表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
17/34

永遠の魔女は自己中だった? 4

 幸はえらく上機嫌な様子だった。久しぶりに親友に会ったような、懐かしい顔を見つけたような、そんな表情。


「何か用か?」

「特にない」


 どうやら、本当にたまたま俺たちを見つけて絡んで来ただけのようだ。幸を見つけたアシンは、城の中に関係者がいたことに安心したのか俺の手を放した。


 今日は他国が来ている影響か、幸も騎士団の正装を着込んでいる。その割には、さっきのボヤ騒ぎの時に姿が見えなかった。

 こいつの人となりを深く知っているわけじゃねえが、十中八九サボりで間違いねえ。


「この小娘は真坊の知り合いかえ?」

「知り合いっつーか、まあ、そうかもな」

「なんじゃ歯切れの悪い」


 何故か幸に気に入られていることを除けば客と店員の関係が一番近いはずだ。金関係の関係はないが、本部とも言うべき王から、客と似た立場の俺に幸が派遣された。


「何してたの」

「ちょっと王に用事があってな。どこにいるか分かるか?」


 幸に王の居場所を問いかけてみたが、帰って来たのは首を横に振るという返事。サボってんだからそれもそうか。


 しかし、幸は続けて「でも」と言った。


「姫様がどこにいるかなら分かる」


 幸のその言葉を聞いた俺は紫乃にアイコンタクトを送る。無言のまま紫乃が頷いたことを確認してから幸に視線を戻す。


「教えてくれ」


 そう言うと、今度は右の袖が引っ張られた。右側には、苦い顔で首を横に振るアシンがいた。


「何だよ」

「あんた馬鹿なの? あんなことがあった後に、よくもまあいけしゃあしゃあと顔出せるわね」


 開口一番罵倒が飛んできたことは誠に遺憾である。しかし、アシンの言うことが理解できないこともない。俺は一度、協司を退治しようとした際に王に会いに行っているから、あっちが特に気にしていないということを知っている。だがアシンはそれを知らない。


 エイクがあの件を根に持つことは必然で、それはそれと割り切るしかない。変に気を遣うと、かえって相手の自尊心を傷つけかねない。


「そこまで深く考えんなって。何とかなるからさ」

「何よその根拠のない自信は」

「経験上、第一印象が悪かった場合はまだ何とかなる」


 ある程度付き合って、そこで印象が悪化すると手がつけらない場合が多いが、第一印象だけならまだ酌量の余地はある。


 形はどうあれ、目的がどうあれ、エルフを救おうとしている姿勢はアシンにとってプラスに働くことは間違いない。聞こえの悪い言い方をすれば、利用してやればいい。


「王族にコネを作っとくのは悪くねえぞ?」


 多分、かなりゲスい顔をしていると思う。


 俺が今まで王に集ってきた経緯を間近で見てきたアシンだからこそ、この言葉は一際重くのしかかる。


「分かったわよ……」


 アシンを言い包めた俺たちは、幸の案内でエイクがいるという場所を目指した。





 幸に先行してもらい、案内されている俺は、通ったことがない道を通っていることに好奇心を隠せない。

 というより、ここは道ではない。

 換気用のダクトのような細い管の中を、身を縮めて這っている。


 四つん這いで進んでいる関係上、どうしても幸の尻に目が行く。本人の気にしないという免罪符ならぬ免罪言があるだけに見放題だ。

 スカートではなくキュロットなのが残念だが、生足だけでも十分堪能しようじゃあないか。


 幸ではなく幸の脚をガン見していると、背後から太腿をつままれた。


「何だよアシン」

「脚ばっか見てないで前見なさい」


 嫉妬かと思う前に、俺の側頭部に壁がぶつかった。アシンの忠告通りの結果となり、俺はこっちに帰って来てから四度目となる首筋の痛みを覚えた。

 そろそろマジで俺の首に何か憑いていると思わざるを得ない。


 二手に分かれた道を右に曲がり、幸の姿が見えたことを確認してから再び這い始める。


「ふっ、くくっ、今も昔もどんくさいままじゃのう、真坊や」

「おいクソババア今笑ったか」

「おうおう笑ったとも。真坊の馬鹿っぷりをな」

「その喧嘩買わせてもらうぜ」


 ここでも使えるような魔術をチョイスして、発動するために魔力をマナへ変換する。


 その所作を見たアシンは、無慈悲にも俺の足にナイフを突き刺した。


「殺すよ」

「刺してから言うなよ……」


 わざわざ記憶を掘り起こして魔術を探したのに、その苦労も骨折り損だ。いや、骨が切られたから骨斬り損か。


 大人しく幸の後に着いて行かないと、悲惨な目に遭うと学習した俺は一度アシンに喉元を刺してもらってからダクトの中を進んで行く。

 靴に穴が空いたことに違和感を拭えないまま這っているとふいに幸が足を止めた。


「ここ」


 そう言って幸が指差した場所は換気のためか、壁とは違い部屋の様子が覗くことができるようになっていた。

 幸に促されて部屋の様子を見てみると、エイクともう一人、金髪碧眼の少女が二人で菓子を食べながら茶を飲んでいた。いわゆるティータイムというやつだろう。


「で、どうやって入るんだ?」


 こんなところから入るはずがないという先入観。それが俺の反応を鈍らせた。


 幸は俺の左腕を掴むと、目の前の通気口をこじ開けて俺諸共部屋に飛び降りた。


 もちろんまともな着地なぞとれるはずもなく、猫のように着地した幸とは対照的に、俺は無様に首の骨を折った。

 そのまま立ち上がるとただのホラーなので、回復を待ってから遅れて立ち上がる。


「きっ貴様!」


 黒く長い髪を振り上げて俺に詰め寄る。怒っているというよりは、驚いている表情に近い。会って即魔術ぐらいは覚悟していたんだが、エイクは本気で英雄然とした人間を目指しているようだ。


「何をしに来たんだ!? 入り口の看板は読まなかったのか!?」

「王に用事があったんだけど、どこにいるか分からねえからここに来た。看板は読んだけど、痴呆女が燃やした」

「燃やした奴が痴呆なら、ここまで来た貴様は大馬鹿者だ! 何故あの文面を見て城に入ろうと思うのだ!?」


 うーん正論。エイクの悲鳴のような指摘はどれも突き刺さるものばかり。

 正論を突きつけられて返答に困っている俺と、肩をいからせているエイクの間に幸が割り込んだ。


「真空はゼフィルスに用があるだけ。居場所を教えてもらえればすぐに出て行く」


 娘の前で父を呼び捨てにする、幸の胆力は見習いたい限りだ。

 エイクも相変わらず、興奮すると細かいことまで気が回らなくなるのか、王を呼び捨てにした怠慢騎士を咎めることはせずにドレスの裾を握りしめた。


「何故強者はこうも頭のネジが緩んでいるのだ……」


 いからせた肩を今度は落として、大きくため息を吐く。一連の流れをエイクの後方で見ていた金髪の少女は、椅子に座ったまま忙しなくこっちを気にしていた。


「えっと……エイクちゃん、その人たちは?」


 エイクよりもひとつかふたつは年上だろうか、金髪の少女は柔らかい物腰でエイクに尋ねた。


「騎士団の者と小金村真空だ。ほら、さっき話しただろう?」


 やはり俺の存在は他人に話さざるを得ないのか、エイクは少女に俺についてを話していた。まあ、事前に俺の性格を知っておけば、エイクのように激しく落胆することもない。一種のクッション材になる。


 少女はエイクに紹介された俺を見るなり笑顔を咲かせた。同じ人間でも、真実を知ってここまで差が出るのか。


「私、クリスタリア・ローン・シェイブと申します。幼い頃から真空様に憧れていました。お会いできて光栄です」


 椅子から立ち上がるなりドレスのまま走るという器用なことをしたクリスタリアは、冷静な物言いとは違い、俺の両手を掴んで激しくシェイクした。表情も会釈と歓喜が混ざったような笑顔になっている。


 同じ英雄に憧れた人間でも、真実を知ってここまで差が出るのか。


「シェイブってあれか、トバルの王族か」

「その通りで御座います。流石真空様、博識でいらっしゃいますね」


 俺ちょっとこいつ苦手。ここまで持ち上げられることに慣れていないからか非常にむず痒い。

 助けを求めてダクトに視線を送れば、にっこにこの紫乃とつまらなさそうに肘をついているアシンの姿があった。


 幸はいつの間にか俺の後ろに下がって、眠たげに欠伸している。ああ、こりゃあ孤立無援だ。


 たくさんの人間に囲まれながら、孤独感を味わうなんていう体験をした奴はそういないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ