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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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購入した家は幽霊屋敷だった? 5

 決意を胸に、俺は屋敷に向かって駆け出した。

 アシンを、独りにさせないために。


 あの野郎が独りのアシンを見つけるや否や、ちょっかいをかけることは今までの愚行で立証済みだ。そんな奴が姿を眩ましたこの状況でアシンを独りにすることは非常にまずい。しかも、今はすぐ傍に俺がいない。


 靴は脱ぎ揃えず散乱したまま屋敷のアシンの部屋に向かって一目散に、一心不乱に走る。身体も、魔力路が焼き切れる限界ギリギリまで強化する。


 らしくもなく息も絶え絶えに、俺はアシンの部屋の戸を開けた。


「何よ、そんなに急いで」

「生首は来てねえか!?」

「幽霊なら見てないけど……」


 どうやら、あの野郎はアシンが独りでいることに気付かなかったようで、アシンは自分の部屋で寛いでいた。


 緊張が解けたからか、ふと、視線がアシンから別のものへ移る。


「なあアシン、これどうしたんだ?」


 ベッドに並べられていた俺が買ってやった服について指摘すると、アシンは途端に顔を赤くした。


「あ、な、何でもない、何でもないわ」

「じゃあなんで俺の首を捻じ曲げた?」


 何でもないと言いつつ、顔を真っ赤にして俺と決して目線を合わさない。視線も無理矢理ベッドから引き離され、ますます首の筋が痛む。

 恥ずかしいとか照れたとかなら素直に言えばいいのに、ツンデレってやつはややこしい。しかしまあ、これはデレと見ていいのだろうか。デレにしては痛みが大きすぎるが。


 何にせよ、買った服が気に入っているようで何よりだ。こっちには返品とかいう概念がねえから、プレゼントで外れを買うと地獄を見る。本人が買ったにしろ、その場の雰囲気に呑まれて買っちまうこともままある。


「とりあえず、デミゴーストを見つけたってことは言っとくぜ。奴が潜んでそうな場所も大体見当がついてるから、多分もうすぐ消し去れると思う」

「本当!?」


 デミゴーストを発見したことを伝えると、アシンはやけに食いついてきた。


 壁に向けられていた首を無理矢理正面に戻され、俺の首が壊れた玩具のようになってしまうのではないかという心配が過ぎる。


「もしかすると、また風呂入ってるときに出てくるかもしれねえから、風呂入るときは俺に一声かけてくれ」


 というか、多分あいつはアシンが風呂に入っていると気付けば即覗きにくる。加えて、あいつは俺がすぐ近くまで来ても気付かなかったほどの馬鹿だ。気配を殺して待ち伏せしておけば、まず捕まえられるだろう。


「でも、幽霊なんてどうやって捕まえるのよ」


 それは、当然の疑問だった。触れることすらできない存在を、どう倒すか。一部の魔術はデミゴーストにも通用するものもあるが、それらはどれも高い技術力を要する。たかがいちゴーストを滅するのにまた幸を呼ぶのも可哀想なので、俺がなんとかするしかない。


 幸い、俺には魔術を使わずに霊的存在を相手取る手段がある。


「俺の右腕が呪われてるって話はしたか?」

「…………?」


 そう言うと、やばい奴を見る目で見られた。


「いやこれマジだから。俺の右腕は見てくれが悪いのを隠すために、包帯を巻いててだな」

「じゃあ、見せなさいよ」


 ……言われるとは思ったんだが、ううーん。


 精神状態がよっぽどイカレてねえ限り、俺の右腕を見た奴は漏れなく泣くか嘔吐し、しばらく俺を避ける。だから、できるだけ仲良くなった奴には見せたくねえ。


 ああ、そうだ。何も腕全部を見せる必要はねえ。指のところだけちょっと見せて、それで納得させりゃあいい。


「遊び半分だと気が触れるまであるから、マジで覚悟決めとけよ」

「分かったわ」


 一呼吸おいて、アシンが心身を落ち着けたことを確認してから指先の包帯をゆっくりと解く。我ながら気持ちの悪い右腕だと、風呂に入る際にいつも思う。

 およそ人間のものとは思えない、醜い指が少しずつ露わになっていく。黒いということと、辛うじて人の手の形を保っていることだけが視覚情報から伝わってくる。


 肌で感じる嫌な冷たさ。気温とはまったく別の冷たさが室内に広がっていく。


 人差し指だけでこの異様さ。あっちではここまでの異様さはなかった。薄々感じていたことだが、帰って来てから呪いが強くなっている。

 きっと、マナを吸って呪い自体が成長しているんだろう。すべてが即死系故に不老不死の俺には無意味だが、不気味な変化は精神的にきつい。


 待てよ、呪いが成長してるってことは――!


「……っはあ、あ……ま、ま……そらぁ……」

「やっべ」


 床にへたり込み、真っ青な顔で俺を見つめるアシンに、ほんの少しの劣情を抱いたがそれよりも先に指を隠すことを優先する。慣れた手つきで人差し指に包帯を巻き、ベッドの上に広げられている服を椅子に掛ける。


 虚ろな目で俺の名を呼び続けているアシンを抱えてベッドに寝かせる。体から手を抜いて、粥的なものでも作ってやろうかと立ち上がろうとしたところを、アシンに右手を掴まれた。


「……行か、ないで……」


 涙目で言われてしまっては男として無視するわけにはいかない。服をかけた椅子とは別の椅子に手を伸ばし、引き寄せてそれに座る。

 それに安心したのか、アシンは目を閉じて静かに寝息を立て始めた。


 そろそろマジで惚れそうだな。気を付けねえと。


 不老不死が恋愛とか、ロクなことにならねえのはあっちで既に経験済みだ。不老不死が作っていのはいいとこセフレまで。それ以上互いの心に踏み込んだら双方損をする。親友は微妙なセンだが、まあアリっちゃアリだろう。


 つーか、呪いの話を結局しそびれたな。こんなことがあった後に、起きていきなり話し始めるのもおかしな話だ。また機会があれば話せばいいか。


 アシンの力が緩んだところでそっと手を放す。目が覚めた時に俺がいないとまた何か言われそうだが、生首が潜んでいる場所を探り当てておきたい。

 気付かれないように尾行して、生首の行動を把握するという目的もある。


 部屋から出る前に、アシンの様子を確認しようと、振り返る。


「あっ」


 窓から部屋に侵入しようとしている生首と目が合った。


 短く声を上げた生首は幽体化したまま窓をすり抜けて逃走を図る。

 様子見を決め込むつもりだったが気が変わった。今、ここで、ぶっ殺してやる。


 窓を抜けて上昇した生首を追って窓を開け、枠に足をかけて屋根の縁目掛けて跳躍する。屋根の縁を掴んで、懸垂の要領で屋根に上る。生首は、屋根の一番高くなっているところで冷や汗をかいていた。


「ちょい待てよ兄弟。今回はただ寝顔を見に来ただけじゃんかよ」

「お前は存在しているだけで問題なんだよ」

「そんな魔王に向けて言うような台詞を俺に言うわけ?」


 俺の体調は万全だ。魔力路が焼き切れることを覚悟して身体強化を使えば、この距離なら一歩で詰められる。

 デミゴーストは魔術を使えない。つまりは魔力を持つことができない。そこが強みであり弱み。普通の人間が反応できない速度で迫れば、こいつももちろん反応できない。


 右腕の動作を確認しつつ、魔力路を巡る魔力の速度を上げていく。身体強化は魔術ではなくただの技術だ。それも誰にでもできると言えるほどに簡単だ。魔力路を巡る魔力の速度を上げることにより、身体能力は強化される。

 魔力路もあくまで魔力を通すことが目的のただの通路。馬鹿みたいに速度を上げれば焼き切れる。それに痛みは伴わない代わりに、二度と魔術を行使できなくなるリスクを持つ。


 まあ、死ねば治る。デスリロードってやつだ。


 限界近くまで速度が上がったことを感じ取り、屋根を蹴る。

 屋根の縁が蹴りで吹き飛ぶ。生首がそれに気付かないうちに、俺は右手を伸ばしてその顔面を鷲掴みにする。


「何っ!? 何で!?」

「この世ならざる者にはこの世ならざるものだってことだよ!」


 止まることを考えていなかった俺は、そのまま屋敷の裏にある森の上へ飛び出す。どこへ着地しようと、致命傷を負えば治癒するので、落下していることや、落下地点にやたらと鋭い樹が立っていることは気にするようなことではない。


「分かった! もうあの子にちょっかいはかけねえ! 屋根裏に潜んでるだけにすっから! なあ! 頼む! 痛いのは嫌――」

「――懺悔は! あの世で聞いてやる!!」


 生首の言葉を聞き入れずに俺は右手に力を込めた。風船が弾けるような音が森に木霊する。


 はあ、やりきったぜ。あとはちょっと痛いのを我慢するだけだ。

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