永遠の魔女は自己中だった? 2
アシンの呟きが耳に届いた俺は、過去の自分の行いを振り返ってみた。
アシンと出逢う前から、それこそ、物心ついた頃からの自分のすべてを。
……ああ、似たようなことを数え切れねえほど言われている。ある程度親しくなった女からはほぼ全員。日向はそんなこと言わなかったし、きっと思ってもいなかっただろうことが救いか。
「真坊がアスマリアに居を構えるとは夢にも思っとらんかったわ。おかげで探すのに苦労したぞ」
「俺が嫌いなのは『アガハ・チェイン=スカイハート』であって『スカイハート』そのものじゃねえ。アスマリアに良い思い出はねえが、住むにはまさしく都だからな」
多種多様な店が数多く構えているアスマリアは地価こそ馬鹿高い代わりに、生活するにはこれ以上ない良環境だ。この屋敷は平均の半分の値段もなく、安くなっていた原因も取り除いたも同然なので、中心部と少し離れていることに目を瞑れば破格だ。
騎士団はいけすかねえ奴が多いが悪い奴ばかりじゃないってことは分かっている。だが、アシンとエイクが決闘している時に話しかけてきたあいつは特に気に食わねえ。偽善の塊って感じがする。
幸はまあ、何だかんだ言ってやることはやるし、エルフにも差別的な姿勢を示さない。ただ、他人に対する興味が薄いだけかもしれねえが。
「それならちょうど良い。少し、王に用があってな。着いて来てはくれぬか?」
これといって用事がある身でもないから、断る理由がない。だが、断りたい。
先の一件以降、俺はともかくアシンは一度も城の敷地を踏んでいない。何か忠告や警告があったわけでもなく、ただ、気まずい。
その気になれば国を崩すことができるだけの力がここにいる三人にはある。俺の力はまだ認知されていないだろうから、一番可能性があるとすれば俺か。
何もする気がないにしろ、警戒されるのが強者の常だ。一度ぶっ殺された俺が言うんだから間違いない。
「そろそろ、この国に張った結界も老いがきておってな。そろそろ張り替えが必要なんじゃよ」
「結界?」
魔除けの結界なら、適当な魔蓄石を要所要所に使用するだけでかなり長持ちする。それが魔除けの結界の利点だ。魔蓄石に蓄積されたマナが切れる前に入れ替えれば、結界が解除されることなく結界の維持ができる。
わざわざ紫乃が出向いてまで張り替えるようなものではないはずだ。
「魔王の根というものが数百年前にこの世界に現れた。それは触れた空間ごと削り取る、正体不明の物体でな? 実際魔王のそれかはともかくとして、それは徐々に活動範囲を広げ、事態を重く見た各国の王が吾に強力な結界を張ることを依頼したんじゃ」
魔王が転生者なら普通の人間のはず。悪魔が神に怒られていたことを考慮すれば、不老不死の祝福は授けていないだろう。ならその根とやらと現在の魔王は関係ないだろう。
関係あったらどういう風に対処するかの計画を練る羽目になるところだった。生物ならまだしも、生物かどうかすら分かっていないような奴は俺の専門外だ。紫乃あたりのとんでも人間に任せておけばいい。
「国ごとに結界を張り、根がこれ以上成長しないようにもした。少し前に根の結界を張り替えたところで、真坊の魔力を見つけたわけじゃ」
俺の魔力を見つけたということは俺がこの世界に来たことを探知したということ。俺がこっちに来たのはおおよそ二か月前。根とやらがどこにいるのかは分からないが、おそらくはこの星の裏側あたりにでもいたんだろう。こいつ、本気出したら一か月で世界一周できるし。
紫乃のことだから、途中で寄り道をしながらここを探し当てたに違いない。何をしていたかまでは詮索しねえが、どうせまともことじゃねえだろう。
ここまで話したところでアシンが口を開く。
「日影さんとこれはどういう関係ですか?」
『これ』扱いなのはこの際不問としよう。
まあ、気になるだろうな。俺と紫乃の関係は。深からぬも浅からぬ俺と紫乃の関係は実に簡潔。
「ストーカーと、その被害者だ」
すべては、俺が〈我が身映す姿違えし鏡〉を作り出したところから始まる。俺は紫乃を殺せるかもしれないという理由で着け狙われるようになり、その過程で惚れられたわけだ。
自身の怪我、状態異常、その他ありとあらゆる異変を相手に押し付ける〈我が身映す姿違えし鏡〉は、元々日向の固有魔術だった〈汝救う我が器〉を改造したもの。その効果は俺のそれと真逆の、対象の怪我、状態異常、その他ありとあらゆる異変を自身に移すもの。
さる事情により魔術が使えなくなった日向の元に、不老不死をやめたいと紫乃が現れた。そこで、〈我が身映す姿違えし鏡〉を作った俺に白羽の矢が立ってしまった。
今となっては不老不死をやめたいと思っていないようだ。
「人を異常者の如く言いおって。吾はもう、真坊と契ろうとは思っとらんわい」
「じゃあなんで俺の寝床に潜り込んでんだよ」
「久々に会った真坊が息子のようにめんこく見えての」
ある種悪化してるじゃねえか。
いやまあしかし、これはこれで操の危機がなくなったとプラスに見るべきか? 毎夜毎夜、枕を低くして眠る必要もねえ。
メリットとデメリットを天秤にかけながら以前とどちらがマシか考える。
「で、真空は紫乃さんのことをどう思ってるの」
今の方が多少はマシだと自己完結したところで、再びアシンが質問を投げかけてきた。
「どうもこうも、迷惑なクソババアとしか」
右側から飛んできたフォークを空いた皿を盾代わりにして受け止めようと壁にする。も、フォークに強化が掛けられていたのか、銀のそれは皿を砕いて俺のこめかみに深々と突き刺さった。
壊れた蛇口のように血を噴き出す俺の側頭部など気にも留めずに、アシンは興味無さげに「そう」と返した。
昔のノリで俺を殺しにかかってきたが、悪魔から祝福を受けていなかったら今ので死んでいる。昔と違って今は優秀な治癒魔術を使える奴がいないんだから、ちょっとは自重してほしい。
まだサラダを食べ終わっていなかったのか、紫乃は右手を俺に突き出して、
「返さんか」
図々しくもフォークの返却を求めた。
マジで殺してやろうか。神の呪いなら、祝福の不老不死よりもレベルが落ちる魔術の不老不死程度簡単に殺れる。
〈我が身映す姿違えし鏡〉に元々課せられていた条件はとっくにクリアしている。俺は殺そうと思えばいつでも紫乃を殺せる状況にある。
だが、変なことを言って紫乃の自殺願望が復活しても困るから、絶対に言わない。
「さあ、腹ごしらえは十二分に済んだ。さあ行くぞ真坊、アシン」
サラダを食べ終えた紫乃は勢いよく立ち上がり、ナチュラルにアシンをも巻き込んで出発を告げた。
せめて食器をシンクに持って行けや。