうに手を出した。
「あたしはあんたが嫌いなのは変わってないけど、あんたが少しだけ変わったことは認めてあげるわ」
「ああ、ありがとう」
絵に描いたようなツンデレを見せてくれたアシンはエイクと軽く握手すると、先に部屋から出て行った。
それに続いて俺たちも部屋からぞろぞろと出て行く。幸は俺たちと行動を共にすることで時間を潰すつもりなのか、用が済んでいるのに俺たち一行から離れない。
部屋から出て正面の扉を見てみれば、確かに王の自室に勝るとも劣らない存在感を放つ戸があった。その戸を紫乃に倣い、数度ノックする。
「入りたまえ」
王の声が聞こえたことを確認してから戸を開く。戸の向こうに大人数が立っていたからか、俺がいたからか、王は目を丸くした。
「マソラ様でしたか。何の御用でしょう。込み入った用件ですと、後日となってしまいますが……」
紫乃の姿が目に入っていないのか、俺を中心に話を進めようとする王。やっと目的の人物に出会った紫乃は、俺を押しのけて王の前に出た。
「紫乃様もいらしていましたか」
「御託はいい。吾は結界の張り替えに来ただけじゃ。鍵を寄越せ」
「いつもありがとうございます。こちらが地下への鍵になります」
王への用事を済ませたらしい紫乃は鍵を片手に俺の前から退いた。それと入れ違いになるように、今度は幸が俺の前に出た。
幸は王に何か用があるとは言っていなかったはずだ。そういう雰囲気もなかったし、本人の表情が薄いこともあって何が目的なのかがさっぱりわからない。
どうするべきか分からないままに幸の後頭部を見つめていると、幸は胸元に付けていた騎士団の勲章を外した。
「真空といる方が楽しいから騎士やめる」
何言ってんだこいつ。
「そうか、ならそうするといい。マソラ様、幸をお願いいたします」
「え、は?」
何言ってんだこいつら。
渦中であるはずの俺が最も状況を呑み込めてねえ。何? 何が起こってんの? 王と幸だけで完結してないで詳細を求む。
「これから真空の家に住むから」
いきなり断言した幸の、半分しか開いていない瞳はしかし真っ直ぐだった。
一応アシンに話を通してみると、「あんたの家なんだからあんたの好きにすればいいじゃない」と一蹴されたのでもう勝手にしてくれ。
■
所変わって、俺たちは今地下へ向かっている。霊脈だか龍脈だかが云々と紫乃が長々と説明していたが、興味がなかったので適当に話を聞き流した。
若干下り坂になっている、洞窟のような入り組んだ道を行くことおよそ十数分、俺たちは地下の入り口であろう扉の前に辿り着いた。
「並みの人類が近寄れば、マナの毒性にやられて即死する。ここから先はマナの毒性に耐性のある者のみついて来い」
おどろおどろしい雰囲気を放つ扉の前に立ち止まり、紫乃は俺たちに忠告を促した。
マナは高い毒性を持ち、空気中に溶け込んでいる。それを吸って死なないということは、単純に空気中のマナが薄いということ。紫乃の口ぶりからすると、地下は相当にマナが濃いらしい。
「あたしは無理ね」
「わたしも」
アシンと幸がマナに耐性がないと言い、結局地下へ行くのはマナに耐性があると言うよりも、不老不死だからマナの毒で死なないだけの俺と紫乃になった。
王から預かった鍵を扉に差し込んで施錠を解く。解錠された戸を開くと、刺さっていた鍵は砂のように風化して消え去った。
「大丈夫なのか? これ」
「ああ。警備面からこうなるようになっておる。気にするな」
紫乃の言葉に得も言えぬ安心感を得て扉を通る。扉の内側から施錠する仕組みなっていることを確認して、よくできたセキュリティだと感心した。砂になるまでが解錠のためのギミックなら、ただのピッキングではこの扉はうんともすんとも言わない。
それだけ、ここは大事なのか、危険なのか。
何故か青白い光に照らされた螺旋階段を下っていく。その光は下っていくごとに強さを増している。暗闇同然だった入り口と比べると雲泥の差だが、それでもまだヴェスや太陽のそれには及ばない。
無言のまま下っていく。何メートル潜ったかの感覚が曖昧になってきた頃、漸く広い空間に出てきた。
「うっ」
それと同時に感じるマナの毒性。激痛。しかしそれはオーバーロードをやったあの時と比べると優しいものだった。体を破壊される感覚には慣れないものの、まだ我慢が効くレベルだ。
「無理はするな。これは吾の仕事だ。真坊が無理をしてまで付き合うことではない」
「無理? ハン、この程度無理の範疇に入らねえよ。俺が今までどれだけ無理無茶をしてきたと思ってんだ……!」
今更な気遣いをする紫乃に強気な台詞で返す。体が崩れ落ちるまでの痛みじゃあねえ。自分の意思で体が動く以上は無理とは言わねえ。
一発気合を入れ直して胸を張る。虚勢にも見える俺の態度を見た紫乃は呆れたように笑った。
「すぐ終わる。真坊はそこで見ておれ」
そう言って、紫乃は空間の中心で膝をつき、掌を床に触れさせた。
数秒と経たずに、空間に満ちた光が脈動するように変光し始めた。強くなれば弱くなり、弱くなれば強くなる。
そんな鼓動にも似た幻想的な変化がしばらく続き、次第に脈動は収まっていった。
そして、光が落ち着きを取り戻すと同時に紫乃が立ち上がった。
「これで終いじゃ」
「意外と早く終わるんだな」
「張り替えと言っても魔力の補充のようなもんじゃからの。ささ、早く戻るぞ」
作業は単純でも疲れるようなものだったのか、紫乃は大きく伸びをして、さっさと先に行ってしまった。
心なしか元の光よりも強くなった光を浴びながら、俺は今来た道を引き返すのだった。