購入した家は幽霊屋敷だった? 6
樹に刺さった俺がアシンに救出されるまで、実に三日の時間を要した。
三日三晩、飲まず食わずで血を垂れ流していた俺の下には、まさに血の池ともいうべき、夥しい量の血が溜まっていた。近くを通りかかった旅人が何事かと思い、屋敷にいたアシンに声をかけなければ、俺は一生見つからなかったかもしれない。
デミゴーストを退治したことでアシンに心の余裕が戻り、悲しいかな、軟化していた態度は硬化した。
「なあアシン、ここからどっか行くならどこがオススメ?」
「知らないわよ。街とか基本的に入ってないし」
このざまだ。ああクソ、インフルエンザとかに罹らねえかな。
ここからだと小金村が一番近いはずだが、小金村は最初に見た通りただの草原になっている。英雄を特別視するなら残しとけよ。
小金村を除くとローガンが一番近いか。聞いたことのない街だけに期待も膨らむ。街の規模は王都の近くにある割にはそこまで大きくなく、平均的な都市のようだ。
「アシンは準備とかいいのか?」
「現地で適当に何か買えばいいでしょ」
「金はどうすんだよ。お前が前に言った通り、限界あるぞ」
「途中で襲ってくる騎士とか賊から巻き上げれば調達できるわ」
そういえば、最初に小金村の近くで会った時もこいつ騎士殺してたな。騎士が無闇に人を狙うようなことはないはずだが……エルフと言われると素直に否定ができない。
流石に一色だからって、理由もなしに狙われるようなことはなかった。
俺の疑問を感じ取ったのか、アシンは窓に浮かぶヴェスを見ながら口を開いた。
「あたし、魔王の配下なのよ」
「ほーん」
「……は?」
あまりにもさっぱりとした俺の返事に、アシンは目を見開いた。
「あんた英雄でしょ? 敵じゃない! なんでそんなに反応薄いのよ!?」
「それ今世界旅行に関係あるか? ねえだろ? じゃあどうでもいい」
そもそも、神に頼まれたのは魔王モドキ、もとい転生者の殺害であって、魔王モドキ軍の殲滅じゃあねえ。嫌な性格をしてりゃあちょっとは殺意も湧いたかもしれねえが、なんだかんだ言ってもアシンの根っこは良い奴だ。
英雄だから悪を許せないってのはお話の中だけだ。前にエイクにも言ったように、俺が魔王を倒したのは私利私欲のためだ。世のため人のためとか、これっぽっちも思っちゃいねえ。
「あんたは本当に、英雄らしくないわね」
「勝手に英雄にされただけなんだから、そりゃそうだろ」
冷蔵庫の中身を消化してから旅立つことに決めた俺は、冷蔵庫を開いてどの程度食材が残っているかを確かめる。
思ったよりも買い込んだな。この量を二人で消化するとなると、あと一か月弱は出られない。
適当な知り合いでも呼んで、ホームパーティーでもするかと画策していると、背後でアシンが悲鳴を上げた。
今更何に驚いているんだ。ゴキカブリでも出たのか? そう思って振り返る。
「おっすおっす。三日ぶりっすね兄貴!」
生首が浮いていた。
「……お前、デミゴーストじゃねえのかよ」
「俺の主さんはまだ生きてるし、契約も切れてねえすよ。だからこうやって復活できるってわけっす!」
露骨に媚びながら復活の理由を告げる生首は、涙目でうずくまるアシンに視線を移すことはしなかった。
なるほど、リスポーン地点がここで固定されていて、かつ召喚主が生きているから実質無限蘇生ができるのか。何の意図があってこいつの主がこいつをここに固定しているのかは分からないが、こいつは何度握り潰そうとも復活することは理解した。
「で、何の用だよ」
「あの、もうエルフの子にちょっかいかけないんで、潰すのやめてもらっていいすか……? マジで痛いんすよ」
それは生首の悲痛な叫びだった。死人のクセに痛みを嫌がるというのもなんともおかしな話だが、神の呪いを以て潰されるんだから痛みは並大抵のそれではないだろう。
アシンが生首を見ないように背を向けて、声を聞かないように耳を塞いでいる。アシンには可哀想だが、これ以上悪事を働かないと言い、滅しても復活する以上は俺にはどうすることもできない。
「アシン」
「なっ、何?」
「こいつは、幽霊じゃないと思え」
残酷すぎる命令をアシンに下す。言葉を失ったアシンはしかし、目は口ほどに物を言うという言葉を体現していた。
何もしないと言っている生首を信頼したい俺はアシンにこういった存在に慣れていてほしい。家を手放したくないという理由が大半を占めているとはいえ、今まではともかく、長いエルフの人生これから、霊に出くわさないとは断言できない。
その度その度に逃げていてはちっとも成長しない。せめて、苦手なものに遭った時は無言で撃退するぐらいじゃないといけない。
縮こまっているアシンに近付いた生首は申し訳なさそうな顔をしながら、額を床に擦り付けた。
「マジごめんなさい。もう風呂覗きません」
「ほら、こうやって見ると生首も滑稽だろ?」
俺からすれば、この状況自体が面白いが。そんなことは口が裂けても言えないので黙っておく。
しばらく唸ったアシンは諦めたように息を吐いた。
「分かったわよ、もう……」
まそらのパーティーになまくびがくわわった!
■
あの後生首の自己紹介が行われ、名前と素性が判明した。
生首の名は鴻上協司。生前は有名な剣豪だったという。生首になった理由は、当時の剣豪同士の決闘は敗者の首を飛ばすことが通例だったらしい。努力のみで名声を得たはいいが、やはり才能には勝利できず、二七の時に若い男に敗れ、体を失った。
ちなみに、俺よりも遥かに年下だった。
「まず、アシンが協司に慣れるように、協司は普通の人間みたく生活しろ」
「手えねえから飯食えねえし、食う必要もねえんすけど」
「食えるんなら犬食いしろ」
「ええ……」
食事の必要がないということは、食べるも食べないも自由ということだ。なら食え。
アシンは腕を組んで目を瞑って、如何にも不機嫌という様相を呈している。さらに貧乏揺すりに留まらず、定期的にため息まで吐いている。
「何よ」
「今日の晩飯は、どっか食いに行くか?」
あんまりにもアシンの雰囲気が悪いので、飯で釣ろうと画策する。協司に慣れるという目的からは外れることになるが仕方ないだろう。
アシンの好きなものが何かは知らん。いつもハンバーグみたいなの注文してるから、多分挽肉が好きなんだろ。
酒も飲んでねえし、今日は羽目を外してぱーっと盛り上がるのも悪くはねえかもしれねえな。
「アシンの好きなものを食いに行こう、飲みに行こう、こいつは俺からの謝礼と謝罪だ。遠慮はすんなよ?」
「竜の肉が食べたい」
アシンが口にしたのはかぐや姫が繰り出したものと遜色ない無理難題。
この世界における竜種という存在は、ありとあらゆる種族の頂点に位置する。戦闘能力だったり、生存能力だったり、竜種の中にも種類があるが、そのどれもが何かに秀でた能力を持っている。
おまけに、決まった生息地を持たないせいで見つけることが非常に困難。仮に見つけたとしても、一体だけで人間数百人が集まって漸く討伐できるという強靭さは、まさしく王の風格だ。
裏の世界や王族の料理に、極稀に出回ると言われているその肉は非常に美味らしく、味においてもすべての生物の頂点に立つ。
俺は独りで討伐することはできるにしろ発見が無理ゲー。探知系の魔術とか使えねえし。遠慮すんなとは言ったが、欲望を剥き出しにしすぎだ。
冷や汗をだらだらと流す俺を見て、アシンが短くため息を吐いた。
「別に、今すぐにとは言わないわ。あたしが死ぬまでに、一度でいいから竜の肉を食べさせてくれたらそれでいいわ」
「分かった。約束するぜ」
テーブルの上で休んでいた協司が言った、「俺も竜とか見たことねえな」という台詞は聞こえなかったことにしよう。