永遠の魔女は自己中だった? 1
窓からの光が何かに反射して俺の目に突き刺さった。
俺の部屋には鏡とかなかったはずなんだがな……何か反射するようなものってあったか?
協司がいたずらでもして何か持ち込んだのなら、もう一度潰してやろうと思い、目を開けた。
「……ん、ふ……」
金髪に非常に整った顔、赤と白の、和風テイストな服装。ああ、知っている。俺はこいつを知っている。
「ひぎゃああああ――ッ!!!」
俺の喉は潰れた。
ベッドから飛び出した俺は勢いそのままに、逃げるように――いや、奴から逃げることを目的としてめちゃくちゃに廊下を走った。寝起きということもあって足元はおぼつかない。この状態で階段を下りることは危険だが背に腹は代えられない。
千鳥足のまま、階段を一段下りた。
まあ、踏み外すよな。
「っ!」
潰れた喉から空気が漏れる音をBGMに俺は数回階段にぶつかり、嫌な音を立てて頭から着地した。
腕や足の骨も折れているようで、立ち上がることすらできない。祝福――千死蛮行の発動を待ってから再び駆け出す。首の修復がまだ終わり切っていないが、そんなことを気にしているような余裕はない。
最初に咆えてしまったことで、おそらくあいつは起きている。あいつに対抗し得る戦力を持っているのは騎士団だけだ。あれだけ虚仮にしておいて、今更何をと言われることは覚悟している。土下座してでも匿うか撃退するのを手伝ってもらう。
まずは屋敷から出ようとリビングを突き抜けた俺の隣に協司が現れた。
「あれ、なんかあったんすか? 兄貴」
「永遠の魔女って言えばお前も名前ぐらい知ってんだろ!」
永遠の魔女――日影紫乃。不老不死の禁術に手を出した、史上最も強力な魔術師。確か、俺より千五百歳ほど年上のクソが付くババアだ。
俺も俺でクソジジイだが軽く西暦誕生以前から生きている、竜種もびっくりの年齢だ。
「実在したんすか? あれ、竜種よりも存在が不確かじゃないすか?」
「俺からすりゃあ竜種の方が激レアだっつーの!」
紫乃は俺が何処に隠れようと、世界の裏側まで探知できる反則みたいな魔術で俺を探し出す。俺のことが好きなのは構わねえが、所構わず俺を逆姦しようとするのはいただけねえ。
寝込みを襲われなかっただけ、この千年での成長を感じられる。
「永遠の魔女って、貧乳すか?」
「成仏しろ」
「あっ、すんませっ」
耳障りな破裂音を置いて、屋敷の正面出口を開ける。急いで城に向かおうとした俺の目の前には金色が立っていた。
「久しぶりだの、真坊」
■
逃げられないと悟った俺は紫乃に大人しく捕まえられた。一人だけ朝飯を出さないというのもおかしいので、三人で朝飯を食いながら紹介でもしようかと、朝が弱いアシンが起きるのを待ちながら準備をしている。
している、のだが。
「久しぶりじゃのう。ええ? 千年か? 合っとるか? 最近はどうにも年の感覚が狂ってしもうてな」
「ああ、うん、千年千年」
俺にぴったりとくっ付いて無意識に準備の邪魔をするクソババア。テキトーに話を流しているのに、話すこと自体が楽しいのか次々に話題を変えては話を繋ごうとしてくる。
己は田舎の婆さんか。
「しっかし真坊も丸くなったもんじゃ。昔は吾を見る度々に高威力魔術を放ってきよったのに。心境の変化かえ?」
「環境の変化だ」
千年間も魔術のない生活をしてりゃあ流石に咄嗟に魔術を撃てなくなる。武士に立ち向かうことをせず、逃げて隠れて暮らしていた数百年が体に染みついているせいだ。あっちにマナなんぞねえからな。
視界にちらちらと入ってくる金色の髪と目が鬱陶しい。本人は会話の主導権を握っていることで満足気な様子。
見てくれはいいが物事を自己中心的にしか考えない。今のように、他人の迷惑というものをまったく理解できない。その分、気に入られることができれば、これ以上ない戦力になる。
こうして、べったりと絡まれることを良しとできるのなら。
正直、紫乃はタイプじゃねえんだよなあ。どこまでいっても友達以上になる気がしねえっつーか。
「真坊は料理ができるのか」
「人並みにはな。自炊してたし」
「そうじゃ、千年も姿を消して何をしておった? 吾の探知にかからぬとは相当ぞ?」
また面倒なことを掘り起こす。異世界で農家やっていましたっつってこいつが信じるとは思えねえ。誰よりもファンタジーな存在なクセ、当の本人が一番自分の世界に縛られている。こういうところも面倒だ。
話題をどう逸らそうか、目玉焼きを作りながら考えていると、階段を下る足音が聞こえてきた。絡まれている体を捩らせて、寝起きのアシンであることを確信した俺は目玉焼きの面倒を見る作業に戻った。
「む?」
「ふあ、あ……え?」
紫乃とアシンが意味深に疑問符を浮かべた。片面焼きで目玉焼きを仕上げ、コンロに通していた魔力の供給を止める。
人数分の皿をテーブルの上に並べながら、固まっている二人に目を向けた。
アシンは紫乃を見て大口を開けたまま馬鹿面を晒し、紫乃はそんなアシンを凝視している。
「ひ、日影さん……?」
「ちょっち待て、待てよ。今思い出すからの」
とうとう認知症が始まったのか、面を合わせても、名前を呼ばれても思い出せない紫乃は眉間を押さえて唸っている。
「あたしです、アシンです。百年くらい前に、魔術を教えてもらった」
「おお! 思い出した! あの時のエルフか! 見違えたぞ!」
百年前となると、流石に長寿のエルフでも外見がかなり変わる。外見年齢十八前後のアシンの実際の年齢は一四〇辺りだ。エルフの寿命は人間の約八倍だから、人間に直すと十二年会ってなかった姪に久々に会ったような感覚だろうか。
紫乃が弟子を取ることは別に珍しくない。千年前、俺と出逢った頃にも弟子はいた。
アシンが紫乃の弟子だということを鑑みると、騎士たちがアシンにやられるのも納得だ。紫乃まで及ばないにしろ、俺以上に魔術の扱いに長けていることは断言できる。
「懐かしい顔に一度に二人も会うとはな、これも運命の巡り合わせじゃのう」
「何くせえこと言ってんだ。こちとら腹減ってんだからさっさと座って飯食え」
協司の復活には二、三日かかるので、あいつの分を作る必要はない。三人分のサラダと目玉焼き、いつもの店で買いだめしておいたパンを並べて、朝食の準備を終える。
アシンのパンはいつもの甘ったるいパン。俺も普段通りの、凶器一歩手前のパンだ。紫乃はどんなパンがいいのか分からなかったので、協司の分から適当に選んでおいた。
席に着くように促すと、アシンは俺の正面に座り、紫乃は何故か二階へ上がろうとした。
「おいコラ何処行くんだクソババア」
「いやなに。真坊の部屋でも漁ろうかと思うての。後、吾のことは紫乃姉と呼べ」
「テメエの分の飯はどうすんだよ」
そう言うと、紫乃ははっとしたような顔をしたかと思えば、途端に満面の笑みを浮かべた。
相変わらず歳と口調の割にはガキみてえな女だ。
「いやあ、可愛い奴じゃ。のう、アシンや」
「え? あ、はあ、そうですね」
フォークで野菜を突き刺しながら、興味無さげに言葉を返したアシンはちらりと俺を見た。
「……顔はいいのに」
吐き捨てるように呟いた言葉を、俺だけが聞いていた。