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御伽噺の英雄はクズだった?  作者: 白谷 衣介
呪われた農家は英雄だった
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購入した家は幽霊屋敷だった? 4

 幸の発動した〈我が目に映るはこの世すべて〉は、範囲内にある視えないものを一定期間の間視えるようにする結界系魔術だ。期間は注がれたマナの量で変動し、今回は俺の渾身の献身もあって、一か月という破格の期間を手に入れた。


 またしても首を痛めた俺は氷を首筋に乗せながら屋敷を探索していた。


「ね、ねえ……いきなり出て来たりしない?」

「んなもんあっちの都合だろ」


 元凶と一緒に。


 何がどこで吹っ切れたのかは分からないが、アシンは俺にぴったりと引っ付くようになった。今までのように変な距離が開いていることはなく、俺の服の袖を握って縮こまりながら屋敷を歩いている。

 どう考えても二人で手分けして探した方が早い。だが、折角上がったっぽいアシンの好感度を、自分から下げにいくような愚行を避けた結果、こうする他なかった。


 アシンの部屋を起点に部屋のひとつずつを探し始めてから早一時間。時刻は昼を過ぎていた。


 腹が減って集中できねえ。


 不老不死でも人並みに腹は減る。人並みに眠くなる。人並みに性欲が溜まる。今の状況では後者二つは何とかできているが空腹だけはどうにもならなかった。

 一か月あるとはいえ時間を無駄にはしたくねえし、かと言って今の体調でデミゴーストを一発で仕留められるかと問われれば、答えははぐらかすしかねえ。


 腹の虫がいつ声を出すか冷や冷やしている俺を尻目に、アシンは必死に目を凝らしていた。


「早く……早く出てきなさいよ……」


 震え声で願うように言うアシンの姿を見ていると、どうにも腹が減ったとは言い出せなかった。


 二階の各部屋、トイレ、一階のリビング、キッチン、客間、と見て回ったが怪しい存在は影すらもなかった。残っているのは最後に影を見かけた風呂場だけだった。

 最後にデミゴーストが現れた場所ということで、アシンの震えは一層大きくなっていた。掴んでいる場所も、袖から俺の腕全体を抱くように変わっていた。


 この時ばかりはデミゴーストの存在に感謝した。


 風呂場の戸の前に着いた俺は、アシンに背中を向けているように言ってからそっと戸を開いた。

 脱衣所には何もいなかった。鏡越しに脱衣所全体を見渡してみても、特に変化はなかった。

 続いて風呂場の戸も開けたが水滴の音が不気味だった程度で、怪しいものはいなかった。


 もし壁と壁の間や、天井裏に隠れられていると非常に面倒だ。天井裏ならまだ楽に入れるが、壁の中だとぶち破る以外に見つける方法がない。〈我が目に映るはこの世すべて〉も、遮蔽物ごと見通せるわけじゃない。


 何も見つからなかったことに対して舌打ちをしながら、俺は外で待たせているアシンの元へ戻った。


「いた?」

「いんや。もぬけの殻だ」


 見つからなかったのならば仕方がないと、今日の探索は一旦打ち切りとなった。


 理由は俺の腹の虫が雄叫びを上げたからだ。

 一週間以上放置されていた冷蔵庫の中身のほとんどを破棄した結果、ロクなものが残らなかったので、買い物ついでに適当な店で外食をすることになった。


 いつもの飲食店で、いつものように大量の料理を注文する。アシンがいるせいか、未だに注目はされるが最初の頃よりはかなり少なくなった。

 アシンも食べる量は変わっていない。食べるペースは落ち込んでいるのか、遅くなっているのが気になる。


「今日は森で寝るか?」

「そんなに気を遣わなくてもいいわよ」


 目に見えて重いオーラを纏っているアシンに声をかけるも、強がってか俺の提案は却下された。自嘲気味に笑って返して、心配させまいとしているんだろうが俺からすればアシンが笑っているというだけで異常事態だ。


「大丈夫よ」


 そんなに顔に出ていたのだろうか、アシンは念を押すように言った。


 食べ終わり、精算を済ました後は、駄目になってしまった服の替えを買うことにした。できるだけあの屋敷に長居しないようにしておかないと、マジで何が起こるか分からねえ。


 アシンが独りでいる時を狙われたらその時こそこの家を手放す時だ。本人は大丈夫と言ったがどう考えても強がりだ。格安で住める家とアシンの精神など、天秤にかけるまでもない。


 早々に自分の分の服を買い揃えた俺は女性用の服が売っている区域に来た。


「お前も何か買うか?」

「じゃあ、お願い」


 何日も同じ服ばかり着ているのは、女性としてマズいと考えた俺の質問に今度は頷いた。普通の男女のデートのように、どれが似合う、似合わないという会話はなく、アシンが適当に自分で見繕ってきたものを俺が支払うという形になった。


 服を買った帰りにちょうどいい場所にあった店で食材を買い帰宅する。買って来た食材を冷蔵庫に詰めていると、アシンが口を開いた。


「部屋で寝るわ」

「……大丈夫か?」

「うん」


 口に出して問いかけてみたが、返事の通りでないことは見ただけで分かった。それでも、声をかけて心配するということは大事だ。自分には味方がいる、頼れる人がいるということは心の強い支えになる。


 ……そいつが無能だと、その限りじゃねえが。


 アシンが眠っているうちに庭でも探索するか。屋敷から五メートルが結界とデミゴーストの範囲だから、外にいるのならすぐに見つかるだろう。


 食材を詰め終え、庭に出る。珍しく温かい気候が妙に鬱陶しい。ヴェスにひとつ、睨みをきかせてから屋敷の周りの探索を始める。


 あまりアシンを独りにしたくないので歩速を速める。何の気になしに風呂場の窓から見ようと、屋敷の角を曲がった。


「最近あの子来ねえなあ……」


 首だけが、窓に張りついていた。


「しかし貧乳じゃねえのは俺的にポイント低」

「おい、テメエ、そこで何してる」

「おっほおう!?」


 青髪赤目のド変態生首は声をかけるまで俺の接近に気付いていなかったようで、ギリギリまで近付いてから低い声をかけると馬鹿面を晒した。


 俺から一定の距離を取ったその生首は安全圏だと判断したのか、そいつは俺を睨んだ。


「お前あれだな? あの子の主人だな? 羨ましいなあこんちくしょう!」


 変態なだけでなく屑も併発している生首は心底悔しそうに歯を食いしばる。安全圏にいるという安心感からか、そいつからは緊張や警戒心は微塵も感じられなかった。


 俺が一歩踏み出すと、それに応じた距離だけ生首も後退する。あくまでも、腕も足も届かず、魔術を放たれても回避できる距離は維持していたいようだ。


「落ち着けよ兄弟。俺あ何も、実害を出そうって気はねえ。ただ、あの子を拝めればそれでいんだよ。そりゃあ最初にちょっとテンション上がって突進しちまったことは謝るが――」

「――懺悔はあの世で聞いてやる」


 身体強化を用いて、余裕をかましている生首のこめかみ目掛けて渾身の右回し蹴りを食らわせようと地を蹴る。

 しかし、そいつは俺の爪先が直撃する直前に幽体化することでそれを回避した。普段ならそこで見えなくなるが、可視化できていることが〈我が目に映るはこの世すべて〉の効力の証明だった。


 こいつは俺がやろうとした覗き(こと)を先にやりがった。許すまじ。


 確かにアシンのためという理由も四割程度はある。だが、俺は、この生首に対する怒りを六割抱いてこいつに相対している。


「残念だったなあ兄弟! 幽体化がある以上、視えても触れねえんだよヴァ―カ!」


 そう舌を出して煽りながら、生首は屋敷の上空へと逃げた。流石の俺も浮遊はできないせいで、こうして逃げられた場合は諦めざるを得ない。


 だが、俺は決心した。


 十二分に殺してやる。

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